日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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症例報告
高流量鼻カニュラ使用中から積極的な歩行練習を実施した2型呼吸不全の一症例
喜古 勇千葉 哲也梅津 美奈子井上 博満森田 瑞生
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2021 年 29 巻 3 号 p. 484-487

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要旨

HFNCの適応は広がりつつあるが,HFNCを使用しながらのリハビリテーションの報告は少ない.今回,2型呼吸不全の急性増悪患者に対し,HFNC使用中からバッテリー搭載機器に変更し積極的な歩行練習を含めた呼吸リハビリテーションを実施した.その結果,PaCO2の低下や,ADLが向上し自宅退院に至った症例を報告する.本症例のように2型呼吸不全患者でも,HFNC使用により軽度のPaCO2低下やHFNC使用中から連続した歩行練習をすることで,身体機能が維持されADLの再獲得が可能であると考える.

緒言

高流量鼻カニュラ(High flow nasal cannula;以下HFNC)は,高濃度まで正確なFiO2設定・解剖学的死腔の洗い出し・上気道抵抗の軽減・PEEP効果と肺胞リクルートメント・気道の粘液線毛クリアランスの維持などの生理学的効果を持ち,呼吸不全の病態改善をはかる治療法で,臨床的にも有用性が高いと言われている1.成人の集中治療患者では,エビデンスとしてはまだ低いが,快適性や呼吸困難の改善が期待できると報告されている2.また,長期在宅酸素療法中のCOPD患者にHFNCを使用することで,死腔の洗い出しや呼吸仕事量軽減によるPaCO2の低下やQOLが向上する3との報告もあり,急性期から慢性期へと適応は広がりつつある.しかし,HFNC使用中は医療ガス配管等の問題でベッド周辺に制限されてしまうことが多く,リハビリテーションの報告は少ない.

今回,2型呼吸不全の急性増悪患者に対して,HFNC使用中から機器を工夫して積極的な歩行練習を含めた呼吸リハビリテーションを実施したので報告する.

症例

69歳女性,身長141 cm,体重32 kg,BMI 16.1.

診断名:気管支炎・慢性呼吸不全急性増悪,気腫合併肺線維症(CPFE).

既往歴:気管支喘息,COPD,肺高血圧症,気胸,大動脈弁閉鎖不全.

喫煙歴:5~10本/日25年間 50歳から禁煙.

入院前ADL:入浴・階段昇降以外のADL自立,移動は自宅内のみで独歩自立.しかしながら呼吸苦があるため連続でも約10 mの範囲しか動けなかった.

現病歴:10年前にCOPDと診断され在宅酸素療法を導入.1年前に難治性左気胸にて入院したが軽快して退院.1か月前に右気胸で他院にて自己血癒着術施行し10日間で退院.退院後も呼吸困難が継続し,SpO270~80%台が続いたため救急外来受診し,気管支炎,慢性呼吸不全急性増悪と診断され入院となった.入院時の動脈血ガス分析はpH 7.399,PaO2 71.7 Torr,PaCO2 77.3 Torr(経鼻酸素2 L/min吸入下),血液生化学データはCRP 1.64 mg/dl,KL-6 350 U/mL,SP-D 310 ng/mL,LDH 186 U/mL,D-ダイマー 1.13µg/mL,BNP 466.8 pg/mL.心電図は異常所見なく,心臓超音波検査は大動脈四尖弁,中等度の大動脈弁閉鎖不全,軽度の大動脈弁狭窄症,重度の肺高血圧を認めた.胸部単純X線写真と胸部CT画像を図1に示す.

図1

入院時の胸部単純X線写真と胸部CT画像

本報告は,個人情報保護に十分留意し,患者本人及び家族に書面と口頭にて十分に説明を行い同意を得た.

【臨床経過】(図2

初期治療としてセファゾリンNaとベタメタゾンリン酸エステルナトリウムを投与開始.第9病日より理学療法開始.第13病日に,低酸素血症により状態悪化したためNPPVを検討したが,気胸の既往や本人の希望もありHFNC(40 L/40%)を開始した.第46病日より日中は鼻カニュラ,夜間と理学療法時のみHFNCを使用した.第64病日でHFNC離脱し,第89病日の動脈血ガス分析はpH 7.362,PaO2 64.5 Torr,PaCO2 67.6 Torr(経鼻酸素2.5 L/min吸入下),第92病日に自宅退院となった.

