2021 年 29 巻 3 号 p. 453-459
【はじめに・目的】呼吸リハビリテーションにおいて,吸気筋トレーニング(IMT)の有効性は確立されつつある.しかし,横隔膜の動きを考慮した適正負荷圧の設定方法は確立されていない.本研究の目的は,横隔膜のトレーニングにおいて最も効果的な,IMTの負荷圧を検証することである.
【方法】対象は健常男性20名.クロスオーバーデザインで実施.IMT負荷圧を最大吸気圧(PImax)の30%,50%,70%に無作為割付け,1週間の間隔をあけて異なる負荷圧で計3回IMTを実施.超音波診断装置(M-mode)にて最大吸気位から最大呼気位までの横隔膜移動距離(Maximum Diaphragm excursion: DEmax)を測定した.
【結果】30%PImaxによるIMT実施でDEmax(r=0.31,p<0.05),IC(r=0.64,p<0.05)に有意な増加を認めた.50%PImaxにおいてはDEmax(r=0.82,p<0.01),VC(r=0.34,p<0.05),IC(r=0.74,p<0.05)に有意な増加を認めた.
【結論】健常者に対するIMTでは,中等度負荷が最も横隔膜に対して効果がある可能性が示唆された.
吸気筋トレーニング(inspiratory muscle training; IMT)は,吸気抵抗負荷法および閾値負荷法によって負荷強度が調節,設定可能である.IMTは呼吸リハビリテーション(呼吸リハ)の基盤的な項目の一つであり,運動療法と併用することで有用であるとされている1).慢性閉塞性肺疾患(COPD)を含む呼吸器疾患患者は,換気制限により呼吸数が増加し,呼吸筋に対する負荷が増加する2,3).また,呼吸器疾患患者に対するIMTの効果として,最大吸気圧,呼吸筋力,運動耐容能,呼吸困難,健康関連QOLで有意な改善が得られると報告されている4).IMTの負荷圧は,30%PImax以上の負荷圧が推奨されている.さらに,60%PImax以上の高負荷圧では,低負荷圧や中等度負荷圧と比較し,改善効果が大きく,運動耐容能も有意に改善するとされている5,6).しかし,IMTのプログラムには多くの要因(負荷圧の調整,筋の収縮速度,呼吸パターン)を考慮する必要があり,実施者によって効果が異なることも指摘されている7,8).これまでの吸気筋トレーニングの適正負荷圧は,段階的に分けられた負荷圧で一定期間トレーニングを行い,効果を判断されてきた9,10,11).しかし,軽負荷から高負荷までのIMTを比較し,高負荷で行われた場合,横隔膜ではなく呼吸補助筋筋力を増強している可能性がある12)との報告がある.よって,過負荷でのIMTにおいて,横隔膜ではなく呼吸補助筋のみ強化となっている可能性がある.
横隔膜機能の評価としては,筋電図,径横隔膜圧測定収縮機能評価,最大口腔内圧測定などが報告されている13).そのなかで,超音波診断装置を用いた横隔膜移動距離の測定は検者内および検者間の信頼性が高いとされている14,15).また,横隔膜移動距離は呼吸パターンの変化に対する感受性が高い16)ことが報告されていることから,臨床に応用する場合において有用性が高いと考えられる.
よって本研究の目的としては横隔膜移動距離を利用して,健常者を対象に,負荷圧を30%PImaxから70%PImaxの範囲で変化させ,IMT負荷圧の違いによる,横隔膜に対する適正負荷圧を検討することとした.
研究デザインはクロスオーバー試験である.対象は健常男性.IMT負荷圧はPImaxの30%,50%,70%に設定した.各負荷圧の順番は無作為に割り付け,各負荷圧のIMTは1週間の回復期間を設けて,同一検者にて計3回実施.IMTにはPOWER breathe KH2(エントリージャパン,東京)を使用した.IMT実施前後に深吸気時の横隔膜移動距離(Maximum Diaphragm excursion: DEmax)と換気機能の状態変化を調べるため,肺機能を測定した(図1b).また,各負荷圧のIMT中のDEmaxを測定した.
研究デザインとプロトコル
(a)研究デザイン.クロスオーバー試験にて実施した.IMT負荷圧をPImaxの30%,50%,70%とし,各負荷圧の順番は3群に割り付け,各負荷圧のIMTは1週間の回復期間を設けて,計3回実施.
(b)プロトコル.IMT実施前後にDEmax,肺機能を測定した.
IMT実施中のDEmaxを測定.IMT実施前後において呼吸を一定に保つため吸気時にインセンティブスパイロメトリー(コーチII)を使用.
