日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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メディカルスタッフ連携ツールの活用
大平 峰子金子 弘美山中 悠紀石川 朗藤本 圭作
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2021 年 29 巻 3 号 p. 416-418

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要旨

少子高齢社会のなかで限られた医療・介護資源を有効活用するには関係機関が連携し,共通認識を持って効果的かつ効率的な支援を行うことが必要となる.我々が実施している慢性呼吸不全患者に対する訪問看護を導入した多施設間包括的呼吸リハビリテーションプログラムにおいてもデイサービスやホームヘルパーとの関わりは欠かせないものとなっており,地域における多職種連携の重要性は益々高まっている.ただ,医療職と非医療職の関わりのなかで十分な情報の共有や相互理解が難しい事態に遭遇することも多く,これらの問題を解決する手段として情報通信技術(ICT)の利活用が推進されている.本稿では医療と介護に携わる職種間での情報共有を目的として信州呼吸ケア研究会で立ち上げた信州リンクの取り組みを紹介し,情報共有ツールを運用するなかでみえてきたICT活用による多職種間での情報共有のポイントおよびシステム運用上の課題について述べる.

はじめに

北信ながいき呼吸体操研究会は1999年に東長野病院で呼吸リハビリテーションに関する取り組みを開始し,2006年から長野県北信地方で慢性呼吸不全患者に対して訪問看護を導入した多施設間包括的呼吸リハビリテーションプログラムを提供している1,2.2015年からは多施設連携体制を軸としてプログラムに継続に欠かせないデイサービスやホームヘルパーとの連携にも注力しており,少子高齢社会のなかで地域における限られた医療・介護資源を有効に活用した多職種連携の在り方を模索している3.ただ,アクションプランにおいて酸素吸入下での運動実施を定めても「医師や看護師は患者の生活を知らない.あんなに苦しそうなのに動けと言う」という介護職員の声や,「寝ていたいと言ったらデイサービスではずっと寝かせてくれた」という患者の声が聞かれるなどリハビリテーションに対する職種間での理解が十分に図られていない事態に遭遇することも多い.地域において非医療職を含む多職種を対象として呼吸器疾患に関する講習会を開催しているが4,参加者はいつもごくわずかの同じメンバーであるなど個人の研鑚に頼るだけでは解決が難しい課題が存在する.このような問題を解決する手段として情報通信技術(Information and Communication Technology: ICT)の利活用が推進されており,我々は2017年9月にクラウドシステムを利用した情報共有ツール「VitalLink®」(バイタルリンク)の1か月試験運用で入院を回避できた症例を経験したことを契機として,2018年5月より信州呼吸ケア研究会の代表世話人である信州大学医学部藤本圭作教授が教室研究費で基礎費用を負担する形で同会世話人を管理人として医療と介護に携わる職種間での患者情報の共有を目的とした信州リンクを始動させた5.本稿ではICTを活用した医療・介護関係機関での情報共有のなかでみえてきた多職種連携のポイントや課題をスタッフへのアンケート結果や運用例の提示を交えて紹介する.

バイタルリンクを用いた情報共有の経験

当研究会ではこれまでにCOPD 14名,肺結核後遺症・非結核性抗酸菌症4名,インスリン非依存糖尿病1名,認知症ほか4名の計23名に対して,バイタルリンクの連絡帳やバイタルグラフなどの機能を用いて関係職種間での情報共有を実施している.ここではまずバイタルリンクの運用に携わる訪問看護ステーション4事業所,開局薬局3局,有料老人ホーム2施設,サービス付き高齢者住宅1施設の看護師20人,薬剤師2人,介護職7人,ケアマネジャー3人に対して実施したアンケート調査の結果を示す.医療連携にICTは必要かという質問には24名(75%)が必要と答えた.どの職種との連携に使用したいかという質問には「自分の職種以外のすべてと」という回答が多く,ケアマネジャーや在宅支援課といった行政職との連携や他事業所との回答もみられた.バイタルリンクは有用かという質問には22名(69%)が有用と回答し,有用でない2名(6%),わからない6名(19%),無回答2名(6%)であった.有用でない理由としては,緊急時に対応していない,手間がかかるといったものであった.有用な理由としては多職種からの情報を共有できる,医師からすぐに回答を得られるなどであった.バイタルリンクの使用感を問うと医療職の使用頻度が高いメンバーからは,「アラート機能が欲しい」「検査データも共有したい」「写真データは3枚まで送信可能だがもっと増やしてほしい」といった積極的な意見が多く出されたが,介護職からは「緊急時に対応してくれない」「未登録者に使用できない」「仕事が増える」といったネガティブな反応が多く,医療職は「悪くしないための状態観察手段」と考えているのに対し,介護職は「悪くなった時の連絡手段」と捉えており,システム利用に対する職種間の認識の違いが示された.

