2021 年 29 巻 3 号 p. 419-423
体外式陽陰圧人工呼吸(Biphasic cuirass ventilation:以下BCV)は主に胸腹部前面に装着するcuirassを通じて行う陽陰圧式人工呼吸である.陽圧換気が主体の現在では非常にminorな呼吸管理法であることから,あまり注目されず普及が進んでいない.しかしながらsecretion clearanceモードを利用した排痰促進やcontrolモード・continuous negativeモードにより陰圧呼吸を提供できる換気方式(人工呼吸器)であり,使い慣れると非常に有用な治療選択のひとつとなる.
当院ではNPPV不耐症例にBCVを導入したことを契機に本格的に院内での使用を開始した.試行錯誤しながら奏功する症例を経験し,その経験値(知)を積み重ねながら,適応症例を見極め,院内で普及を進めてきた.BCVのように“minorでありながら有効な治療”を普及させるために必要なものは成功体験とそれを支えるチーム医療であると考える.誌面の許す限りBCVについてのこれまでのエビデンスや当院での普及の実際について記す.
近年では人工呼吸といえば侵襲的・非侵襲的を問わず陽圧換気を意味する,としても差し支えはないであろう.このような陽圧換気の基本コンセプトは“マスクもしくは挿管・気管切開チューブを介して人工呼吸器から送気されることで経気道的に肺(胸郭)を膨らます”ものである.
しかし人工呼吸の歴史を紐解いてみると実は非侵襲的“陰圧”換気が陽圧換気に先行している.19世紀にはいわゆる鉄の肺(Iron lung=Tank ventilator)のアイディアが発明されており1),ヨーロッパでポリオ後遺症による呼吸不全に対してIron lungを用いた非侵襲的陰圧換気が1920年代後半から1950年代前半ごろまで広く普及した1,2).その後侵襲的陽圧換気が主流となり,1990年代から現在に至ってはNPPVで管理するケースが増加していることは読者もよくご存知の通りであろう.
現在では慢性・急性問わず,呼吸不全に対しては高流量鼻カニュラ酸素療法(High flow nasal cannula, HFNC)やNPPVで対応できることが多い.これらの呼吸管理デバイスで対応が困難となった場合に気道確保の上侵襲的呼吸管理に移行するのが重症度に応じた一般的な呼吸管理の流れであろう.
当院でBCVを本格的に導入するきっかけとなったのが,NPPVの弱点を突かれたケースであった.本症例はすでに他誌に症例報告3)しているため詳細は論文を参照していただきたいが,BCVの臨床的有用性について考える時に非常に示唆に富む症例であるため要旨を記す.
症例は52才・女性.32才時に全身性強皮症と診断され,肺高血圧症を合併し,呼吸状態が経年的に増悪していた.50才で在宅酸素療法,52才で在宅NPPV(S/Tモード,IPAP/EPAP 7/4 cmH2O,呼吸数16/分)を導入されていた.しかしながら全身性強皮症の消化管病変が高度(繰り返すイレウスの既往あり)であり,会話をしながら噯気を繰り返している状態であった.したがってこのような低圧NPPVであっても受け入れが困難であり,入院の上さらに低圧(IPAP/EPAP 6/3 cmH2O)に再設定しても2時間程度の連続運転が限界であった.患者・家族ともに最終的に気管切開下陽圧換気療法(Tracheostomy positive pressure ventilation, TPPV)まで行うことを希望されていたが,当面は症状コントロールとQOLの維持を優先させたいという強い希望があった.NPPVによる呼吸管理は極めて困難と判断し,長期の呼吸管理法としてBCVを施行した.装着中は換気量の増加や自覚症状の改善が得られ,換気不全の進行を抑えることができた.BCV導入9ヶ月後に急速な呼吸状態の悪化のために気管内挿管,その後TPPVに移行したが,挿管前には1週間程度退院でき,在宅でBCVを行うこともできた.最終的には死亡したが,BCVは患者・家族ともに満足度の高い呼吸管理法であった.
このようにBCVがNPPVの弱点をカバーできる有望な呼吸管理法であることを症例から学ぶことができた.この成功体験が当院にとっては新しい呼吸管理法であるBCVを普及させる契機となった.表1にはNPPVとBCVの相違点を示す.BCVは現状では施設間格差が大きな呼吸管理法であり,cuirassの装着を他者に依存する必要があること,直接的な換気量測定ができないというデメリットはあるもののNPPVの有害事象や弱点をカバーできるメリット(顔面・上気道への影響がほとんどないことや気道分泌物対策が可能であること,気胸のリスクが基本的にないこと)があることが非常に大きい.