IMT: inspiratory muscle training吸気筋トレーニング,DEmax: Maximum Diaphragm excursion,横隔膜移動距離
DEmaxの測定には,コンベックス型プローブを接続した超音波画像診断装置(XarioTM 200,TOSHIBA,東京)を用いた.横隔膜の計測には,肋骨弓下斜走査法を用いた17,18,19).肋骨弓下斜走査法はB-modeにて,肋骨弓下で肋骨縁に沿うようにコンベックスプローブを長軸方向に右胸壁側のドーム状の彎曲部を斜めに走査し,胸壁に近い横隔膜の後外側部分の動きを捉える(図2).さらにM-modeに切り替え,横隔膜移動距離・吸気時間を測定した(図3).測定は3回実施し,最大呼気位から最大吸気位の横隔膜移動距離をDEmaxとした.吸気時間は,呼気位よりDEmaxに到達するまでの時間とした.
超音波による横隔膜の描出
(a)前面 (b)側面
右横隔膜の描出方法は,肋骨弓下斜走査法にて,肋骨弓下で肋骨縁に沿うようにコンベックスプローブを長軸方向に右胸壁側のドーム状の彎曲部を斜めに走査した.
横隔膜超音波画像
B-modeにてプローブ位置を設定し,M-modeにて横隔膜Domeの移動距離を測定した.最大呼気位から最大吸気位までの横隔膜移動距離を DEmax( Maximum Diaphragm excursion 横隔膜移動距離)とした.
(a)安静呼吸時の横隔膜移動距離,(b)DEmax(最大呼気位から最大気位までの横隔膜移動距離)
肺機能は,小型電子スパイロメーター(SP-370 COPD肺Perプラス;フクダ電子㈱,東京)を使用し,肺活量(VC),最大吸気量(IC),1秒量(FEV1),最大吸気口腔内圧(PImax)を測定した.測定肢位は椅子坐位とし,最大呼気位から最大吸気を行い測定した.吸気はそれぞれ3回ずつ測定し,それぞれの最大値を採用した.肺機能において測定時の誤差は5%未満とし20),PImaxは20%以内となることを条件とした21).
本研究のプロトコルを図1aに示す.本研究で使用したPOWER breathe KH2はバルブ弁口面積をテーパリング方式により変化させるtapered型の漸減負荷方式の呼吸筋トレーニング機器である.IMTにおいては対象者全員が同一の条件で行えるよう,トレーニング姿勢は壁にもたれた立位にて実施.負荷圧の設定としては,30%PImaxを低負荷として中等度負荷の50%PImax,高負荷の70%PImaxを高強度負荷として,各負荷圧でそれぞれ30回を1セットの吸気抵抗負荷行わせ,最大呼気位から素早く,力強く,一気に吸気を行うように指導した.各負荷圧でIMTを30回実施し,IMT前後に横隔膜移動距離および肺機能を測定した.さらに,吸気抵抗負荷呼吸中の横隔膜の移動距離も測定した.
本研究において超音波診断装置による移動距離測定結果の信頼性を検討するためにDEmax測定の検者内信頼性(再現性)を3回の繰り返しにおける級内相関係数(intraclass correlation coefficients: ICC)を算出し,検者内における標準誤差(standard error of measurement: SEM)と臨床的有効最小誤差(minimal clinically important difference: MCID)を算出した.
各負荷圧のIMTが横隔膜移動距離や吸気筋力,肺機能におよぼす影響は,IMT前後に評価した各測定値を対応のあるt検定を用いて比較検討した.また,それぞれの効果量(r)も算出した.さらに,適正負荷圧を検討するためにIMT前後のDEmax,VC,ICの変化量,および吸気抵抗負荷呼吸中の横隔膜の移動距離変化,吸気時間を各負荷圧間で比較検討した.検討方法は対応のある一元配置分散分析を用い,事後検定としてBonferroni多重比較検定を行った.
統計解析は,統計解析ソフトウェアSPSS(ver 22 J for windows)を使用し,統計的有意水準は5%未満に設定した.
本研究は近畿大学医学部倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号30-134).倫理的配慮としてすべての対象者に本研究の評価の趣旨や方法,個人情報保護に関して説明し,同意を得た後に実施した.
健常男性20名で,表1に患者背景を記載した.全例男性で,呼吸機能は正常範囲で呼吸器疾患の既往はなかった.
年齢(歳) | 32±7歳 |
性別(male/female) | 20/0 |
VC(L) | 4.83±0.60 |
%VC(%) | 98.8±10.7 |
FVC(L) | 4.68±0.55 |
FEV1(L) | 4.05±0.44 |
%FEV1(%) | 101.7±11.7 |
IC(L) | 3.02±0.45 |
PImax(cmH2O) | 103±19.4 |
平均±標準偏差.
