日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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原著
高齢患者における待機的胃・大腸癌術後合併症発症の術前予測因子
山下 裕安田 勇士高木 清仁岡嵜 誉會津 恵司山口 竜三田平 一行
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2021 年 30 巻 1 号 p. 115-120

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要旨

本研究の目的は,高齢患者における待機的胃・大腸癌術後合併症の術前予測因子を調査することである.

本研究は後方視的観察研究とし,待機的に手術を施行した65歳以上の胃および大腸癌患者243例を解析対象とした.術前に身体組成,身体能力等を評価し,術中所見および術後合併症の詳細は診療録より抽出した.多重ロジスティック回帰分析を用いて術後合併症発症に独立して関連する因子を解析した.

サルコペニア(odds ratio 2.98,95%信頼区間 1.27-7.00,p=0.01),癌の病理組織学的ステージ(odds ratio 2.97,95%信頼区間 1.51-5.85,p<0.01)が術後合併症の独立した予測因子として抽出された.

待機的胃・大腸癌術前患者におけるサルコペニアの有無は,術前情報として多職種で共有し,必要に応じて治療法の検討に役立てることで,患者の転帰に寄与するかもしれない.

緒言

近年,外科手術対象患者は高齢化の一途を辿っている1,2.対象患者の高齢化は手術後の合併症発症リスクや死亡リスク,医療コストの増加に繋がると考えられている.しかし,高齢者の身体生理学的な背景には個人差が大きく,年齢だけでは耐術能がどの程度あるのか判断するのは困難である.従来よく使われる術後転帰の予測指標はThe physical Status of the American Society of Anesthesiologists(ASA-PS)3であるが,妥当性を検証した報告では対象年齢が若く,高齢者にそのまま用いることに疑問が残る4.そのため,高齢者に特異的な指標が必要であると考える.

高齢者に特異的な指標として,フレイル5,6,7やサルコペニア8,9,10,11,栄養状態11,12,併存症11,13,14などが近年注目を集めている.しかし,外科周手術期患者における術後転帰との関連性について,それらをすべて揃えて検討した先行研究は少なく15,16,使われているサルコペニアの指標については筋量のみの測定15であったり,筋量測定の方法やcut-off値が現在のガイドライン17と違ったり16など,臨床でそのままこれらの結果を応用するのは難しい.これらの指標の中で何が最も重要なのかを改めて明らかにすることは,臨床での術前患者評価において,患者の身体状況をより正確に把握できる可能性がある.

当院では胃および大腸の手術予定患者に対し,多職種による外来術前説明“術前オリエンテーション・オリエンテーリング”(以下,術前オリオリ)を2014年より運用しており,リハビリテーション部門では術前の身体機能・動作能力を把握するため評価も実施している.これらの評価結果で術後の不良な転帰を術前から予測できれば,医師の立てる治療戦略や周術期看護ケア,退院支援においてこの情報は有用と考えられる.そこで今回我々は,高齢患者における待機的胃・大腸癌術後合併症の術前予測因子を調査した.

対象と方法

対象は,2018年4月1日より2020年3月31日までに当院にて術前オリオリを実施し,外科にて待機的に手術を施行した65歳以上の胃および大腸癌患者279例であった.同意が得られなかった1例,手術中止となった2例,欠損値があった33例は除外し,243例を解析対象とした.

研究デザインは後方視的観察研究とした.術前状態は術前オリオリ時評価,術中項目および術後情報,癌の病理組織学的ステージ分類は診療録よりそれぞれ抽出した.

術前評価項目は,基本情報に加えフレイルおよびサルコペニア,併存症,栄養状態とした.フレイルの有無はClinical Frailty Scale18を用いて評価した.これは対象を健康状態や活動性から1;壮健~9;疾患の終末期の9段階で区別するものであり,5;軽度のフレイル以上をフレイルと定義した.サルコペニアの有無は2019年改訂版Asian Working Group for Sarcopenia基準8を用いて評価した.体組成評価はバイオインピーダンス法で評価し,骨格筋指数(Skeletal Muscle Mass Index,以下SMI)を算出した.使用機材はMC780A(株式会社タニタ製)とした.カットオフ値は,SMIは男性 7.0 kg/m2,女性 5.7 kg/m2未満,握力は男性 28 kg,女性 18 kg未満,歩行速度は 1.0 m/secとした.併存症はCharlson Comorbidity Index13(以下,CCI)を用いて評価した.CCIは,表1に示した各併存症にそれぞれスコアが割り振られたもので,その合計により対象の臓器障害の程度を示す指標である.栄養状態は主観的包括的アセスメント(Subjective Global Assessment)19を用いて評価し,B(軽~中等度栄養障害)またはC(重度栄養障害)と評価されたものを低栄養とした.