図2

臨床経過と理学療法経過

【理学療法経過】(図2

初期評価:意識清明でコミュニケーション良好.鼻カニュラ1.5 L/min使用で呼吸音は減弱し喘鳴を認め,脊椎後彎とともに胸郭の可動性不良.呼吸補助筋群の活動性亢進し,呼吸数は40回/分で高度の努力呼吸を認めた.筋力はMMT 3~4,BIは55/100点(減点項目:移乗・トイレ動作・入浴・歩行・階段).mMRC Grade 4,呼吸困難(修正Borg scale)は安静時2,動作時5で,端座位にて会話だけでSpO285%,立位での足踏み10回でSpO283%まで低下した.

プログラム:コンディショニング,ADLトレーニングから開始した.第13病日の状態悪化後はコンディショニングが中心となったが第16病日より足踏み練習を再開し,第25病日にはHFNCの医療ガス配管が届く範囲(3~5 m)での歩行練習を開始した.第31病日よりベッドサイドにて自転車エルゴメータ(20 watt)を1分から開始した.第43病日より,医師および臨床工学技士と相談してバッテリー搭載のMONNAL T60に機器を変更し,廊下での歩行練習(約20 m)を開始した.歩行中の酸素供給は酸素ボンベを使用したが,加温加湿器の電源確保は困難であった.歩行練習時の様子と設定を図3に示す.第61病日からは鼻カニュラとなったため,歩行器を使用しての歩行練習(20 m~)に移行し,最終的に独歩での練習に至った.

図3

HFNC使用中の歩行練習時の様子と設定

最終評価:意識清明,MMSE 26/30点,鼻カニュラ2.5 L/min投与にて喘鳴は改善し,呼吸数が32回/分まで軽減した.筋力は握力(kg)右10,左11,膝伸展筋力(kgf/kg)右0.30 左0.23,MMTは4となり軽度向上した.BIは75/100点(減点項目:入浴・歩行・階段).修正Borg scaleは安静時0~1,動作時4で歩行は独歩にて連続30 m(歩行速度16.7 m/min)にてSpO288%まで低下するも可能となった.

考察

COPDを伴う2型呼吸不全の急性増悪患者ではNPPVが推奨されているが4,本症例は気胸の既往や本人の希望もありHFNCを使用した.COPD増悪患者にHFNCとNPPVを比較した報告では,PaCO2や臨床転帰の差はないがNPPVに比較してHFNCが快適性は高いと報告されている5.また,長期在宅酸素療法中のCOPD患者にHFNCを使用することで,軽度の気道陽圧や加温加湿などの生理学的効果により,増悪回数やそれに伴う入院回数が減少,またQOL,呼吸困難,PaCO2,6分間歩行試験のいずれも改善が認められると報告がある6.今回の症例でもNPPVの代替となり,QOLの向上やPaCO2の低下が図れたのではないかと考える.

COPD患者にHFNCを使用して運動を行ったところ,運動の持続時間の延長とより高負荷な運動が可能であったと報告がある7.今回の症例でもHFNC使用中から積極的な歩行練習をすることで,より高負荷な運動が可能となり,廃用の予防とADLの向上が図れたのではないかと考える.しかし,今回使用したMONNAL T60では酸素ボンベを利用するため長時間の連続使用は困難であった.また,加温加湿器の電源の確保は困難であったため,歩行中は加湿不足の混合ガスとなり,不快感の増悪や感染のリスクを伴う可能性もあった.現時点でHFNC使用中から安全に歩行練習をするためには,フロージェネレータ内蔵の機器とともに携帯型バッテリーなどの電源の確保と人員が必要になる.

HFNC使用中の歩行練習は高濃度酸素投与が必要な急性期から回復期や重症例でも歩行可能な症例には適応となる可能性があるが,人工呼吸器やNPPVと違いモニターがないため,呼吸状態の変化を注意深く観察する必要がある.また,NPPVと比較して換気補助効果が乏しく,気道内圧も低いため口呼吸となると酸素濃度が不安定となることもあり,協力が得られない患者には難しいと考える.

HFNCはNPPVの役割の一部を担う可能性があり,院内だけでなく在宅への導入が一般化すれば様々なリハビリテーションの方法が考えられるため,今後に期待したい.

備考

本論文の要旨は,第29回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2019年11月,愛知)で発表し,座長推薦を受けた.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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