BMI: body mass index, VC: vital capacity, IC: Inspiratory capacity, FVC: forced tidal capacity, FEV1: forced expiratory volume in one second, PImax: maximum inspiratory pressure
DEmax測定の検者内信頼性(再現性):DEmaxは 68.8±10.3 mmであり,ICC(1, 1)=0.90,ICC(1, k)=0.87と良好な再現性があった.またSEMは 0.26 mm,MCIDは 0.72 mmであった(表2).
DEmax(mm) | ICC | p | 95% CI | SEM | |
---|---|---|---|---|---|
深吸気 | 68.8±10.3* | 0.90 | <0.01 | 0.81-0.96 | 0.24 |
ICC intraclass correlation coefficient; CI confidence interval; SEM standard error of measurement
DEmax(mm) | ICC | p | 95% CI | SEM | |
---|---|---|---|---|---|
Session 1 | 68.8±10.3* | 0.87 | <0.01 | 0.78-0.95 | 0.26 |
Session 2 | 68.4±10.4* | ||||
Session 3 | 67.9±9.8* |
ICC intraclass correlation coefficient; CI confidence interval; SEM standard error of measurement
DEmax: Maximum Diaphragm excursion,横隔膜移動距離,級内相関係数: Intraclass Correlation Coefficients: ICC, Confidence interval: CI, Standard error of measurement: SEM
各負荷圧におけるIMT前後のDEmaxと肺機能の変化:30%PImaxによるIMT実施でDEmax(r=0.31, p<0.05),IC(r=0.64, p<0.05)に有意な増加を認めた.
50%PImaxにおいてはDEmax(r=0.82, p<0.01),VC(r=0.34, p<0.05),IC(r=0.74, p<0.05)に有意な増加を認めた.しかし,70%PImaxではDEmax(r=0.53, p<0.05)が有意に低下した(表3).
30%PImax | 50%PImax | 70%PImax | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
前 | 後 | r | 前 | 後 | r | 前 | 後 | r | |
DEmax(mm) | 69.4±6.3 | 73.7±6.8* | 0.31 | 66.6±6.3 | 75.6±7.8** | 0.82 | 69.4±5.2 | 63.4±2.7* | 0.53 |
PImax(cmH2O) | 121.4±27.3 | 121.9±27.5 | 0.07 | 120.6±26.9 | 128.0±26.7 | 0.12 | 120.0±27.0 | 120.3±31.5 | 0.07 |
VC(L) | 4.60±0.60 | 4.68±0.65 | 0.10 | 4.69±0.54 | 4.91±0.54* | 0.34 | 4.57±0.58 | 4.58±0.63 | 0.01 |
IC(L) | 3.31±0.37 | 3.47±0.44* | 0.64 | 3.32±0.43 | 3.73±0.42* | 0.74 | 3.57±0.44 | 3.34±0.46 | 0.06 |
FEV1(L) | 3.97±0.50 | 3.94±0.53 | 0.40 | 4.07±0.46 | 4.08±0.48 | 0.49 | 3.95±0.51 | 3.93±0.50 | 0.42 |
IMT: inspiratory muscle training, DEmax: Maximum Diaphragm excursion, VC: vital capacity, IC: Inspiratory capacity, FEV1: forced expiratory volume in one second, PImax: maximum inspiratory pressure , *p <0.05, **p <0.01
各負荷圧における群間差の多重比較ではIMT前後のDEmax(p<0.01),VC(p<0.01),IC(p<0.01)いずれの主効果も有意となった(表4).
DEmax(mm) | VC | IC | |
---|---|---|---|
30%PImax | 4.3±4.5*‡ | 0.08±0.09*‡ | 0.16±0.15*‡ |
50%PImax | 9.3±5.1*† | 0.22±0.14*† | 0.40±0.14*† |
70%PImax | -0.6±6.0†‡ | 0.01±0.12†‡ | -0.23±0.17†‡ |
IMT: inspiratory muscle training, DEmax: Maximum Diaphragm excursion,横隔膜移動距離,VC: vital capacity, IC: Inspiratory capacity
30% vs 50%=*: p<0.01 50% vs 70%=†: p<0.01 30% vs 70%=‡: p<0.01
IMT実施中のDEmaxと吸気時間:IMT実施中のDEmaxは30%PImax,及び50%PImaxに比較して70%PImaxで有意に低値であった(p<0.01).また,IMT中の吸気時間は50%PImaxが最も長かった(p<0.01,表5).