BCV | NPPV | |
---|---|---|
国内での使用状況 | 急性期・小児が主でごく一部に使用 | 急性~慢性期にかけて広く普及 |
施設間格差 | 大いにあり | あり |
在宅導入数(国内) | 数人 | 約2万人 |
エビデンス | NPVとしては豊富だがBCVとしては乏しい | 豊富 |
インターフェイス装着 | 少し時間がかかる/装着を他者に依存 | 比較的容易 |
設定可能機種 | RTX®, HRTX® | 多数 |
換気モード | Continuous negative/Respiratory synchronized/ Respiratory tiriggered/Control/Secretion clearance | CPAP/Bilevel PAP |
作用部位 | 吸気筋・横隔膜 | 気道 |
作用の仕方 | 胸郭や横隔膜の可動域を拡大させ, 胸腔内圧を下げることで肺気量増大 | 直接気道内圧を上げることで 経気圧を上げて肺気量を増大 |
気道・食道分離 | 無関係 | できない |
換気量測定 | 不可 | 可 |
顔面・上気道への影響 | ほとんどなし | 大いにあり |
気道分泌物↑対策 | Secretion clearanceモードで対応可能 | 困難なことあり |
気胸のリスク | 基本的にない | 少ないがある(5%) |
BCVはcuirassという胸あてを主に胸腹部前面に装着し(側胸部や背部にも装着可能),体外から胸郭に陽・陰圧をかけることで横隔膜および胸壁の動きを補助する換気法(図1)であり4,5,6),近年小児科領域の急性期病態の他,排痰ドレナージが必要な症例,神経筋疾患患者,閉塞性肺炎や胸部外傷によるフレイルチェスト症例など多岐にわたりその有用性が報告されている7,8,9).呼吸器内科領域では排痰促進のみの利用に留まっていることが多く,使用状況について国内からまとまった報告がほとんどない.Secretion clearanceモードを用いた排痰促進は無気肺(虚脱肺)改善に有効10)とされるが,施行中・後において換気量が増加する場合があり,胸郭の揉みほぐし効果11)などの排痰促進以外の効果も推測されている.継続的なBCVの実施は従来の陽圧換気にはない直接的な呼吸筋トレーニングになり,呼吸リハビリテーション的効果が得られる可能性がある10).筆者が考えるBCVの臨床的効果は主に2つ,「①排痰促進・無気肺解除」と「②換気補助・リハビリテーション効果」である.当院では前者にはSecretion clearanceモードで,後者にはContinuous negativeモードとControlモードを用いている注).
BCVの実際
Secretion clearanceモードは胸部に高頻度振動を与え,痰を気管支壁・肺内で移動させ,陽圧(=擬似咳)を加えて喀出させることを目的としている.このモードによる排痰はいわゆる高頻度胸壁振動法(High frequency chest wall oscillation, HFCWO)12)のひとつである.閉塞性肺炎8),肺炎13)において有効性が報告されている.Continuous negativeモードはcuirass圧を持続的に陰圧にすることで患者の肺容量を増加するモードである.cuirassのフィッティングをチェックする目的でも使用することが多い.Controlモードは吸気時に陰圧,呼気時に陽圧をかけて換気改善を図るモードである.いわゆる調節呼吸を行うモードであり,I:E比・呼吸回数も設定する必要がある.経験的に短時間の使用でもPaCO2が低下する症例も経験しているが,当院では主にHOTやNPPVを行っている患者に対して“リハビリテーション目的”で使用することが多い.図2に用手的呼吸リハビリテーションとBCVの長所と短所を示す.
用手的リハビリテーションとBCVの胸郭アプローチの相違点
BCVを行うかどうかはチーム(Respiratory Care Support Team, RST)回診の際に多職種(呼吸器内科医師,慢性呼吸器疾患看護認定看護師,臨床工学技士,理学療法士,作業療法士,医療ソーシャルワーカーなど)で症例ごとに詳細に検討し,施行を主治医に提案し,開始すればチームとして介入・サポートするという経験を積み重ねていった.シンポジウム講演では3症例紹介したが,紙面の都合上BCVが効果的であった1症例のみ紹介する.
