日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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シンポジウム
COPD急性増悪時のHFNCの役割
門脇 徹
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2022 年 30 巻 3 号 p. 260-263

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要旨

COPD急性増悪によるII型呼吸不全に対する呼吸管理はNPPVが第一選択であり,ゴールドスタンダードである.一方,現時点ではエビデンスは不十分ながらも高流量鼻カニュラ酸素療法(High flow nasal cannula, HFNC)はその特長からCOPD増悪によるII型呼吸不全に対しても有利に働くことが予測され,実際に使用頻度が増加している.実臨床からの経験上は軽症の呼吸性アシドーシスでは非常に有用な呼吸管理法と考えられるが,NPPVとの棲み分けやHFNCを行わない基準等について今後エビデンスを蓄積していく必要がある.

緒言

COPD急性増悪によるII型呼吸不全に対する呼吸管理は非侵襲的陽圧換気療法(Non-invasive positive pressure ventilation, NPPV)が第一選択であり,ゴールドスタンダード1である.一方,近年急性I型呼吸不全の呼吸管理において高流量鼻カニュラ酸素療法(High flow nasal cannula, HFNC)が爆発的に普及している.現時点ではエビデンスは不十分ながらもHFNCはその作用メカニズムからII型呼吸不全に対しても期待値の高い呼吸管理法である.これまでのケースレポートや臨床研究の結果から,COPD急性増悪においてもNPPVではなくHFNCで対応可能な一定の患者群がいることが示唆されている2,3,4,5,6

医療者にとってもNPPVよりHNFCの方が開始の閾値が低く,管理が“楽”と感じる治療法である.実際にCOPD急性増悪症例においてはNPPVスタンバイの状態でHFNCを開始することも増えてきており,軽症の呼吸性アシドーシスを呈するケースではHFNCのみで管理できることも経験する.また高齢患者や認知症を合併しているケースではNPPVよりHNFCを好むケースも多い.このように臨床現場での経験値が上昇している一方で明確な開始基準やNPPVとの“棲み分け”についての一定の見解がないため,下記のような様々なclinical questionが生じている.

1.COPD急性増悪患者においては全例HFNCを使用すべきか?

2.どの程度の呼吸性アシドーシス(PaCO2上昇)までHFNCが許容されるか?

3.HFNCで治療を開始した場合NPPVへの切り替えはいつ行うべきか?

4.DNI order(Do not intubate order;挿管しない事前指示)やNPPV不耐症例の対応をどうするか?

本講演では実際の症例や現時点でのエビデンスを元にこれらのclinical questionに対する暫定的な回答を示していきたい.

HFNCとNPPV:「どこからどこまで問題」

HFNCは下記のような特長を持つ経鼻的酸素療法のひとつである7,8

①正確なFiO2を供給(酸素療法より優位)

②PEEP効果(CPAP的)

③「CO2洗い出し」効果(メカニズムは異なるがCO2を下げるという点でBilevel Positive Airway Pressure(Bilevel PAP)的)

④高い加温・加湿効果(NPPVより優位)

⑤鼻カニュラを使用(NPPVより快適)

HFNCの出現前はCOPD増悪の呼吸管理は非常にクリアカットでわかりやすいものであった.重症度により治療がstep up,即ち「酸素療法→NPPV→挿管下侵襲的人工呼吸」するというシンプルな流れである.

HFNCが登場後当初の位置付けは酸素療法以上NPPV未満と考えられていたため,「酸素療法→HFNC→NPPV→挿管下侵襲的人工呼吸」というstep upを想定していた.しかしながら軽症の呼吸性アシドーシスであればCOPD増悪の治療開始から終了までHFNCで賄えるケースやNPPV不耐2・DNI症例に奏功するケースなどもみられるようになってきたため,治療開始をHFNCとするかNPPVとするか迷うことも多くなってきた.HFNCが上記①~⑤の特長を持ち,COPD増悪の病態に有利に働くがために,どこからどこまでHFNCを使用すればいいのか?どこからどこまでNPPVを使用すればいいのか?というHFNCとNPPVの棲み分け問題が発生したのである.

HFNCはCOPD増悪のどこにハマるのか?

症例を通じてCOPD増悪病態におけるHFNCの作用ポイントを考えてみたい.

症例提示9:78才男性.最重症COPDと診断され,HOT導入されていた(DNI orderあり).夕方に呼吸困難が出現していたが外来受診せず自宅で様子を見ていた.症状改善しないため夜間になり救急搬送された.救急外来到着時ではO2 3 L/分吸入下でSpO2 83%,意識レベルはJCS I群であった.胸部CTで気管から右主気管支にかけて大量の痰貯留が認められた.その際のABG(動脈血ガス分析)はO2 5 L/分吸入下で pH 7.172, PaCO2 99.7 Torr, PaO2 67.4 Torr, HCO3 35.0 mmol/L, BE 2.4 mmol/Lであった.

