2021 年 30 巻 1 号 p. 53-58
COPDの呼吸困難をいかに軽減させるかは呼吸リハビリテーションにおいて重要な課題の一つである.呼吸困難とは動的・静的を含め呼吸運動に伴い生じる呼吸の不快感という感覚であり,予後を決定する因子といわれている.呼吸困難を認識するのは呼吸の負荷量そのものではなく,その時変化する呼吸中枢出力を認識するということである.この呼吸中枢出力の指標として気道閉塞圧(P0.1)がある.P0.1とは口腔内圧が陰圧に転じてから 100 ms後に得られる口腔内圧の値のことであり,呼吸中枢活動が活発になると高値を示す.
COPDを対象にリラクセーション肢位でのP0.1,そして安静・運動時での呼吸介助併用におけるP0.1測定,さらに2ヶ月間の吸気筋トレーニング前後でのP0.1測定を実施し,呼吸機能との関連について検討を行ったので報告する.
慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease; COPD)の呼吸困難をいかに軽減させるかは呼吸リハビリテーションにおいて重要な課題の一つである.呼吸リハビリテーションは,呼吸困難,運動耐容能,不安や抑うつを改善,健康関連QOL(Health Related Quality of Life; HRQOL)や健康状態を向上させ,入院を予防するエビデンスの確立された治療介入である1).COPDの呼吸困難の原因として,低酸素血症,高炭酸ガス血症,横隔膜の平低化,気道抵抗の増大,胸郭コンプライアンスの低下,呼吸パターンの悪化などがあげられ,呼吸困難への対処が求められる2).呼吸困難により基本動作が制限され日常生活活動(Activities of Daily Living: ADL)能力の低下そして全身状態の悪化が引き起こされ,その全身状態の低下がさらに呼吸困難を増強させるという悪循環が形成される.
呼吸困難とは動的・静的を含め呼吸運動に伴い生じる呼吸の不快感という感覚であり,不快な感覚の中でも最も苦痛で,予後を決定する因子といわれている.呼吸困難の感知のメカニズムとして,化学受容器,機械的受容器,長さ-張力不均等説,中枢-末梢ミスマッチ説,呼吸中枢出力と換気との不均衡,motor command theoryなど様々な要因が関係する3,4)(図1).
呼吸困難感の感知モデル(文献3より引用)
動脈血酸素分圧(PaO2)や動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)は中枢化学受容器や頚動脈小体を中心とした末梢化学受容器で受容される.PaO2やPaCO2の程度と呼吸困難は必ずしも一致せず,呼吸困難の感知においてこれらの影響は必ずしも絶対的ではない5,6).
2. 機械的受容器気道,肺,胸壁に呼吸困難に関わる機械的受容器は存在する.上気道にはcoldレセプターと呼ばれる受容器が存在し,冷気刺激は呼吸困難を減少させ,局所麻酔によるブロックでは増強する.気管や中枢気管支には咳嗽反射に関係があるイリタント受容器が存在し,この求心性情報は呼吸困難を悪化させる.肺にはヘーリング・ブロイエル反射(呼吸の神経性調節)に関与する受容器が存在し,この求心性情報は呼吸困難を減少すると考えられている.
3. 長さ-張力不均等説CampbellとHowellによる長さ-張力不均衡説7)は,吸気筋が発揮した力に見合った実換気量が得られないと呼吸困難が発生するという説であり,様々な理学療法場面の治療と関係がある.
4. 中枢-末梢ミスマッチ説呼気時に吸気筋へ振動刺激を与えると呼吸困難が増大し,逆に呼気筋を刺激すると呼吸困難が軽減するというものである.筋からの求心性情報と活動する筋が一致しないと呼吸困難が発生するという説で中枢-末梢ミスマッチ説8)といい,呼吸筋ストレッチ体操へ応用されており,呼吸筋ストレッチ体操による安静時・運動時の呼吸困難の軽減には,胸郭可動域の改善とFRCの減少が関連している9).
5. 呼吸中枢出力と換気との不均衡吸気努力に対して得られる実換気量が少ないと呼吸困難が感知されるという説で,O’DonnellがNeuromechanical dissociation(あるいはNeuroventilatory dissociation)として提唱した10,11).量的なミスマッチともいえ,運動時にもよく一致する.
6. motor command theory運動野からの呼吸中枢出力は呼吸筋のみでなく,その情報のコピーが大脳の運動野にも投影されることにより呼吸困難を知覚するという説でMotor command theory12)と呼ばれている.呼吸中枢出力が増加すれば呼吸困難が増悪するというもので,様々な理学療法場面におけるコンディショニングと関係があると言われており,現在もっとも支持されているメカニズムの一つである.
この呼吸困難と関係のある呼吸中枢出力の指標として気道閉塞圧(P0.1)13,14)がある.
P0.1測定はバルーン式シャッターが備わる吸気ポートと一方向弁で構成される専用の器具を対象者に装着する.操作を行わなければ吸気時は吸気ポートから外気が吸入され,呼気時は呼気ポートから呼気が排出される.呼気終末時(吸気開始直前)にシャッターで吸気ポートを閉塞すると,その後吸気が開始しても一方弁と吸気ポートのシャッターの作用により吸気ポートからも呼気ポートからも外気は流入ができないため口腔内圧は陰圧となる.口腔内圧が陰圧になってから 100 ms後の口腔内圧をP0.1値とする.値は絶対値で表すのが一般的である15).なおシャッターはすぐに解放されるため,閉塞によって換気は惹起されない.測定機器を示す(図2).P0.1の正常範囲は 1-2 cmH2Oであり15,16),呼吸中枢活動が活発になると高値を示すといわれている.またCOPD患者の場合,健常者に比べると明らかに高値を示し17,18),重症度が高ければその傾向は強くなる19).P0.1/PImaxは個人間の吸気筋力の違いでP0.1を正規化した指標として用いられている20).またP0.1,P0.1/PImaxは人工呼吸器からのウィーニングの予測指標として使用されており21),PImaxよりも予測に適すといわれている.このP0.1を用いた我々の研究を紹介する.
