日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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慢性呼吸不全患者の自己決定を支える援助
―セルフケア理論の観点から―
本城 綾子
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2022 年 30 巻 3 号 p. 285-289

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要旨

慢性呼吸不全患者は,普遍的セルフケア要件「十分な空気摂取の維持」のために,LTOT/HOTやNPPV管理を必要とする.それらの機器を自分の生活に合わせて調節し,常に管理(セルフケア行動)する必要がある.30代後半の女性は,バセドウ病で甲状腺クリーゼを起こし回復したものの,その後1年間肺炎を繰り返し,本人は気がつかないままに肺の線維化が進行し,呼吸器専門病院に入院した時には既に呼吸不全に陥っていた.LTOT/HOTとNPPVを同時に導入する方針となり教育が行われていたが,機器の操作・管理が未習得にもかかわらず患者の強い希望で退院しようとしていた.患者は低酸素血症・高二酸化炭素血症・肺高血圧症の状態で,酸素吸入とNPPVを適切に実施しない限り急変のリスクが高かった.医師と看護師からの介入依頼を受け,セルフケア能力・ケアレベルをアセスメントし,患者が治療方針について自己決定できるための支援をした.

はじめに

セルフケア理論では,人には本来セルフケア行動を学び,身につけていく能力があると考える.看護は,疾患や障害によりセルフケアが十分に行えない場合(セルフケア不足)に,その対象者の状況に合わせてセルフケア能力を回復させるための援助を行う.

慢性呼吸不全患者は,普遍的セルフケア要件である「十分な空気摂取の維持」をするために,在宅酸素療法(long-term oxygen therapy/home oxygen therapy:以下LTOT/HOT)や非侵襲的陽圧換気療法(non-invasive positive pressure ventilation:以下NPPV)の管理が必要である.患者は,それまでの人生で経験したことのない機器操作を行い,自分の生活に合わせて調節しなければならない.常に機器管理をするというセルフケア行動のために,生活を再構築する必要がある.そのセルフケア行動を阻害する要因は,単に酸素の知識や機器の操作技術の問題だけでなく,心理・社会的な側面にもある.

基礎疾患のコントロール不良のために肺炎を繰り返し,自覚がないままに肺の線維化が進行し,呼吸器専門病院に入院した時には既に呼吸不全に陥っていた患者に関わった.患者は低酸素血症・高二酸化炭素血症・肺高血圧症の状態で,酸素吸入とNPPVを適切に実施しない限り急変のリスクが高いにもかかわらず,機器の操作・管理が未習得のまま,退院を強く希望していた.自分の生命を守る意識が不足していた患者について,セルフケア能力・ケアレベルをアセスメントし,患者のセルフケア能力を回復させる援助を行い,治療方針について自己決定できるための支援を行った.本稿ではセルフケア理論について活用した部分を紹介し,その理論を用いた実践事例を報告したい.

セルフケア理論について

1. オレムのセルフケア看護モデル

セルフケア理論は,ドロセア・オレムが1950年代から着手し開発されたものである.オレムは「セルフケアとは生命と健康と安寧にかかわる発達と機能に影響を及ぼす要因を調整するために,具体的な生活状況のなかで自己または環境に向けられる行動である」1と述べている.すなわち,人が自分の生命や健康,幸福(安寧)を維持するために意識的・計画的に行う活動である2.セルフケア理論では,人には本来セルフケア行動を学び,身につけていく能力があると考える.そして,セルフケア要件(セルフケアのための活動を構成する要素)として,普遍的セルフケア要件(8項目),発達的セルフケア要件,健康逸脱に対するセルフケア要件を挙げている(表1).

表1 セルフケア要件(セルフケアのための活動を構成する要素)
普遍的セルフケア要件発達的セルフケア要件
①十分な空気摂取の維持
②十分な水分摂取の維持
③十分な食物摂取の維持
④排泄過程と排泄物に関するケアの提供
⑤活動と休息のバランスの維持
⑥孤独と社会的相互作用のバランスの維持
⑦人間の生命,機能,安寧に対する危険の予防
⑧人間の潜在能力,既知の能力限界,及び正常でありたいという欲求に応じた社会集団のなかでの人間の機能と発達の促進
人間の発達過程,ライフサイクルのさまざまな段階で生じる状態や出来事(たとえば妊娠・出産),および発達を阻害する出来事に対して必要なケア
健康逸脱に対するセルフケア要件
疾患や障害のために治療を受けることや,日常生活行動の変化や感情の動きに対して必要なケア.生命または安寧を維持するためのニードの充足において他者の援助を受ける.

