呼吸困難は,がん・非がんに関わらず,緩和ケア対象患者において頻度の高い重要な症状である.国内外の各種診療ガイドラインにおいて,モルヒネをはじめとするオピオイドはがん患者・非がん患者の呼吸困難に対する症状緩和薬物療法の第一選択として推奨されている.しかしながら,これらのガイドライン推奨の根拠とされている臨床研究は試験デザイン上いくつかの懸念があり,堅牢なエビデンスとは言えない現状がある.またモルヒネ以外のオピオイドについては,臨床研究自体がかなり不足しており,モルヒネの代替薬となりうるのかに関する知見は不足している.また重要な課題として,背景疾患によるオピオイドの効果差に関しても十分な知見は積み上げられていない.このような背景から,呼吸困難に対するオピオイドに関する臨床研究を今後もより一層進めていき,臨床現場の道しるべとなるようなエビデンスを創出していくことが重要である.
呼吸困難は,進行がん患者の54~76%,慢性閉塞性肺疾患(COPD)では56~98%で合併する頻度の高い症状であり,患者およびその家族の苦しめる重要な症状である.呼吸困難の緩和には,各疾患の標準治療を行うことや呼吸困難の原因に対する治療を行うことが重要であるが,原疾患の治療を十分に行っても残存するrefractory dyspneaに対しては,対症療法としての症状緩和治療が重要な役割を担う.呼吸困難に対する症状緩和治療は大きく薬物療法と非薬物療法に分かれる.オピオイドは呼吸困難に対する薬物療法の中で,原疾患に関わらず中心的な役割に位置づけられている.
まず,呼吸困難に対するオピオイドの立ち位置を把握する意味で,国内外の各種ガイドラインに置けるオピオイドの扱いをレビューしたい(表1).
推奨内容 | |
---|---|
がん | |
日本緩和医療学会 | がん患者の呼吸困難に対して,モルヒネ全身投与を行うことを推奨(1B:強い推奨,中等度のエビデンス) |
米国臨床腫瘍学会 | 非薬物療法で呼吸困難が十分に緩和されない場合,オピオイド全身投与を行う(低いエビデンス,中等度の推奨) |
欧州臨床腫瘍学会 | 非薬物療法を行っても持続する重度の呼吸困難に対して,経口モルヒネ少量定期投与が第一選択である(II, B) |
COPD | |
日本呼吸器学会 | モルヒネは効果が確認されており,投与量を適切にコントロールすれば呼吸抑制の問題はほとんど発生しない. |
NICE | 他の治療に反応しない終末期COPD患者において,適切であれば,呼吸困難の緩和のためにオピオイドを使用する. |
カナダ胸部学会 | 進行COPD患者の原疾患治療で制御できない呼吸困難に対して経口オピオイドを推奨する.(推奨グレード 2C) |
心不全 | |
日本循環器学会/ 日本心不全学会 | 治療抵抗性の呼吸困難に対しては,少量モルヒネなどオピオイドの有効性ならびに安全性が報告されている. |
欧州循環器学会 | 呼吸困難の緩和のためにオピオイドは慎重に使用してもよい(クラス:IIb,レベルB) |
欧州緩和ケア学会 | 経口少量モルヒネは呼吸困難や生活機能への影響を軽減するかもしれない. |
がん患者の呼吸困難に対しては,日本緩和医療学会1)をはじめとして,アメリカ臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology: ASCO)2),ヨーロッパ臨床腫瘍学会(European Society of Medical Oncology: ESMO)3)いずれのガイドラインに置いても,モルヒネを中心としたオピオイドの全身投与が薬物療法の第一選択として提示されている.代表的な非がん呼吸器疾患であるCOPD患者の呼吸困難に関しては,カナダ胸部学会(Canadian Thoracic Society)のCOPD患者の呼吸困難に関するガイドライン4)において推奨度の提示も含めて経口オピオイド投与が推奨されている.また,日本呼吸器学会5)および英国NICE(National Institute for Health and Care Excellence)6)のCOPD診療に関するガイドラインでは,推奨度の提示はないが,呼吸困難の症状緩和のための(モルヒネをはじめとした)オピオイド投与に関する記載がある.もう一つの呼吸困難を合併する代表的な疾患である心不全患者に関しては,ヨーロッパ心臓学会(European Society of Cardiology: ESC)の心不全診療ガイドラインに置いて「呼吸困難の緩和のためにオピオイドを慎重に使用してもよい」と推奨度の提示も含めて記載されている7).また,日本循環器病学会/日本心不全学会合同の心不全診療ガイドライン8)やヨーロッパ緩和ケア学会(European Association for Palliative Care: EAPC)の「心不全患者に対する緩和ケアに関するポジションステートメント」9)においても少量モルヒネが呼吸困難の軽減につながる可能性が記載されている.このように,がん・非がんの違いに関わらず,慢性進行性疾患患者の呼吸困難に対する症状緩和のための薬物療法の第一選択として,モルヒネをはじめとしたオピオイドの全身投与が推奨あるいは提案されている.
それでは,そのような推奨/提案の根拠となっているエビデンスはどのようなものなのかを明らかにしたい.