表1 Charlson Comorbidity Index(CCI)13
疾患スコア
心筋梗塞1
うっ血性心不全1
末梢血管疾患1
脳血管障害1
認知症1
慢性肺疾患1
膠原病1
消化性潰瘍1
軽度肝疾患1
糖尿病1
片麻痺2
中等度~重度腎機能障害2
合併症を伴う糖尿病2
固形癌2
白血病2
リンパ腫2
中等度~重度肝疾患3
転移性固形癌6
後天性免疫不全症候群(AIDS)6

術中項目は術式(開腹術または腹腔鏡手術)および手術時間,術中出血量を調査した.

術後項目は癌の病理組織学的ステージ(以下,ステージ)を調査した.

アウトカムは術後合併症発症の有無とした.術後合併症は術後30日以内に発症した,Clavien-Dindo分類(以下,C-D分類)20,21にてII以上のものとした.また,術後在院日数についても調査した.

統計解析としては,術後合併症の有無で対象を2群に分けて,連続変数は対応のないt検定またはMann-WhitneyのU検定,2値変数はカイ二乗検定もしくはFisherの直接確立検定を用いてスクリーニングを行った.続いて,スクリーニングにおいて統計学的に有意であった指標を独立変数,術後合併症の有無を従属変数として多重ロジスティック回帰分析(p値を用いたステップワイズ)にて解析した.統計ソフトはR(ver.4.1.0)を用い,有意水準はp<0.05とした.

本研究は当院倫理委員会より承認を得て実施した(第389-2号).当初は前方視的観察研究として開始したが,観察期間中にサルコペニア評価の改訂8が行われたことから,研究計画を後方視的観察研究に修正した上で解析した.対象者への説明および意思の確認方法はオプトアウト方式とした.

結果

対象症例の背景およびスクリーニングの結果を表2に示す.243例中,C-D分類II以上の合併症を発症したのは45例(18.5%)であった.合併症の内訳は吻合部縫合不全15例,イレウス11例,創感染7例,膵液瘻6例,肺炎5例,その他8例であった.このうち合併症を重複して発症したのは9例であった.