文献1)から引用・参考に著者作成

2. セルフケア不足

セルフケア不足とは,ある個人がセルフケア要件をもっているが,その要件を自分で満たすことができない状況が生じた状態をいう.疾患や障害からの回復のためのセルフケア行動ができない場合に,看護援助が必要になってくる.また,動機付けの低下でセルフケア行動が生じなくなったり,知識や技術不足のために行おうとしても効果的なセルフケア行動がとれない場合にもセルフケア不足と考えられ,看護援助が必要とされる.セルフケア理論では,看護援助はセルフケア不足を補うだけでなく,個人のセルフケア能力を引き出し,維持・向上するための働きかけが必要と考える.

3. セルフケア看護モデルの活用

セルフケア看護モデルはアセスメントのツールとして,セルフケアという視点から看護援助を考えるために,よく活用されている3

まず患者のセルフケア要件から何が十分でないのか(セルフケア不足)を分析し,そのセルフケア行動を阻害する要因を検討して看護援助の方針を考える.セルフケア行動を阻害する要因は,例えば知識がないためや認知機能低下により判断ができない,環境条件が整っていない,意欲・関心がないなどのためにセルフケア行動がとれない,セルフケアがうまくできないことである.次に患者のセルフケア能力を評価し,看護の提供システム(以下ケアレベル)を決定していく.ケアレベルは,セルフケア不足が生じたときに,患者のセルフケア能力に沿って看護がどのレベルのケアを提供するのかを示したものであり,患者のケア依存度によりレベルI~IVが示されている(表2).

表2 看護の提供システム
ケアレベルセルフケア能力
レベルI
(全代償システム)
・全不可(昏睡状態など,全てを他者にゆだねる)
・判断不可(認知症など判断できないが,動ける)
・実施不可(判断はできるが,動けないため遂行できない
レベルII
(一部代償システム)
運動機能・知的判断・動機の3点において,いずれかが部分的に不足している.部分的に自立しているが,医療者が代償する部分が大きい.長期または複数回に渡り支援や確認を受けて実施.
レベルIII
(支持・教育システム)
運動機能・知的判断・動機の3点において,いずれかが部分的に不足している.自立している部分が大きく,医療者が代償する部分は小さい.(現時点では自立していないが,知識や技術を提供すれば自立するだろうと思われる場合)
レベルIV自立した状態.知識と技術があり,実施もできている.必要な時に自ら支援を求めることができる場合も含む.

文献4)を参考に,文献5)より引用して改変

4. 慢性呼吸不全患者のセルフケア

慢性呼吸不全患者は,普遍的セルフケア要件の「十分な空気摂取の維持」をするために,LTOT/HOTやNPPV管理を必要とする.機器や体調に常に注意を払い,生活場面に合わせて臨機応変な対処をすることは容易ではない.慢性呼吸不全患者のセルフケア行動を阻害する要因は「酸素の必要性が理解できない」「機器の管理や操作技術が習得できない」「人目が気になる」「酸素しながら仕事できない」「こんな身体になってしまった自分への嫌悪感」など,さまざまである.

セルフケア理論を用いた実践事例

1. 事例紹介

30代後半女性,A氏.上葉優位型肺線維症(PPFE),アスペルギルス症, 慢性心不全, バセドウ病.職業は保育士で母親と二人暮らしであった.20代前半よりバセドウ病で内服治療,20代後半より肺炎を繰り返していたが,急性期病院で点滴治療のみしていた.30代半ばにクリーゼで気管挿管・人工呼吸療法し,その後より心不全治療(β遮断薬,利尿薬,降圧薬)が開始された.

201X年に咳が主訴で呼吸器専門病院に受診した時点では,既に上肺の線維化と気管支拡張が進行していた.肺活量 0.56 L, 1秒量 0.52 L,%1秒量20%, 呼吸機能障害指数18.6で高度の拘束性換気障害を呈していた.6分間歩行試験時に約 220 mでSpO2 83%, 脈拍111回/分になり中止したにもかかわらず,修正ボルグスケール0と呼吸困難の自覚はなかった.初回受診から8か月後に肺炎で入院し,血液ガスデータPH 7.226,PaCO2 92.7 Torr PaO2 73.0 Torr, 労作時SpO2 80%前半,推定肺動脈収縮期圧≧70 mmHgであり,低酸素血症・高二酸化炭素血症,肺高血圧症になっており,A氏と母親同意のもとでLTOT/HOT・NPPV導入が決定した.