次にバイタルリンクを用いて情報共有を行った症例を供覧する.1例目は認知症,誤嚥性肺炎を呈した89歳男性である.2014年にアルツハイマー型認知症と診断され,2018年秋頃から誤嚥性肺炎にて入退院を繰り返すようになった.認知症も進行し同年12月よりサービス付き高齢者住宅へ入居したが,そこでも誤嚥性肺炎による入院がみられた.そこで,バイタルリンクの連絡帳およびバイタル機能を活用してスタッフ間での情報共有をはかるとともに具体的な指示を与えて急性増悪兆候の早期発見につとめた.その結果,施設内で呼吸器感染症への対応が可能となったことで入院が回避された.その後,徐々に意欲や食欲低下が出現したが,バイタルリンクを使用した経過観察を継続することで,2019年9月に永眠されるまで入院することなく施設で過ごすことが可能でした.2例目は肺結核後遺症によるII型慢性呼吸不全を呈する91歳男性である.2009年にHOT導入となり,2011年からNPPVと同時に訪問看護を導入した包括的呼吸リハビリテーションプログラムを導入した.2016年に妻とサービス付き高齢者住宅入居され,2018年にバイタルリンクを導入した.本人と妻の認知症が進行しNPPVの使用が困難となったことからケアマネジャーをはじめとする施設スタッフは入院を検討していたが,終末期の対応ついて本人と親族は施設での看取りを希望されていた.そこで,バイタルリンクの連絡帳および療養のポイント機能を活用して看取りの経験が少ない施設スタッフとの連携を密にはかることで不安や心配を取り除き,同年6月ご本人の希望通り自室で永眠されるまで情報共有に基づく対応を行うことができた.

ICTを活用した多職種連携のポイントと課題

バイタルリンクを利用した医療スタッフからは非医療職との会話手段として有効である,既存のシステムに組み込んだ施設では記録をそのまま送信すればよく仕事の効率化に繋がる,医師にとっては月1回の報告書よりも有効な情報を得ることが出来る,1日1回空いた時間に閲覧するのが5,6人程であれば負担は感じないなどの意見が聞かれた.これら運用経験から我々が得たICTシステムを有効活用するためのポイントとしては,1)適切な導入症例の選定(急性増悪が懸念される症例など),2)運用前の申し合わせ事項の確認(関係者に急性増悪予防のための情報共有手段であり緊急連絡用ではないと目的をはっきり伝え,関係者は1日1回必ず閲覧するなど),3)施設内担当者間の打ち合わせの実施(施設内でも情報共有できていないことがあった)などが挙げられた.これらはICTを活用した情報共有による先駆的な取り組みを行っている栃木県医師会の取り組みによる提言とも一致するものであり6,ツールは違っても情報共有システムを有効活用するための原則は変わらないものと思われる.

本邦の保健医療福祉を取り巻く環境を鑑みるとICTを活用すべきとは誰もが考えているが,どのように使用すべきかについては模索段階であるといえる.本邦では医療機関や介護施設での診療記録などの生涯健康医療電子記録(Electronic Health Record: EHR)の利用のために270ものシステムが稼働しているが,広域で利用されている例は少なく,助成金で導入や整備をしたものの効果を上げられずに終了したものや,稼働中でも十分な利用に至っておらず,一部のパワーユーザーの医師により試行的に運用されているものも少なくない7.現時点では診療報酬に繋がらないこともその導入がなかなか進まないとことの理由のひとつと考えられるが,症例1ではバイタルリンク導入前の5か月は入院が多く,入院医療費は約210万円となっていたが,導入後入院はなく外来医療費の約30万円のみとなっている.我々は訪問看護を導入した多施設間包括的呼吸リハビリテーションプログラム導入前後の医療費の推移調査から訪問看護介入後の入院医療費の減少を報告しており8,ICTを活用することでより有効かつ効率的に医療・介護が連携してプログラムを展開することができればさらなる医療費の節減につながる可能性がある.また,ICT活用の大きな阻害因子としてセキュリティの問題があり,大きな施設ほど導入は困難であるとされている.本来は多施設間で情報共有して患者の診療に当たるための仕組みであるはずが必要とされている場所で使用できない現実がある.大きな施設なのか小さな施設なのか,診断の一助としての使用か情報共有のための使用か等で活用方法は大きく異なることから,より有効なICT活用のためにはそれらの検討も重要であり,今後も取り組みを継続したいと考える.

結語

情報共有のためICTを漠然と活用しても効果はなく,症例を選んで,非医療職には具体的な指示をして使うと有効であると考える.ICTの導入については開始後まだ日が浅く,どのよう活用すべきかについて我々も使用しながら模索を続けている.診療報酬算定可能となれば多くの施設で顧みてもらえることも可能であり,そのためにもICTを活用した多職種間での情報共有の有用性を示していく必要がある.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

藤本圭作;講演料(帝人在宅医療),研究費・助成金(村田製作所,デンソー,セイコーエプソン,コガネイ)

文献
 
© 2021 一般社団法人日本呼吸ケア・リハビリテーション学会
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