2022 年 31 巻 1 号 p. 129-134
【目的】本研究は,超音波画像診断装置(エコー)による胸鎖乳突筋(SCM)評価の信頼性および関連する指標を調査する.
【方法】対象は,健常成人男性30名(31.6±7.5歳).背臥位での左側SCMの筋厚,筋輝度を評価した.鎖骨内側~側頭骨乳様突起の中点にて短軸像でのSCMを描出し,繰り返しの測定による信頼性と,枕の有無による差異を検証した.また体組成,吸気筋力との関連を調査した.
【結果】Bland-Altman解析より,1回目・3回目での測定,枕の有無について,両者ともに信頼性は高く,系統誤差も認めなかった.筋厚は骨格筋量(r=0.453,p=0.012),除脂肪量(r=0.392,p=0.032)と正の相関関係,筋輝度は年齢との負の相関関係(r=0.467,p=0.009)を認めた.いずれの指標も,吸気筋力と相関を認めなかった.
【考察】SCMのエコー評価は,信頼性が高く,臨床応用可能な指標といえる.
胸鎖乳突筋(Sternocleidomastoid Muscle; SCM)は,乳様突起から鎖骨内側に付着する筋であり,頸部の屈曲,回旋などの運動に作用するだけではなく,呼吸補助筋として努力吸気時に働く.関口らは,表面筋電図を用いて頻呼吸に伴うSCMの筋活動亢進を報告しており,強く・速い筋収縮が求められる場面にて動員される事が分かっている1).
骨格筋の形態的な特徴を評価する手段の一つとして,超音波画像診断装置(以下;エコー)が挙げられ,主に筋厚,筋輝度などの評価にて使用される.筋厚は,骨格筋の筋腹の厚さを評価する事により,筋萎縮やトレーニング効果を評価する手段として用いられる2,3).筋輝度は,描出した画像にてヒストグラム解析を行い,8 bit grayscaleにて筋内の輝度値(0-255)を算出する指標である.筋輝度が高いほど,筋内の線維組織や脂肪組織の割合が多く,筋の質が低い事を意味している4).
急性期分野でもエコーは活用されており,四肢の筋厚や筋輝度が低下しやすく5),また入室後の大腿直筋の横断面積の減少率が集中治療室獲得性筋力低下(Intensive Care Unit acquired weakness; ICU-AW)6)の有無に関係したとする報告もある7).近年では,四肢だけでなく,呼吸筋の障害についても注目されており,疾患や治療(薬剤,人工呼吸器管理など)の影響によって筋機能障害が生じやすく8),人工呼吸器離脱の阻害因子となる事が多い.SCMについても,頻呼吸など努力性呼吸時に多く動員されるため,エコーにて観察される筋厚や筋輝度が抜管の可否に影響する可能性を考えた.しかし,SCMをエコーにて評価した先行研究は少なく,健常ボランティア(17-90歳)にて筋厚の性差を調査した報告9),また頸部疾患を対象とする頭頚部屈曲テスト中の筋活動を調査した報告10)が挙げられる.これらの報告は,同一条件下にて評価しているが,臨床場面では,中心静脈カテ―テルやブラッドアクセスカテーテルの留置,また頭部外傷や頸髄損傷など疾患の影響によって,頸部の角度を同一条件に設定する事が困難な場合も想定される.またエコーでの評価は,検者の熟達度に依存する部分がある.したがって,今後,疾患を有する患者にてSCMを評価していくためには,事前にエコーでのSCM評価の信頼性を明らかにする必要があると考えた.
今回,健常成人男性を対象とし,エコーによるSCM評価の信頼性を検証した.検者内信頼性を検証するとともに,頸部屈曲角度による違いを確認するために,枕の有無による違いについても調査した.SCMの筋厚と筋輝度の指標と,吸気筋力や身体組成との基準関連妥当性を調査した.
対象は健常成人男性30名とした.本研究は,聖隷クリストファー大学の倫理委員会の承認(承認番号21038),文章による同意を得た上で実施した.対象はボランティアにて募集し,選定基準は呼吸器疾患や循環器疾患の既往歴がなく,筋力低下を伴う骨格筋障害のない者とした.
エコーは,Xario 200(キャノンメディカルシステムズ株式会社)を使用した.測定は,近畿大学病院のリハビリテーション室にて行い,時間帯,照明などの条件を統一して実施した.また今回は,検者間によるバイアスを除外するために検者は統一した.3.5 MHz,リニアプローブを用いて,臥位での左側SCMを評価した.測定部位は,鎖骨内側~側頭骨乳様突起の中点にてプローブを短軸方向に設置し,総頸静脈をランドマークに筋を同定した(図1,A).プローブは,左右への傾斜はなく,皮膚表面に対して垂直に当てて測定範囲全体を描出し得る最小限の圧にて当てる事とした.枕の有無にて交互に3回ずつ測定し,静止画を保存した.本研究では診察用の枕(高さ 9 cm,幅 27 cm,奥行き 11 cm)を使用し,すべての被験者にて同一のものを使用した.保存した画像は,Image Jに取り込み,筋厚,筋輝度を算出した.筋膜接線間の距離が最大となる筋腹径を筋厚として計測した(図1,B).筋輝度は,筋および筋膜の境界をプロットし,指定した範囲にてヒストグラム解析を行った.先行研究11)と同様,3回の測定での平均値を使用した(図1,C).
