【目的】本研究は,椅子座位と便器座位の姿勢の違いおよびその身体的負担を検証し,便器座位姿勢の特徴を明らかにすることを目的とした.
【対象と方法】健常若年成人男性19名を対象とし,椅子座位と便器座位の2つの姿勢において3次元動作解析装置を用いた姿勢計測(脊柱角度,体幹角度,骨盤角度,大腿角度,臀部の高さ)と胸壁計測(胸部・腹部における呼吸変化量),床反力計を用いた臀部荷重率,表面筋電計を用いた体幹筋活動量(腹直筋・腰部脊柱起立筋)を計測し比較した.
【結果】上部脊柱角度,体幹角度,臀部荷重率,上部胸郭の胸壁体積変化量において便器座位が椅子座位に比べて有意に高値を示した.また,骨盤角度,大腿角度,臀部の高さにおいて便器座位が椅子座位に比べて有意に低値を示した.
【結語】便器座位は,姿勢を脊柱後弯位に変え,呼吸努力を増加させるため身体的負担が大きい姿勢であることが示唆された.
高齢者は,加齢に伴う運動量や食事摂取量の減少などから便秘を呈しやすく1),老人ホーム居住者では55%が便秘を呈しているという報告もある2).また,慢性閉塞性肺疾患患者においても40%が便秘と腹部膨満症状を呈しているという報告もされている3).そのため,多くの高齢者や呼吸器疾患患者は排便時に便秘による長時間の座位保持を必要とし,その身体的負担が大きい状況にある4,5,6).
先進国の多くで主流として排泄に使用されている着座式便器(洋式便器)での座位保持は一見,椅子の座位保持と同様姿勢であり,安楽なもののようにみえるが,洋式便器の形状を考えると便座穴があるという点で通常の椅子と大きく異なる.着座式便器座位(以下,便器座位)は座位時に座圧の中心となる座骨結節が便座穴内に位置するため,沈み込みが起きることが想定できる7).また,近年,立ち上がり易さを考慮して高座面設計の便器が主流となってきているが,高座面便器は下肢の足底設置面が減少するため便座に沈みこみ,姿勢の制御が失われ,高緊張姿勢になるとともに転倒の危険性がある8,9).特に,高齢者や呼吸器疾患患者の中には臀部の筋肉がやせ落ちている方も多いため,臀部が便器に落ちやすい状況にあることが伺える.
しかしながら,便器座位に関する先行研究は主に排出力に焦点をおいたものが多く8,10,11),便器座位保持の臀部の沈み込みによる姿勢や身体的負担について検討はされてきていない.そのため,本研究では椅子座位と便器座位の姿勢の違いおよびその身体的負担(臀部荷重,体幹筋活動,呼吸運動)を検証し,便器座位姿勢の特徴を明らかにすることを目的とした.これにより高齢者や呼吸器疾患患者の排泄姿勢・環境を安楽なものへ整える研究の一助となることが期待できる.
対象は,健常若年成人男性19名(年齢21.26±0.56歳,身長172.43±4.17 cm,体重65.44±9.05 kg,BMI 22.03±3.09:平均±標準偏差)とし,重篤な呼吸器疾患や排便姿勢に影響を及ぼすような運動器疾患があるものは対象から除外した.なお,本研究は神戸学院大学倫理審査委員会の承認後,対象者に説明と同意を得てから実施した.
方法は,椅子座位と便器座位の姿勢および身体的負担を比較検討した.椅子座位は座高40 cmの腰掛け(エクササイズボックス,SAKAImed社製)を使用し,便器座位は座高40 cm,便座穴28.8 cm×20 cmのポータブルトイレ(座楽,Panasonic社製)を使用した.それぞれの姿勢は上肢を大腿部の上に置き,下肢を肩幅に開き足底設置させ,上下肢の設置位置のみ制限を与えた.
測定項目は3次元動作解析装置(MAC3D,Motion Analysis社製)を用いた姿勢計測(脊柱角度,体幹角度,骨盤角度,大腿角度,臀部の高さ),胸壁計測(胸部・腹部における呼吸変化量),床反力計を用いた臀部荷重率,表面筋電計を用いた体幹筋活動量(腹直筋・腰部脊柱起立筋)とした.
