2021 年 30 巻 1 号 p. 23
呼吸器疾患の診断においては,画像診断をはじめとする検査への偏重に対する反省から昨今聴診などの理学所見の有用性が見直されている.また,多職種連携や電子カルテの時代となり,研修医・レジデントのみならず看護師や理学療法士など呼吸器疾患患者の診療・ケアに携わる多くの職種に対しての系統的な聴診教育の必要性が再認識されている.一方で,職種間や医療機関ごとにカルテ記載の方法や用語の使い方に違いがあるなど,解決すべき問題も多い.
聴診についてはLaennecによる聴診器の発明から200年に亘る膨大な知見の集積があり,その所見は様々な用語で表現されてきた.1976年に国際肺音学会(International Lung Sounds Association; ILSA)が設立され,それ以降呼吸音・副雑音の発生や伝播のメカニズムの解明とともに聴診所見の用語統一も進められている.肺音の分類については,1985年に東京でILSAが開催された際の「肺の聴診に関する国際シンポジウム」で三上理一郎先生らが提唱したものが現在も基本になっている.職種や施設によらず,この統一された分類や用語を使うことが望ましい.
聴診をマスターするためには多くの症例を経験することも重要だが,呼吸音や副雑音の発生メカニズムを理解することが不可欠である.呼吸音は気道内の乱流によって気道壁が振動することで発生する.頸部や胸骨周囲以外の広い領域で聴取される呼吸音である肺胞音も,その発生源は気管支である(肺胞領域ではほとんど気流がないため呼吸音は発生しない).したがって肺胞音が聴こえるはずの領域で気管支音が聴取されれば(気管支音化),①気道の炎症や狭窄によって気道内で発生する音が伝播しやすくなっている,あるいは ②肺が硬くなって気道内で発生する音が体表に伝わりやすくなっている,という2つの可能性が考えられる.下気道感染や喘息が前者の代表的な病態であり,間質性肺炎が後者に相当する.疾患と聴診所見の組み合わせをただ暗記するのではなく,このように音の発生メカニズムを理解すれば,聴診は楽しく,また立派なサイエンスであることがわかる.
聴診は聴診器さえあればいつでも行うことができ,繰り返し聴くことで疾患の経過や治療効果を判断することができる.また注意深く聴診することで必要のない検査を省くこともでき,医療費の削減にも繋がる.こうした点から今後ますます聴診の重要性が注目されるものと思われる.一方,聴診の短所として聴いた者にしかわからない,過去の聴診所見との比較や定量的な評価が難しいといった点が挙げられる.これらを克服するため,サウンドスペクトログラムを用いて呼吸音を可視化することや,音声データとして呼吸音を保存・共有すること,種々のアプリケーションを用いた自動解析などが試みられている.
指導的立場にある者にとっては,若手医療従事者への聴診教育を自己の経験のみに頼らず,理論的かつ系統的に行うことが求められるが,これは必ずしも容易ではない.本シンポジウムでは,呼吸音の発生メカニズムや呼吸音の正しい分類と記録,病態との関連などについて呼吸音研究の最前線にいる演者から解説してもらい,呼吸音に関する知識を整理するとともに,呼吸ケアの現場での聴診の役割,聴診教育のあり方について考察する.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.