DEmax(mm) | 吸気時間(min) | |
---|---|---|
30%PImax | 58.7±6.6‡ | 2.42±0.32* |
50%PImax | 56.1±8.7† | 3.11±0.49* |
70%PImax | 33.9±6.1† | 3.08±0.38‡ |
IMT: inspiratory muscle training, DEmax: Maximum Diaphragm excursion
30% vs 50%=*: p<0.01 50% vs 70%=†: p<0.01 30% vs 70%=‡: p<0.01
本研究はIMT負荷圧と横隔膜動態の関係を調査し,最も効果的であるIMT負荷圧を明らかにすることを目的として実施した.その結果,30%PImaxと50%PImaxでIMT前後のDEmaxやICに有意な改善を認め,50%PImaxではVCの改善を認めた.
本研究においてはDEmaxを測定し,健常者にIMTを実施したところ負荷圧の違いにより横隔膜動態や肺機能に変化がみられた.中等度負荷においてIMT後にDEmaxが有意に増加したが,高負荷IMT後はDEmaxが有意に低下した.一般的に,安静時の1回換気量の60~70%が横隔膜を使用し,深呼吸や努力呼吸では呼吸補助筋が働いて呼吸を補助する.しかし,IMT においては強度が増すにつれて頸部筋の活動が増加することが報告されており22),Jungら12)も筋電図を使用して同様の結果を報告している.また,IMTは吸気筋の全体的な機能性を向上させることができるが,ターゲットとなる呼吸筋によって適正負荷圧が異なるものと考えられる.横隔膜筋厚を測定した報告では,40%PImax前後の負荷圧が最も高値となり,60%PImax以上の負荷圧では呼吸補助筋が優位となるとの報告がある23).これらの報告から推察すれば,負荷圧を増加させた場合,横隔膜の活動はある時点までは増加し,その後減少する傾向にあると考えられる.今回の我々の研究においても同様の結果を示した.これらの結果より,横隔膜動態改善を目的とするIMTであるならば,必ずしも高負荷圧でのIMTが適切であるとは考えられないと思われる.
本研究において,50%PImaxのIMT実施前後にVCやICが改善した.呼吸機能に関して,1秒量や肺活量,最大換気量などは多くの報告で改善を認ないとさされるものや,上昇したとする報告もされている.
また,高強度の運動により横隔膜の疲労が生じることが報告されており22),運動中のICの減少は横隔膜の可動性と関係し,呼吸器疾患に関係なく吸気筋力の低下がない場合,ICの減少は呼吸筋のコンプライアンスの低下を示すとされる24).よって,60%PImax以上の高負荷圧でのIMTでは筋疲労が生じやすく,IMT実施後においてVCやICの減少が生じたのではないかと考える.
本研究において,MCIDは 0.72 mmであったことから,30%PImaxにおいての改善は誤差範囲である可能性がある.よって,IMTを実施する際に横隔膜動態の改善を目的にする場合は,50%PImax前後の中等度負荷圧が最も適しており,30%PImax程度の低負荷,70%PImax以上の高負荷圧では横隔膜に対しては効果が乏しくなる可能性がある.
これまでIMT実施中の効果的な吸気時間についての報告はないが,本研究において負荷圧が増加すると吸気時間は延長し,負荷圧を減少させると吸気時間は短縮する傾向にあった.このことから,IMTは吸気筋の全体的な機能性を向上させることができるが,横隔膜に対しては50%PImaxが最良な負荷圧であり,横隔膜をターゲットとしたIMTを実施する際は,負荷圧のみではなく,吸気時間を考慮する必要がある.
また,本研究において50%PImaxではIMT後に横隔膜移動距離やVC・ICが増加した.これはIMTによる一種の運動学習効果であるかもしれない.運動学習とは,ある目的に応じた運動技能(パフォーマンス)をコントロールする能力を獲得する過程である.今回実施した負荷圧下での呼吸は,横隔膜をより収縮させることを目的としている.これらの繰り返しが運動を「認知」し,「学習」「記憶」したことで,IMT後の増加効果が得られたと考えられる.よって本研究において,IMT実施後に横隔膜移動距離やVC・ICが増大した理由としては,運動学習効果によるものではないかと考えている.
本研究の限界としては各負荷圧の別での横隔膜に対する適正負荷圧の検討であるが,一度のIMTでの検討であり,負荷なし群,各負荷別での比較検討を行えていない.よって,継続したIMTが横隔膜動態にどのような影響を与えるか,負荷なし群を設定した比較については今後検討していく必要がある.また,呼吸補助筋の測定を同時に行えておらず,IMTの負荷圧の違いが横隔膜と呼吸補助筋との相互作用については明らかにできていないことである.測定の信頼性に関しては検者内信頼性においては良好な再現性を得ることができたが,検者間における再現性は評価できていないことも挙げられる.本研究の対象者は健常男性であるため,今後はCOPDなどの呼吸器疾患患者を対象に検討することが必要であると考える.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.