測定方法は,図1に示すように,3次元座標の測定のため直径 9 mmの球形の反射マーカー101個を対象者の体表面に貼付した.その内,姿勢計測は肩峰2個,脊柱7個,上前腸骨棘(Anterior Superior Iliac Spine: ASIS)2個,上後腸骨棘(Posterior Superior Iliac Spine: PSIS)2個,大転子(Greater Trochanter: GT)2個,外側上顆(Lateral Epicondyle: LE)2個の計17個とし,胸壁計測は胸壁前面と後面,各42個の合計84個とした.胸壁計測はランドマークを胸骨頸切痕(Jugular Notch: JN),第3肋骨(3rd Rib: 3R),胸骨剣状突起(Xiphoid Process: XP),第8肋骨(8th Rib: 8R),第10肋骨(10th Rib: 10R),臍(Umbilicus: UB)とした.JN,XP,UBは身体腹側,3Rは傍胸骨部,8R,10Rは側腹中央における部位にて触知した.それぞれのランドマークおよびその水平線上で,身体正中線を基準に外側に向かって内側列(Inside Row: IR),中央列(Central Row: CR),外側列(Outside Row: OR)の左右3列にマーカーを貼付した.各マーカー間の距離は両肩峰端を結ぶ距離の15%とした.背側も同様に腹側に対して表裏をなす位置にマーカーを貼付した.尚,正確に垂直・水平線上にマーカーを貼付できるよう赤色レーザー投影器を使用した.
反射マーカー・表面筋電計の貼付位置
姿勢計測の脊柱マーカーについては背部正中のマーカーの上下を挟む位置に添付し,最上マーカーを第7頸椎棘突起(C7),最下マーカーを第4腰椎棘突起(L4)とした.尚,赤外線カメラは前方7台,側方4台,後方5台の計16台を設置し測定した.反射マーカーの3次元座標データはサンプリング周波数120 Hzで解析ソフトに取り込み経時的な座標データを算出した.
座標の測定時には各姿勢安静呼吸3回,深呼吸3回を実施し,それぞれの平均値を採用した.また,床反力計,筋電センサーは3次元解析装置と同期させ,同時計測を行った.身体の座標値は左右方向をX軸,腹背側方向(前後方向)をY軸,体幹の長軸方向(上下方向)をZ軸となるように設定し,平均マーカー座標距離から体積・角度を求め,胸壁運動・座位姿勢を算出した.
姿勢計測においては図2で示すようにZ軸を基準(0°)として各ランドマーク背部の上下マーカーを結ぶ直線とのなす角度を脊柱角度,C7とL4を結ぶ直線とのなす角度を体幹角度とした.また,Y軸を基準(0°)として,ASISとPSISを結ぶ直線とのなす角度を骨盤角度,GTとLEを結ぶ直線とのなす角度を大腿角度とした.尚,すべての角度においてプラス角度は基準軸より前方傾斜,マイナス角度は基準軸より後方傾斜を意味するものとした.臀部の高さについてはGTと床との距離とした.
姿勢計測の座標軸と角度方向
臀部荷重率においては,床反力計を用いて前方プレートに足底,後方プレートにポータブルトイレまたは腰掛けを設置し,各器具の重量を差し引いた臀部荷重量と足底荷重量の身体重量の割合を算出した.体幹筋活動量においては,図1のように左右の腹直筋,腰部脊柱起立筋に表面筋電センサーを貼付し,平均振幅値を算出した.
胸壁計測において呼吸変化量は,安静呼気位から安静吸気位までの体積変化量を一回換気量(ml),安静呼気位から最大吸気位までの体積変化量を吸気量(ml),安静呼気位から最大呼気位までの体積変化量(ml)を呼気量とし,上部胸郭・下部胸郭・上腹部に分け算出した.胸壁の体積計算方法は3次元座標より胸壁計測マーカー座標を六面体30個区分に分け,各区分を四面体4つに分解し体積を計算した.尚,胸壁計測および姿勢計測方法に関してはShoboら12),仲保ら13)の方法を参考に実施した.