速やかに緊急入院したが,大量の気道分泌物のコントロールが困難であったこと,巨大ブラを合併していたことからNPPVはこの時点では装着困難と判断された.気管支鏡による吸痰や看護師による吸痰を繰り返すことで呼吸困難は徐々に改善し翌朝(入院9時間後)のABG所見は下記のように改善した.しかしながらやはり去痰困難かつCO2貯留を認めることからNPPVスタンバイ状態でHFNCを開始した.HFNC開始1時間後のABG(下記)ではPaCO2の改善傾向が認められ,排痰も容易となり忍容性が良好なことからHFNCを継続した.その後もPaCO2は著明に改善傾向を示し,7日間の装着で離脱できた.

(ABG O2 3 L/min 鼻cannula:入院9時間後)

pH 7.25, PaCO2 87.1 Torr, PaO2 76.0 Torr, HCO3 36.7 mmol/L, BE 2.4 mmol/L

(ABG HFNC Flow 40 L/FiO2 40%で1時間後)

pH 7.27, PaCO2 78.8 Torr, PaO2 69.0 Torr, HCO3 35.2 mmol/L, BE 5.3 mmol/L

図1にCOPD急性増悪の病態を示す1.主に気道感染をtriggerとして気管支攣縮・気道分泌増加が起こりAir trappingから内因性PEEP増加(A),これが呼吸困難感・呼吸努力増をもたらし,最終的には呼吸筋不全をもたらし換気量が低下(B)して高CO2血症をきたす.COPD急性増悪時に使用するNPPVは主にBilevel PAPであり,Expiratory positive airway pressure(EPAP)は(A)に作用し,Inspiratory positive airway pressure(IPAP),実際にはIPAPとEPAPの差によりもたらされるPressure support(PS)は呼吸筋不全により換気量低下(B)している状態に作用して換気量改善をもたらすことがわかっている.HFNCはこの増悪病態の様々なポイントに効果的に作用する.先述の特長④は気道分泌増加(C)に対して,②は(B)に,③の「CO2洗い出し」効果は死腔を「洗い出す」ことで有効換気率を向上させ,PaCO2を低下させると考えられている8,10.このようにHFNCはCOPD増悪において複数のポイントに効果的に作用し,提示症例のように改善することが多い.しかしながら現行ガイドライン11ではHFNCは高CO2血症がない状況下での使用が推奨されており,またNPPVとの棲み分け問題についても明確なエビデンスがないのが現状である.

図1

COPD急性増悪の病態とNPPV/HFNCの作用点1

COPD急性増悪患者においては全例HFNCを使用すべきか?

このように「どこからどこまで問題」は解決していないものの先述の①~⑤の特長からHFNCはCOPD急性増悪においてかなり有利に働きそうである.となると呼吸管理が必要となった場合にHFNCを全ての症例において使用すべきかどうか?というclinical questionが生じる.

しかしながら下記のような問題がある.

・在宅NPPV施行中患者におけるCOPD急性増悪にHFNCで対処して良いか?

・pH<7.25の重症呼吸性アシドーシスに使用して良いか?

・短期間の使用ではコストの問題が発生する. など

NPPVより導入が容易であり,有望な治療であるHFNCだが,これらの問題をクリアするために“HFNCを行わない基準”も策定していく必要がある.

どの程度の呼吸性アシドーシスにおいてHFNCが許容されるか?

本講演時点でのCOPD急性増悪におけるHFNCの効果を検証した研究のまとめを表1に示す.4つの報告のうち1つは導入時のpH≦7.38(実際にはmean 7.339±0.041)3だが,残りの3つは7.25<pH<7.35の呼吸性アシドーシスを対象としている4,5,6.いずれの報告においてもHFNCは速やかなpHの上昇とPaCO2の低下を示した3,4,5,6.4つの報告のうち2つはNPPVとの比較研究であった5,6.Leeらの報告では挿管率・30日死亡率5,Sunらの報告ではICU・入院日数,28日死亡率6が2群間で有意差を認めなかった.まとまった報告は少ないが,この範囲のpHであればHFNCは比較的安全に使用できるものと考えられる.しかしながらあくまでNPPVがゴールドスタンダードである現時点ではCOPD増悪による呼吸性アシドーシス(7.25<pH<7.35)に対するHFNC開始はNPPVスタンバイ状態を条件としたい.