入院後のA氏の状況は,酸素機器の操作はできるが呼吸困難を感じないためSpO2低下を気にせず,労作時の必要酸素量 2 L/分よりも常に少なく設定し,酸素なしで行動することもあった.夜間のNPPVの練習では,自己装着は困難であるため看護師がマスクフィッティングしていたが,毎日途中で自己で外した.看護師が再度NPPVを促すと,拒絶する日もあった.A氏は主治医に何度も強く退院を希望し,看護師・主治医・母親が入院継続をすすめるが受け入れなかった.看護師と主治医は,呼吸不全の状態で急変リスクがあるにもかかわらず,退院しようとするA氏の言動に困り,慢性疾患看護専門看護師(以下CNS)である筆者に相談があり介入を開始した.

2. アセスメント

1) セルフケア不足,セルフケア行動を阻害する要因について

A氏のセルフケア不足は,適切な酸素量の吸入とNPPVの実施ができない,急変のリスクを理解していない,生命の危機を回避し正常化を図る意識がないことであった.すなわち,普遍的セルフケア要件の「十分な空気摂取の維持」と「人間の生命,機能,安寧に対する危険の予防」を満たすことができない状態であった.そして,A氏が自己の生命を守るためのセルフケア行動を阻害する要因については,次の2つが考えられた.一つは,バセドウ病の長い経過で自律神経亢進状態に慣れており,身体症状を自覚しにくい,自覚のないまま呼吸不全に陥ってしまい,急変リスクを認識できないことが考えられた.A氏は「とにかく退院して,仕事に復帰したい.これ以上,仕事(保育士)を休みたくない.酸素とニップは持って帰れば何とかなる」と発言していた.A氏の夢であった保育士の仕事を始めて1年しか経過しておらず,仕事を休むことが何よりも辛いと訴えていた.その発言から,もう一つの要因は,A氏にとっては仕事が最も大切な問題であり,そのことがLTOT/HOT・NPPVの習得を妨げていると考えられた.

2) ケアレベル,看護目標・支援方針の検討

A氏にとっては仕事が最も大切であり,生命を守るLTOT/HOT・NPPVの習得というセルフケア行動にはつながらない.そのためLTOT/HOT・NPPVにおいては,医療者が代償する必要があると考えた.したがって,ケアレベルII(一部代償システム)で支援することとした.

看護目標は,①LTOT/HOT・NPPVを適切に実施しない限り急変リスクがあると理解できること,②LTOT/HOT・NPPV実施により体調改善を実感したうえで自己決定できること,とした.医療者側からみれば,A氏の呼吸不全状態での保育士の仕事は困難であると思われたが,A氏の気持ちを尊重しながら, まず身体を大切にできるよう支援する方針にした.

3. 支援内容

1) 面談

キーパーソンである母親も一緒に面談し,これまでの自覚症状が想起できるように具体的な場面例をあげながら話を聴いた.その中で,保育の仕事で子どもと一緒に走れなかったことや,「そういえば,自宅のマンションはエレベーターがないんだけど,5階まで上がった時には死ぬかと思うようなことが何回もあったわ」と語った.それは低酸素血症による心負荷の症状であると,血液ガスデータやSpO2値と結びつくように説明し,LTOT/HOT・NPPVの必要性を伝えた.LTOT/HOT・NPPV実施で心負担の軽減と呼吸筋の休息ができ,今よりは楽に動けるようになると,それらの効果を説明した.

A氏は,夜間のNPPV習得には納得したが,仕事復帰への思いは強く,可能なら酸素は止めたいと思っていると話した.CNSは,仕事を続けたいA氏の気持ちに理解を示しつつ復職の可能性を呼吸リハビリテーション(以下呼吸リハ)により,安全確保したうえで評価することを提案した.A氏と母親はCNSの提案を受け入れ,入院継続を選択した.

2) 調整,計画

主治医にA氏・母親との面談結果を伝え,呼吸リハのオーダーを依頼した.そして,理学療法士(以下PT)と作業療法士(以下OT)にA氏の情報を提供し,保育士の仕事を想定した呼吸リハメニューを検討した.呼吸リハの目標は,①実際の保育士の動作が可能であるか査定,②酸素吸入有りと無しの動作を体験することにより酸素の効果が実感できる,③自己の身体状態を客観的に捉えて,今後について自己決定ができる,と決めた.

看護師には,これまで計画していたLTOT/HOT・NPPV教育の継続をすすめるように伝えた.CNSは面談を継続し,A氏の反応を確認しながら支えていくこととした.