表2 患者背景および合併症あり群・なし群での比較
変数グループ全サンプル合併症なし合併症ありp値
n24319845
年齢(歳)75.0[65.0, 91.0]74.50[65.0, 91.0]76.0[66.0, 91.0]0.22
年齢75以上75歳未満120(49.4)100(50.5)20(44.4)0.51
75歳以上123(50.6)98(49.5)25(55.6)
性別女性77(31.7)66(33.3)11(24.4)0.29
男性166(68.3)132(66.7)34(75.6)
身長(m)1.61[1.35, 1.80]1.61[1.35, 1.80]1.61[1.38, 1.74]0.20
体重(kg)57.2[35.1, 102.6]57.25[36.0, 102.6]56.8[35.1, 86.4]0.45
BMI(kg/m222.35(3.35)22.38(3.33)22.21(3.49)0.76
ASA-PS137(15.2)28(14.1)9(20.0)0.25
2170(70.0)143(72.2)27(60.0)
336(14.8)27(13.6)9(20.0)
ASA-PS2以上206(84.8)170(85.9)36(80.0)0.36
呼吸機能
FEV1/FVC77.07[37.3, 136.0]76.6[37.3, 136.0]78.98[48.0, 123.1]0.09
%VC99.7[54.4, 150.3]100.6[54.4, 150.3]93.1[63.9, 120.3]<0.05
併存症
CCI1[0, 8.]1[0, 8]1[0, 7]0.20
糖尿病なし168(69.1)135(68.2)33(73.3)0.59
あり75(30.9)63(31.8)12(26.7)
慢性心不全なし219(90.1)177(89.4)42(93.3)0.58
あり24(9.9)21(10.6)3(6.7)
腎不全なし231(95.1)188(94.9)43(95.6)1
あり12(4.9)10(5.1)2(4.4)
肝硬変なし240(98.8)197(99.5)43(95.6)0.09
あり3(1.2)1(0.5)2(4.4)
腹部手術歴なし148(60.9)124(62.6)24(53.3)0.31
あり95(39.1)74(37.4)21(46.7)
手術部位84(34.6)64(32.3)20(44.4)0.23
大腸154(63.4)130(65.7)24(53.3)
複数合併5(2.1)4(2.0)1(2.2)
病理組織学的0~2169(69.5)147(74.2)22(48.9)<0.01
ステージ3~474(30.5)51(25.8)23(51.1)
術式開腹159(65.4)124(62.6)35(77.8)0.06
腹腔鏡84(34.6)74(37.4)10(22.2)
SGAA214(88.1)174(87.9)40(88.9)1
B28(11.5)23(11.6)5(11.1)
C1(0.4)1(0.5)0(0.0)
低栄養なし213(88.0)173(87.8)40(88.9)1
あり29(12.0)24(12.2)5(11.1)
SMI(kg/m27.31(1.27)7.33(1.30)7.22(1.14)0.61
握力27.9[6.2, 52.8]28.1[12.1, 52.8]25.9[6.2, 51.7]0.20
歩行速度(m/s)1.08[0.32, 1.94]1.09[0.32, 1.88]1.06[0.38, 1.94]0.21
サルコペニアなし213(87.7)179(90.4)34(75.6)0.01
あり30(12.3)19(9.6)11(24.4)
フレイルなし224(92.2)187(94.4)37(82.2)0.01
あり19(7.8)11(5.6)8(17.8)
手術時間(分)198.0[50.0, 578.0]196.0[57.0, 437.0]227.0[50.0, 578.0]0.09
出血量(ml)100.0[5.0, 2100.0]88.5[5.0, 750.0]210.0[10.0, 2100.0]<0.001
中央値以下(%)115(47.3)101(51.0)14(31.1)<0.05
中央値超過(%)128(52.7)97(49.0)31(68.9)
術後在院日数(日)7[3, 157]7[3, 21]18[5, 157]<0.001

術後合併症の有無における2群比較において有意な差および関連性を認めたのはステージ(p=0.02),サルコペニア(p=0.01),フレイル(p=0.01),術前%VC(p=0.03),術中出血量(p=0.02),術後在院日数(p<0.01)であった(表2).

多重ロジスティック回帰分析にて,最終モデルに抽出されたものは,サルコペニア(odds ratio 2.98,95%信頼区間 1.27-7.00,p=0.01),ステージ(odds ratio 2.97,95%信頼区間 1.51-5.85,p<0.01)であり,フレイル,術前%VC,術中出血量,術後在院日数は除外された(表3).

表3 多重ロジスティック回帰分析結果(最終モデル)
因子odds ratio95%CI下限95%CI上限p値
Intercept0.01260.07770.205<0.001
サルコペニア2.981.277.000.01
病理組織学的ステージ2.971.515.85<0.01

考察

本研究の結果から,胃・大腸癌術後患者におけるC-D分類II以上の合併症発症の独立した予測因子として,サルコペニアとステージが抽出された.先行研究では,フレイルや併存症,栄養状態なども関連していると多数の報告がある.また,本研究と同様にそれぞれの因子を並べて検討した報告もある15,16が,サルコペニアの診断においては最も新しい基準8を用いていることから,本研究は信頼性および妥当性についてより高いと考えられる.今回の結果から,最も直接的に術後合併症の発症を予測できる術前因子はサルコペニアであることが明らかとなった.加えて術後合併症を発症した群で術後在院日数が有意に延長していることから,術前におけるサルコペニアの有無は,術後の転帰を予測するうえで非常に重要な指標であることが示された.