症例提示:排痰目的で使用し,BCVが著効した症例を提示する.症例は82才男性.誤嚥性肺炎によるCOPD急性増悪にて他院で気管内挿管され,呼吸管理目的で当院に転院.転院3日後に抜管し,NPPVによる呼吸管理を開始したが自力での痰喀出困難であり,離脱を試みると呼吸回数が増加し頻呼吸となるためNPPV離脱が困難であった.また昼夜逆転傾向も認められ,日中のリハビリテーションも進まず,ほぼ寝たきりの状態であった.胸部CTでは,両側下葉背側の痰貯留・無気肺が著明であった(図3).この時点での動脈血ガス分析(ABG)はO2 1 L吸入下pH 7.460, PaCO2 86.0 Torr, PaO2 59.0 Torr, HCO3- 41.0 mmol/Lであった.
症例 入院時胸部CT
両側肺背側に無気肺・痰貯留を認める.
本症例のゴールは紹介元への転院であり,関与する医療スタッフが描いていたストーリーは「抜管→終日NPPV→日中リハビリテーション+夜間NPPV→NPPV離脱→転院」であった.しかし上記のような状況であり,このままの状態では到底ゴールには到達せず“このまま寝たきりになってしまい誤嚥性肺炎を繰り返する悪循環”になってしまうことが懸念され,このタイミングで breakthroughをもたらすデバイスや介入方法の変更が必要と考えられた.RST回診で協議した結果,BCV(Secretion clearanceモード:Vibration 600 cpm, Insp – 8 cmH2O(4 min)+Cough 50 cpm, Insp -25 cmH2O, Exp+12 cmH2O, I: E ratio 5:1(1 min), 合計5 分を3回=計15分を1セットとして1日2セットを連日施行)を開始することとした.
提示症例その後の経過:初回のBCVを15分行ったのちに痰が大量に喀出された.その直後に胸部CTを施行すると,両側下葉背側の浸潤影内に含気が認められており(図4),有効性が期待される事象を確認できた.またBCV使用中はNPPV機器側の測定値でTVが約 300 ml増加していた.BCVを中止してもTV 100~200 mlの増加が数時間持続していた.1日2セットのBCVを継続しながら呼吸リハビリテーションも併せて行ったところ1ヶ月後にはABG所見がO2 0.5 L吸入下pH 7.460, PaCO2 60.0 Torr, PaO2 63.0 Torr, HCO3- 42.1 mmol/Lと改善した.NPPVを夜間のみとすることができ,意識レベルも改善し歩行可能となるなどADLも著明に改善した.
症例 BCV前後の胸部CT所見の変化
BCV後に両側下葉背側の浸潤影内に含気が認められた.
本症例はBCV導入が“このまま寝たきりになってしまい誤嚥性肺炎を繰り返する悪循環”を抜け出す!というbreakthroughをもたらす大きなきっかけとなった.昼夜逆転傾向の状態もリハビリテーションが進まない大きな障害となっていたが,日中に2回(午前・午後)にBCVを行うことで覚醒がもたらされ,有効なリハビリテーションが受けられるようになり,ADLが速やかに改善していった.また上記のようにSecretion clearanceモードで当初は排痰・無気肺の改善を期待していたが,副産物としてTVの増加が得られ,NPPV離脱促進にも寄与した.詳細は今後も検討が必要であるが,Secretion clearanceモードであっても呼吸筋のストレッチ効果や胸郭の揉み解し効果などがもたらされたことによるのかもしれない10,11).
このように当院では第1例をきっかけに2013年8月~2019年9月の間53例・152エピソードの様々な疾患・病態に対してBCVを使用した.「①排痰促進・無気肺解除」目的(Secretion clearanceモード)30名・66エピソード,と「②換気補助・リハビリテーション効果」目的ではそれぞれControlモード(シンクロナイズドモードから移行の1名含む)25名・75エピソード,Continuous negativeモード 6名・6エピソードであった.最近では急性期~亜急性期の使用も散見され,使用の幅が広がっている.
BCVはいわゆる陰圧換気療法のひとつであり,現在ではminorな呼吸管理法であることは前述した.このBCVの普及を通じて学んだこととして呼吸管理はやはりチャレンジであり,目の前にある厳しい状況も発想の転換(陽圧から陰圧)でbreakthroughできることがある,ということであった.また呼吸管理においては多職種によるチーム(主にRST)による介入が重要であることも再確認した.まさに古き陰圧換気に触れることが良き治療に繋がるという「温故知新」的経験であった.今後もさらに症例を蓄積しエビデンスを発信していきたい.
本論文の要旨は,第29回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会での日本臨床工学技士会との共同企画シンポジウム「呼吸ケアにおける医療機器「キカイ」を上手に使おう」内で発表した.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.