3) チームで関わるための調整,ケア

呼吸リハでは「赤ちゃんを抱っこしてあやす」「お昼寝の布団の上げ下ろし」「掃除機をかける」など,実際の重さと同等の物を使用して,酸素吸入有りと無しの保育士の模擬動作を実施した.酸素吸入無しではすぐにSpO2 80%代後半に低下,咳き込むこともあり動作を止めざるを得なかった.呼吸調整を指導しながら実施しても,SpO2低下は同じであった.反対に酸素 2 L/分吸入(同調器使用)下では,SpO2 95%以上の維持ができた.歩行や階段昇降,更衣やトイレ,整容など全ての動作には酸素吸入が必要であり,A氏はその事実に直面せざるを得なかった.そして,自分の身体に起こっていることをなかなか受け入れられず,何度も試した.しかし,酸素吸入しながらの動作はスムーズにできることを実感する中で,必要性を理解していった.

CNSは,PT・OTと呼吸リハ内容やA氏の反応についてディスカッションし,ケアの方向性を確認した.そしてA氏と面談を継続し,呼吸リハのプロセスで直面する自己の病状に対しての揺れる気持ちを聴き,思考の整理を助けた.また看護師がA氏の気持ちを汲んだケアができるよう状況を伝え,看護師からのNPPVマスクフィッティング技術の相談に応じ助言した.主治医には呼吸リハ,NPPV教育,A氏の状況を集約して伝えた.A氏は呼吸機能障害1級の条件を満たしていたため,申請について主治医と相談し,手続きのサポートをメディカルソーシャルワーカーに依頼し,医療費負担の軽減を図った(図1).

図1

チームで関わるための調整,ケア

4. 介入の結果

介入期間は18日間であった.呼吸リハにより仕事の動作を何度も試し,酸素吸入下であれば安全に動けることが明らかになった.A氏自身,酸素吸入する方が動きやすいことを実感し,酸素吸入の必要性に納得した.そして日常的に適切な酸素量を吸入するようになり,労作時のSpO2 95%を維持できるようになった.A氏は「退院までに外出して,職場に酸素をしていることを話しに行きます」と言い,保育士としての雇用継続については職場の判断に任せることを決断した.呼吸リハの目標は達成できた.NPPVの操作・マスクフィッティングも習得し,夜間睡眠中の実施が可能となり高二酸化炭素血症が改善し(血液ガスデータ:PH 7.312,PaCO2 74.1 Torr),自覚症状(頭痛と眠気)が消失して安全な状態で退院した.2年後には推定肺動脈収縮期圧≧47 mmHgに低下し,肺高血圧症の改善がみられた.

A氏は,入院中を振り返り「病気のこと,酸素・ニップのことが何も分からないまま退院しなくて良かった」と評価した.自覚症状を認識し体をいたわるようになり,体調不良時には受診行動がとれるようになった.介入以降はLTOT/HOT・NPPV管理のために,ケアレベルIII(支持・教育的)で関わりを継続している.

まとめ

患者にとってLTOT/HOT・NPPVは,普遍的セルフケア要件である「人間の生命,機能,安寧に対する危険の予防」すなわち生命を守るためのセルフケアであったが,それらを習得しないまま退院を希望していた.その問題に対して,単に急変リスクを認識できないと捉えるのではなく,セルフケア不足として,セルフケア行動を阻害する要因は何なのかを分析することにより,患者にとって最も大切な問題は仕事であることが分かった.その仕事と治療(酸素吸入)を結び付けた呼吸リハの実施と支援により,セルフケア理論で示されている「本来持っているセルフケア能力」を回復させ,治療(LTOT/HOT・NPPV)継続のための自己決定ができたと考える.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
  • 1)  ドロセア E. オレム,小野寺杜紀訳:オレム看護論—看護実践における基本概念(第3版).医学書院,1997,73-182.
  • 2)  太田節子:セルフケア理論.佐藤栄子編,中範囲理論入門—事例を通してやさしく学ぶ,日総研出版,名古屋,2010,104-115.
  • 3)  日本精神科看護技術協会 政策・業務委員会:精神科看護ガイドライン2011.日本精神科看護技術協会,精神看護出版,2011,8-9.http://www.jpna.jp/sponsors/pdf/guideline-2011.pdf.閲覧日:2020年5月25日.
  • 4)  南裕子,稲岡文昭:セルフケア概念と看護実践—Dr. P. R. Underwoodの視点から—.粕田孝行編,へるす出版,東京,1992,39-54.
  • 5)  がん患者の症状緩和技術の開発に関する研究班:The Integrated Approach to Symptom Management看護活動ガイドブック改訂版 Ver.11. http://sm-support.net/program/index.html.閲覧日:2020年5月25日.
 
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