2つの座位の測定順序はブロックランダム化を用いて,各測定の前は3分以上の十分な休息を入れ,後半の測定に影響がでないよう配慮した.統計学的処理にはSPSS(Windows版ver 26.0)を用いた.すべての評価項目に対してShapiro-Wilk検定で正規性を確認後,Wilcoxonの符号順位検定を用いて比較した.有意水準は5%とした.
2条件間の姿勢の比較の結果を表1に示す.表中の値は,19名の被験者の中央値(四分位範囲)である.脊柱角度(JN,3R,XP,8R,10R),体幹角度において便器座位が椅子座位に比べて有意に高値を示し,上部体幹の前傾が大きくなった(p<0.01,10Rのみp<0.05).また,骨盤角度,大腿角度,臀部の高さにおいて便器座位が椅子座位に比べて有意に低値を示し,骨盤の後傾が増大,大腿角度が水平に近づき,臀部の高さが低下した(p<0.01).その他の項目においては有意な差は認めなかった.表2に示す臀部荷重率においては便器座位が椅子座位に比べて有意に高値を示し(p<0.01),体幹筋活動量においては腹直筋・腰部脊柱起立筋ともに有意な差は認めなかった.表3に示す胸壁運動による呼吸変化量では上部胸郭の一回換気量において便器座位が椅子座位に比べて有意に高値を示した(p<0.05).その他の項目においては有意な差は認めなかった.
椅子座位 | 便器座位 | ||
---|---|---|---|
脊柱角度(°) | JN | 22.56 (19.45-24.99) | 25.76** (21.02-29.1) |
3R | 8.19 (1.16-16.28) | 16.27** (10.66-19.76) | |
XP | -0.29( (-6.9)-6.87) | 5.80** (1.32-11.9) | |
8R | -3.56 ((-8.95)-1.17) | 3.75** ((-0.53)-6.57) | |
10R | 0.32 ((-4.33)-4.58) | 2.59* ((-0.69)-7.04) | |
UB | 1.34 (0.08-5.33) | 1.38 ((-2.75)-3.79) | |
体幹角度(°) | 5.46 (9.85-3.76) | 14.22** (17.05-12.8) | |
骨盤角度(°) | -23.68 ((-19.46)-(-30.34)) | -27.55** ((-24.69)-(-38.32)) | |
大腿角度(°) | 14.24 (12.93-17.31) | 8.96** (6.68-11.18) | |
臀部の高さ(mm) | 515.20 (505.14-530.95) | 486.75** (476.43-504.46) |
中央値(四分位範囲)
Wilcoxonの符号順位検定
**:p<0.01,*:p<0.05
椅子座位 | 便器座位 | ||
---|---|---|---|
臀部荷重率(%) | 77.33 (75.80-78.40) | 81.60** (81.00-84.11) | |
体幹筋活動量 | 腹直筋 | 47.67 (37.16-57.16) | 46.86 (37.53-65.71) |
脊柱起立筋 | 61.95 (36.30-95.47) | 59.71 (39.75-95.47) |
中央値(四分位範囲)
Wilcoxonの符号順位検定
**:p<0.01
椅子座位 | 便器座位 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
上部胸郭 | 下部胸郭 | 上腹部 | 上部胸郭 | 下部胸郭 | 上腹部 | |
一回換気量(ml) | 294 (211-422) | 319 (232-436) | 122 (93-209) | 344* (216-469) | 329 (268-447) | 138 (106-215) |
吸気量(ml) | 863 (751-1124) | 1227 (964-1407) | 254 (66-330) | 839 (797-1055) | 1192 (977-1334) | 267 (208-310) |
呼気量(ml) | 319 (179-410) | 411 (360-533) | 376 (252-572) | 263 (129-423) | 418 (227-642) | 361 (194-543) |