まず,呼吸困難に対するモルヒネ投与が最も一般的と考えられるがん患者のエビデンスを見ていきたい.がん患者に対するモルヒネの効果に関しては1990年代に行われた2件の無作為化比較試験がある10,11).いずれの研究も単回のモルヒネ皮下注射の効果を検討したものであり,少数例(10例以下)のクロスオーバーデザインであった.結果は,モルヒネはプラセボと比較して,投与早期(60分以内)の呼吸困難強度を有意に改善させた.また,重症COPD患者に関しては,これまで呼吸困難に対するモルヒネ(をはじめとしたオピオイド)の効果に関する臨床研究が最も多く行われて来た.それらの研究のメタ解析において,モルヒネ(をはじめとするオピオイド)はプラセボと比較して有意に効果があることが示されている12).このように,これまで報告されている研究の結果としては,がんおよび代表的な非がん呼吸器疾患であるCOPD患者の呼吸困難に対するモルヒネの有効性を支持するものとなっている.
しかしながら,既存の研究は,全般的に症例数が少ない小規模,クロスオーバーデザイン,(定期投与ではなく)単回投与の短期効果の検討,などデザインの観点から研究の質に問題点が指摘されていた.そのような懸念から,オーストラリアの研究グループが呼吸困難に対するモルヒネ定期投与の効果を検証するためのプラセボ対照のパラレルグループ無作為化比較試験を行った13).この研究は,原疾患は問わず原疾患治療を行っても残存する慢性呼吸困難を合併した患者を対象としたもので,モルヒネ徐放性製剤とプラセボを定期投与し1週間後の呼吸困難を評価したが,両群で有意差は認めなかった.この研究は,適格基準などデザイン上いくつかの問題が指摘できるが,これまでで最も登録症例数が多い研究であることは事実であり,そのような大規模研究においてモルヒネの効果が確認できなかったことから,呼吸困難に対する薬物療法の第一選択とされるモルヒネでさえも現時点では効果に関するエビデンスが十分には定まっていないということを改めて明らかにする結果となった.
それでは,モルヒネ以外のオピオイドに関する効果はどうだろうか?腎機能障害合併時や既にモルヒネ以外のオピオイドを定期投与中など,実臨床の現場では呼吸困難に対してモルヒネ以外のオピオイドの使用が選択される状況がある14).特に本邦では,モルヒネの代替としてオキシコドンが呼吸困難に対して使用されることが多いが,呼吸困難への効果を検討した比較試験が報告されていなかった.そのような現状から,我々のグループはがん患者の呼吸困難に対するオキシコドンのモルヒネに対する非劣性を証明することを目的とした単回投与のパラレルグループ非盲検化無作為化比較試験を行った15).この試験は症例集積が進まず17例の登録時点で早期終了となった(目標症例数100例)が,登録症例の解析では数値上オキシコドンもモルヒネと同様に投与60分後・120分後の呼吸困難改善が見られ,オキシコドンもがん患者の呼吸困難に効果が期待できる可能性が示唆された.しかし,オキシコドンの呼吸困難への効果のエビデンスを確実にするためには,十分な症例数を確保した研究を完了させて結果を検証する必要がある.もう一つ本邦で呼吸困難に対してモルヒネの代替として使用される機会があるヒドロモルフォンに関しては,ヒドロモルフォンの皮下注・吸入・生食吸収の3群をクロスオバーした単回投与の無作為化比較試験が報告されている16).この試験は労作時呼吸困難を対象としたもので,結果は3群とも投与60分後に呼吸困難強度は低下したが,群間差は認めなかった.この研究は投与量の設定や呼吸困難を起こす労作の定式化などが行われていないなど,デザイン上の問題点が多い.したがって,ヒドロモルフォンの呼吸困難への効果を検証するためには,さらなる研究が必要である.一方,本邦では呼吸困難に使用される頻度は多くないが,もう一つの代表的なオピオイドであるフェンタニルに関しては,外来患者の労作時呼吸困難の予防効果に関する研究が複数報告されている.6分間歩行の前に予防的にフェンタニルを各種投与経路(皮下注,経粘膜スティック,バッカル錠,経鼻スプレー)で投与しプラセボ群と比較している17,18,19,20).これらの試験で経粘膜スティック製剤以外の試験は群間比較を目的としておらず,試験の実施可能性を検証したfeasibility studyであることが注意すべき点として挙げられる.結果は,バッカル錠では呼吸困難強度が“数値的に”プラセボと比較して良好であったが,他の投与経路では差が見られなかった.このように,フェンタニルの呼吸困難に対する効果は,研究結果が一致していないこと,比較的状態が良い患者の労作前の予防投与の効果のみの検討であること,などいくつかのlimitationがあり,評価が定まっていないのが現状である.
このように,呼吸困難に対するオピオイドは,国内外の各種ガイドラインで推奨・提案されているにもかかわらず,その根拠となるエビデンスはまだまだ不足しているのが現状である.背景疾患の違いによる効果の差があるか?オピオイドの種類による効果の差があるか?ということの検証はもとより,オピオイドが有効であることの予測因子やオピオイドの有害事象発生の予測因子の探索などを行い,呼吸困難に対するオピオイドのより適切な使用法の教示を得ていくことが重要であると考える.そのために,この分野で比較試験およびリアルワールドデータの大規模レジストリ研究を進めていくことが必要である.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.