測定機器
P0.1を気道閉塞装置と差圧トランスデューサーを用いて測定した.気道閉塞装置に呼気ガス分析装置の熱線トランスデューサーとマスクを接続し,心拍数の測定にはモニター心電図を用いた.熱線トランスデューサー,圧トランスデューサー,心電計のアナログ信号はすべてAD変換器を介してパーソナルコンピューターに取り込んだ.
呼吸リハビリテーションは運動療法をプログラムのコアとし,コンディショニングとADLトレーニングを組み合わせて実施される1).コンディショニングは,リラクセーション,呼吸練習,胸郭可動域トレーニング,排痰法などから構成される.特に重症例や呼吸リハビリテーションの導入時において用いられており,コンディショングの必要性は高い.このリラクセーションに着目しリラクセーション肢位であるセミファーラー位,前傾坐位,比較対照として端坐位でCOPD 38名を対象にP0.1を用いリラクセーション肢位の有用性について検討を行った22). その結果,一回換気量(VT),酸素消費量(
次にこのリラクセーション肢位で呼吸介助を併用することによる効果,また重症度とリラクセーション肢位に関連が認められるか,COPD 29名を対象にP0.1を用い検討を行った23) .その結果リラクセーション肢位での呼吸介助において
次はこの呼吸介助を安静時ではなく運動時に併用することで効果が認められるか,24名のCOPDを対象に自転車エルゴメータを用い1分間に 10 Wのランプ負荷にてオールアウトまでP0.1を用い呼吸介助併用効果が認められるか検討を行った24).その結果P0.1,P0.1/PImax,ETCO2は呼吸介助併用により有意に減少し,運動中の呼吸介助は呼吸中枢に影響を与える可能性が示唆された(図3).
呼吸介助の有無によるP0.1,P0.1/PImax,ETCO2 の変化
呼吸筋トレーニングのエビデンスとして,2008年のGeddesらのメタアナリシス25)において最大吸気筋力,吸気筋持久力,漸増負荷圧,呼吸困難,運動耐容能,HRQOLで有意な改善が認められるが,臨床的な重要性については不明との報告がある.また2011年のGosselinkらのメタアナリシス26)では,最大吸気筋力,呼吸筋耐久力,漸増負荷圧,運動耐容能,Borg scale,呼吸困難(TDI),HRQOL(CRQ)の全ての項目で有意な改善がみとめられるが,有効なのはPImaxが 60 cmH2O以下の症例であり,負荷強度はPImaxの30%以上であることが報告されている.一方で呼吸筋トレーニング単独での効果は認められるが,運動トレーニングに呼吸筋トレーニングを併用することによる効果は疑わしいとの報告27)もある.また2018年のBeaumontの報告28)によれば,呼吸リハビリテーションと呼吸リハビリテーションに呼吸筋トレーニングの併用を行った群で差が認められたのはPImaxのみで,その他は差が認められないとの報告もあり,呼吸筋トレーニングに関して一定の見解が得られていない.そこでCOPDに対する呼吸筋トレーニング効果の有無について,また呼吸リハビリテーションとの併用効果について検討を行うこととした.Threshold型の吸気筋トレーニング機器であるPower breathe®を用い,PImaxの20%負荷から開始し50%まで増強させた.1日30回を2セット,2ヶ月間毎日呼吸筋トレーニングを呼吸リハビリテーションに併用した.COPD 14名に実施してもらいP0.1,超音波による横隔膜の評価を用い検討を行った29).その結果,2ヶ月間の呼吸筋トレーニングによりPImax,6分間歩行距離(6MWD)は有意に増加が認められた(図4).また横隔膜の移動距離(DD)に関しても,安静吸気・呼気,最大吸気時にトレーニング後で有意に増加が認められた.P0.1/PImaxは有意に減少が認められたが,P0.1には有意な差は認められなかった(図5).これは吸気筋のトレーニングが吸気筋のみならず6MWDへも影響を与えること,さらにDDもトレーニングにより改善することが認められた.またP0.1に有意差は認められず,呼吸筋トレーニングによる効果は中枢よりは末梢の因子の改善による可能性が示唆された.
呼吸筋トレーニング前後でのPImax,6MWD
呼吸筋トレーニング前後でのDD,P0.1,P0.1/PImax変化
呼吸リハビリテーションは呼吸困難,HRQOL,運動能力の改善には最も有効な治療介入である30,31).
また特に効果が顕著であるのは中等症から重症であるが,すべての重症度のCOPDに有効である32)といわれている.呼吸困難はCOPDにとって非常に重要な課題である.今まで我々はこの呼吸困難と関係のある呼吸中枢出力の指標であるP0.1を用い検討を行ってきた.その結果,リラクセーション肢位でのP0.1,そのリラクセーション肢位で呼吸介助併用におけるP0.1測定,2ヶ月の吸気筋トレーニング前後でのP0.1測定と安静時でのP0.1測定には有意差が認められず,運動中の呼吸介助併用におけるP0.1測定に有意差が認められた.これは呼吸リハビリテーションの介入により運動負荷時の呼吸中枢出力が低下する可能性が示唆され,P0.1測定によりCOPDの主訴である呼吸困難の改善が中枢によるものか末梢の因子によるものかを判断でき,呼吸困難のメカニズムの解明,呼吸リハビリテーションの効果判定の一助になると期待される.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.