抽出された因子と術後合併症との関連

術前サルコペニアの有無が術後合併症の独立した予測因子22,23とする胃癌患者の報告や,筋量が減少している結腸直腸癌患者では感染性術後合併症が多かったとする報告24,合併症発症の独立した予測因子であったとする報告25など多数ある.しかし,サルコペニアが術後合併症を引き起こすメカニズムはまだ完全に明らかにされていない.サルコペニアを有する胃癌患者では,全身炎症反応の指標となる好中球リンパ球比が非サルコペニア患者に比べ有意に高かったとする報告26がある.一方結腸直腸癌術前患者の報告では,腹部CTにおける第3腰椎レベルの筋量と,好中球活性時に放出される炎症性マーカーである術後血清calprotectin値が負の相関を示した24とするものもある.サルコペニアを有する外科手術患者では,創傷治癒過程や免疫機能に何らかの悪影響が起こり,合併症発症に繋がるのかもしれない.

ステージは,合併症発症群に進行している患者の割合が高かった.ステージ別で術式および手術時間,術中出血量を比較したところ(表4),ステージ3,4では,術式は開腹術が多く,術中出血量は有意に多かった(p<0.001,p=0.01).一方で手術時間には差を認めなかった.ステージが進行した患者ほど開腹術にも関わらず腹腔鏡手術と同等の手術時間を要し,かつ出血が多かったことが伺える.生体内の出血部位では,壊れたヘモグロビンが強力な酸化ストレスを起こし27,凝集した血小板により活性化された血液凝固因子の影響で,ブラジキニンやヒスタミンなどが産生され炎症を助長させる28.以上のことからステージが進行している患者ではより高度な侵襲が加わっていた可能性が高い.

表4 癌の病理組織学的ステージ別での手術因子比較
病理組織学的ステージp値
FactorGroup0~23~4
n16974
術式開腹94(55.6)65(87.8)<0.001
腹腔鏡75(44.4)9(12.2)
手術時間(分)201.0[57.0, 567.0]192.0[50.0, 578.0]0.17
出血量(ml)85.0[5.0, 2100.0]144.5[5.0, 2057.0]0.01

今後の展望と対策

本研究ではサルコペニアがある患者は30例(12.2%)であったが,今後の高齢者人口の増加に伴い,さらに増加すると考えられる.今後の対応として,術前情報としてサルコペニアの有無を医師と共有する必要がある.サルコペニアを有する患者に対する手術侵襲は,非サルコペニア患者のそれより強い影響を及ぼす可能性が高く,治療戦略を立てるにあたり手術前にサルコペニアへの介入や治療を優先する,侵襲のより少ない術式に変更するなど選択肢を増やし,慎重に検討する必要があるのかもしれない.ただし,併せてサルコペニアの治療をするための体制作りが必要になる.外科治療の術前にサルコペニア対策を行うことは,術後合併症を減少させ,術後在院日数を適正化させ,患者にも病院にも有用な事業となるかもしれない.そしてそこには我々理学療法士の役割が非常に重要となると考える.

本研究の限界

本研究の限界として2点挙げられる.まず1点目として,胃・大腸癌患者を併せて検討している点である.しかし,先行研究でどちらも本研究の結果を支持する報告はあるため影響は小さいと考える.2点目として,欠損値があった症例の大半が筋量測定できなかった症例であった.これらは測定エラーが生じた症例や立位保持が困難な症例であった.今後の調査において,筋量測定においては,実施する際に患者の状況に合わせた姿勢での評価や,BIA法以外の方法について検討する必要があるかもしれない.

結論

高齢患者における待機的胃・大腸癌術後患者のC-D分類II以上の術後合併症発症における独立した予測因子として,術前サルコペニアとステージが抽出された.今後の対策として,サルコペニアの有無は術前情報として多職種で共有し,必要に応じて治療法の検討に役立てることで,患者の転帰に寄与するかもしれない.

謝辞

本研究を遂行するにあたり,手術を控えた辛い時期にも関わらず,本研究に参加して頂きました患者の皆様の協力,春日井市民病院外科医師の皆様および西4階病棟の皆様のサポートに厚く御礼申し上げます.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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