エコーでの胸鎖乳突筋の測定部位および解析画像
乳様突起および鎖骨内側縁を結ぶ線の中点にてプローブを短軸方向にあてて測定する(A).筋厚は,筋膜接線間の距離が最大となる筋腹径を計測した(B).筋輝度は,筋および筋膜の境界をプロットしてヒストグラム解析にて算出した(C).
バイオインピーダンス法による体組成の評価には,mBCA525(seca株式会社)を使用した.背臥位にて10分間の安静の後,心電図用電極を左右の手背,足背に貼付して,測定中は安静を保持した.骨格筋量,除脂肪量,脂肪量を記録し,身長の二乗で除する事により,除脂肪指数,脂肪指数も算出した.
吸気筋力は,オートスパイロAS-507(ミナト医科学株式会社)を用いて測定した.測定は,米国胸部学会/ヨーロッパ呼吸学会(America Thoracic Society/European Respiratory Society)の標準法12)に基づいて実施した.端座位にて最大呼気位から最大吸気努力を行い,少なくとも1.5秒間は圧を維持し,1.5秒間維持できた最大圧を使用した.最大吸気圧(maximum inspiratory pressure; MIP),予測MIP,ピーク吸気圧(peak inspiratory pressure; PIP)を算出した.3回測定を行い,それぞれの最大値を使用した.
統計解析には,SPSS 24.0(IBM SPSS社)を使用した.枕の有無による筋厚・筋輝度の比較には,対応のあるt検定を用いた.測定の信頼性については,級内相関係数(intraclass correlation coefficient; ICC),Bland-Altman解析を用いて評価した.ICCは,同一検者における3回の測定での再現性を検証した.Bland-Altman分析は,2つの検査や測定値での一致度を検証する手法として近年用いられている13).信頼性の評価としては,ICCを用いられる事が多いが,2つの変数の関係性を調査しているにすぎず,2つの検査の一致度を調査する場合,Bland-Altman分析が適しているとされる.グラフ上にて,横軸に2つの測定値の平均値,縦軸に2つの測定値の差をプロットし,Bland-Altman Plotを作成する.縦軸の2つの測定値の差について,平均値および95%信頼区間(±1.96標準偏差)を一致限界(Limit of agreement; LOA)として算出し,それぞれ補助線を記した.LOAの数値が臨床的に問題ないかによって,2つの測定での一致度を評価する.系統誤差は,固定誤差・比例誤差にて確認した.固定誤差は,1サンプルのt検定を使用し,有意差を認めた場合は固定誤差ありと判断した.比例誤差は回帰分析にて検定し,回帰係数が有意であった場合,2つの変数による回帰式が成り立つため,比例誤差ありと判断した.今回,筋厚については3回の測定を行っているが,Bland-Altman解析では2回の測定での再現性を検証する必要があったため,最も測定値の誤差が生じると推測される1回目および3回目での測定値にて検証した.筋厚および筋輝度と他の評価指標との相関はpearsonの相関係数を使用した.
対象者背景および各測定値を表1に示した.
測定値 | |
---|---|
年齢(歳) | 31.6±7.5 |
(22-47) | |
身長(cm) | 171.2±5.2 |
体重(kg) | 65.3±6.5 |
BMI(kg/cm2) | 22.3±2.1 |
(18.7-26.3) | |
腹囲(cm) | 78.3±8.8 |
胸鎖乳突筋の筋厚(枕あり)(cm) | 0.85±0.12 |
胸鎖乳突筋の筋厚(枕無し)(cm) | 0.86±0.13 |
胸鎖乳突筋の筋輝度(枕あり)(pixel) | 64.72±8.56 |
胸鎖乳突筋の筋輝度(枕無し)(pixel) | 64.94±9.7 |
MIP(cmH2O) | 99.6±27.9 |
%MIP(%) | 93.6±26.9 |
PIP(cmH2O) | 114.2±27.0 |
骨格筋量(kg) | 25.1±2.3 |
除脂肪量(kg) | 51.2±4.2 |
除脂肪指数(kg/cm2) | 17.5±0.9 |
脂肪量(kg) | 13.6±4.4 |
脂肪指数(kg/ cm2) | 4.7±1.6 |
平均±標準偏差
BMI; Body mass index,MIP; maximum inspiratory pressure,PIP; peak inspiratory pressure
枕有りの条件下でのSCMの筋厚は,0.85±0.12 cmであった.ICCは,0.952であった.Bland-Altman Plotを図2に示した.固定誤差は認めなかった(p=0.090).また比例誤差も認めなかった(p=0.210,R=0.236,R2=0.056).