表1 COPD急性増悪におけるHFNCの効果を検証した研究のまとめ
Year2018201920182019
AuthorBräunlich3Yuste4Lee5Sun6
N①38 ②17
(NPPV not tolerated)
HFNC:35
(NPPV:40 IMV:20)
88
(44 each group)
HFNC: 39
NPPV 43
MethodsHFNC onlyHFNC/NPPV/IMVHFNC vs NPPVHFNC vs NPPV
pH range①pH≦7.38
②pH<7.35
7.25-7.35PaCO2>45 Torr
7.25<pH<7.35
PaCO2>50 Torr
7.25<pH<7.35

Main

results

PaCO2
①-9.1±8.8 Torr
②-14.2±10.6 Torr
pH:7.28→7.37
PvCO2:72.3→58.0

failure 4
(NPPV:1 IMV:3)
pH/PaCO2(6 h/24 h)
Intubation rate
30 days mortality
no significant difference
between 2 groups
PaCO2(24 h)
ICU/Hospital stay
28-day mortality
no significant difference
between 2 groups
HFNC
Flow
NA
(Greatest tolerability)
50 L/min45-60 L/min40-50 L/min

またHFNCが効果的であったとする文献のうち記載のあった3つの報告4,5,6では投与した流量はいずれも 45-60 Lであることを付記しておく.

HFNCで治療を開始した場合NPPVへの切り替えはいつ行うべきか?

前項の「どの程度の呼吸性アシドーシスにおいてHFNCが許容されるか?」では導入時のpHに着目した.本項で考えるHFNCからNPPVへの切り替えのタイミングは実臨床ではかなり重要なポイントである.実際にはHFNCで開始した場合,NPPV導入と同様1に30-60分後に動脈血液ガス分析を行い評価する.もちろんこの際には呼吸回数や呼吸パターンの評価も合わせて必要であり,改善していれば続行しさらに数時間後,1日後・・・と評価を続けていく.悪化すればNPPVへの治療のstep upが必要となる.前述したHFNCの安全域と考えられる7.25<pH<7.35はひとつの目安となるが他の切り替えの基準をどう考えるとよいであろうか?Yusteらの研究では下記のような除外基準ならびに中止基準(NPPVもしくは侵襲的人工呼吸への移行基準)を設けた4

(除外基準)

 ・pH≦7.25

 ・GCS(Glasgow coma scale)≦12点

 ・呼吸器を含む2つ以上の多臓器不全

 ・ショック状態

(中止基準)

A.状態改善(FiO2 0.4/Flow 25 L/min以下でSpO2≧88%の安定した酸素化)

B.下記よる状態の悪化を認める場合

 ・HFNCに不耐

 ・持続性もしくは増悪する呼吸困難

 ・持続性の奇異性呼吸

 ・呼吸数≧35/min

 ・収縮期血圧<90 mmHg

 ・SpO2<88%

 ・PvCO2>10 mmHgの増加 and/or pH>0.08 の減少

C.患者からの中止の申し出

この除外基準や中止基準はかなり的を得たものであり参考となる.状態の改善を伴わないHFNCに対する不耐や中止希望,HFNC開始後に増悪する呼吸性アシドーシス・呼吸状態の悪化がNPPVへの切り替えを行うべきタイミングと考えられる.

DNI orderやNPPV不耐症例の対応をどうするか?

呼吸不全を呈したDNI orderの患者に対するHFNCの臨床的効果の報告がある12.この研究では COPD患者が12名(33.3%)含まれており,HFNC前後で呼吸回数やSpO2が改善するなど概ね良好の結果であった.この報告では呼吸性アシドーシスに関する除外基準として「PaCO2≧65 Torr, pH<7.28は除く」としており,7.25<pH<7.35より厳しい条件となっている.DNI orderのCOPD急性増悪患者においてもHFNCの効果は同様に期待できそうである.

次にNPPV不耐症例に対するHFNCについて考えてみたい.DNI orderは総じて高齢者に多い.NPPVの受け入れが不良で開始後にマスクを外したり不穏状態となることもしばしば経験する.COPD増悪における急性期NPPVの除外基準1に相当するようなケースでは鎮静下にNPPVを行う13こともあるが,鎮静による有害事象や管理の複雑化の懸念がある.このような場合には快適性がNPPVより勝るHFNCに切り替えると受け入れが良好となることが多い.

おわりに

本稿では講演時点でのエビデンスと当院での経験を基に著者自らが設定したclinical questionに対する暫定的な回答を示した.

COPD増悪はNPPVの恩恵を大きく受けている病態であり,現時点でゴールドスタンダードであることは揺るがない.このNPPVを軸にしながら,軽症例やDNI order,またNPPVからの離脱や併用などにもHFNCをうまく使っていくことでより高い臨床効果と快適性がもたらされることが期待される.今後のエビデンスの蓄積を待ちたい.

備考

本論文の要旨は,第29回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会のシンポジウム HFNCの有効性のエビデンスと長期効果―在宅への導入―の中で発表した.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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