上部胸郭:JN-XP 下部胸郭:XP-10R 上腹部:10R-UB
中央値(四分位範囲)
Wilcoxonの符号順位検定
*:p<0.05
本研究では椅子座位と便器座位の姿勢の違いおよびその身体的負担を検証し,便器座位姿勢の特徴を明らかにすることを目的とした.姿勢に関して,便器座位の臀部の沈み込みは臀部の高さの比較により,便座穴へ約3 cm起きることが明らかとなった.また,それに伴い便器座位は大腿前方傾斜の減少,骨盤後傾位,上部脊柱前傾位,体幹前傾位となっていた.骨盤後傾位は座圧の中心となる座骨結節が便座穴に沈みこむことにより臀部荷重が増加し,身体重心が後方にずれることが原因として考えられる7).臀部荷重率が便器座位で有意に高値であったことからも重心が後方へ変位したことが言える.また,臀部荷重率の結果については同時に下肢への荷重低下も意味しており,臀部圧痛の上昇や支持性の低下による転倒のリスクが懸念される.さらに,骨盤が後傾位になることで下部体幹も後方傾斜するが,その代償として上部脊柱前傾位,体幹前傾位である脊柱後弯位を形成したことが考えられる.この脊柱後弯位は,体幹筋活動の低下14)やそれに伴う脊柱への負荷15)が報告されている.しかし,本研究では姿勢間の体幹筋活動量に有意な差は認めなかった.本来,座位保持は脊柱を重力方向に直立し体幹筋を活性化させた姿勢が望ましい脊柱アライメントと言われている4,14).本研究の座位姿勢の設定においては,日常の座位に近づけるため体幹の姿勢設定は行わず,上下肢の設置位置のみ設定した.そのため,椅子座位の計測では体幹姿勢に制限がないことに加え,短時間計測であったため,臀部の沈み込みの有無に関わらず体幹筋を活性化させない軽度脊柱後弯姿勢であったことが考えられる.
また,呼吸運動に関しては,姿勢に強く関連があり,脊椎のアライメントを調整すると,胸郭の拡張性が変化することや横隔膜や他の呼吸筋の収縮の効果に影響を及ぼすことが知られている16).本研究の便器座位は上述のとおり脊柱後弯位の姿勢といえる.脊柱後弯位は肋骨と骨盤が近づくことにより腹部の内容物が圧迫され,それにより腹腔内圧が上昇し,吸気中に横隔膜が尾側に下降する能力が制限される16,17).このことから腹部のコンプライアンスが低下し,胸部の拡張への依存度が高まることが知られている17).そのため,便器座位は上部胸郭有意に一回換気量が高値であったことが推察される.
一方で類似する先行研究においては,直立座位と比較し,脊柱後傾座位は一回換気量を減少させ,最大呼気流量を減少させると報告されている16,18).これらの先行研究との結果の違いは上述同様,姿勢制限がないことによる呼吸補助筋の利用が考えられえる.通常,脊柱後弯位をとると下部胸郭の可動制限を代償して呼吸補助筋の収縮を行い,肋骨の挙上を促すことにより胸郭を拡張することが知られている18,19).本研究においても便器座位は臀部の沈み込みによる骨盤および下部胸郭の制限を代償するため呼吸補助筋が使用されたことが考えられる.一方,これは同時に呼吸仕事量を高めている可能性がある.Albarratiら20)は,長時間の脊柱後弯位になると,呼吸障害を引き起こしたり,心臓や横隔神経などの周囲の構造に影響を与えたりすることがあると述べている.このことからも呼吸に不利な状況で呼吸努力を続けることは身体的負担が大きいことが考えられる.
以上のことから便器座位は臀部の沈み込みにより姿勢を脊柱後弯位に変え,呼吸努力を増加させることが示された.また,臀部荷重が増加することから臀部圧痛や転倒が危惧される姿勢であることが確認できた.そのため,便器座位保持は排便時のいきみ動作は勿論のこと,便器に座る行為そのものが身体的負担であることが示唆された.本研究の課題としては,便座穴の大きさや便器の高さなどの環境の違いに加え,体格や呼吸機能など個人差によって身体的負担が大きく変動することが挙げられる.特に,高齢者や呼吸器疾患患者においては加齢の様相や疾患の重症度に伴い,その個人差は更に大きくなることが予想される.そのため,高齢者や呼吸器疾患患者の便器座位を安楽なものへ整えるためには個人の身体状況や便器座位時の身体的負担要因の把握した上で,個別の環境設定や動作指導が必要である.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.