胸鎖乳突筋の筋厚評価における1回目・3回目でのBland-Altman Plot
赤破線は1回目・3回目の差の平均値を示した.黒破線は1回目・3回目の差の95%信頼区間(±1.96)である一致限界(Limit of agreement; LOA)を示した.
SCMの筋厚は,枕有りの条件下では0.85±0.12 cm,枕無しの条件下では0.86±0.13 cmであり,有意な差は認めなかった(p=0.913)(図3).Bland-Altman Plotを図4に示した.固定誤差は認めなかった(p=0.073).また比例誤差も認めなかった(p=0.390,R=0.163,R2=0.026).
枕の有無による胸鎖乳突筋の筋厚の比較
枕の有無による胸鎖乳突筋の筋厚のBland-Altman Plot
赤破線は枕有り・枕無しの差の平均値を示した.黒破線は枕有り・枕無しの差の95%信頼区間(±1.96)である一致限界(Limit of agreement; LOA)を示した.
SCMの筋輝度は,枕有りの条件下では64.68±8.76 pixcel,枕無しの条件では64.94±9.7 pixcelであり,有意差は認めなかった(p=0.748).
SCMの筋厚,筋輝度と関連する指標について(表2)SCMの筋厚と各指標の相関関係を示した.骨格筋量と中等度の正の相関関係(r=0.453,p=0.012),除脂肪量と軽度の正の相関関係(r=0.392,p=0.032)を認めた.
SCMの筋輝度と各指標の相関関係を示した.SCMの筋輝度は,64.72±8.56 pixelであった.年齢と中等度の負の相関関係(r=0.467,p=0.009)を認めた.
吸気筋力は,いずれの指標においても相関関係は認めなかった.
筋厚 | 筋輝度 | |||
---|---|---|---|---|
相関係数 (r) | p値 | 相関係数 (r) | p値 | |
年齢(歳) | -0.238 | 0.205 | 0.407** | 0.009 |
身長(cm) | 0.251 | 0.138 | 0.004 | 0.823 |
体重(kg) | 0.227 | 0.228 | 0.003 | 0.990 |
PI max(cmH2O) | -0.076 | 0.689 | 0.000 | 0.998 |
%PI max(%) | -0.169 | 0.373 | 0.035 | 0.854 |
PI peak(cmH2O) | -0.025 | 0.894 | 0.157 | 0.408 |
骨格筋量(kg) | 0.453* | 0.012 | 0.236 | 0.209 |
除脂肪量(kg) | 0.392* | 0.032 | 0.295 | 0.114 |
脂肪量(kg) | 0.243 | 0.195 | 0.030 | 0.877 |
平均±標準偏差
年齢,BMIについては範囲(最小値-最大値)を記載
* p<0.05 ** p<0.01
BMI; Body mass index,MIP; maximum inspiratory pressure,PIP; peak inspiratory pressure
本研究は,健常成人にてエコーでのSCM評価の信頼性を検証した.反復測定による再現性,また急性期患者を想定した枕の有無による比較を行った結果,高い再現性・信頼性を認め,系統誤差も認めなかった.エコーによるSCM評価は,信頼性のある評価指標であり,ICUのような測定環境においても活用可能な評価指標である事が証明された.
ICUでの急性期疾患を対象とした呼吸筋の評価は,横隔膜を対象とする事が多い.Dubeらは,エコーでの横隔膜評価は,人工呼吸器管理期間,死亡率と関連する事を報告した14).しかし,横隔膜の機能障害は,横隔膜の筋厚・可動域によって評価するものの,横隔膜の筋厚は2.3(2.0-2.6)mmと非常に薄く15),個体間での差が生じにくい.また可動域を評価する場合,人工呼吸器管理中では陽圧換気による横隔膜移動が生じてしまうといった問題が考えられる.我々は,横隔膜に代わる呼吸筋評価の指標としてSCMを採用した.しかし,実際の臨床場面では,頸部の安静等によって,頸部屈曲角度を統一できない可能性が考えられた.そこで本研究にて,頸部屈曲角度の違いが筋厚に与える影響を検証する必要があったが,筋の長さや張力の変化にも関わらず,大きな差異が生じにくい事を確認できた.急性期分野でも応用可能な評価指標として考えられ,今後の臨床研究が望まれる.
骨格筋における筋輝度は,脂肪組織や線維組織を反映する4).Looijaardらは,CT画像による第3腰椎レベルでの筋内の脂肪組織量が死亡率に関与していると報告しており16),筋量だけではなく,筋の質も重要な要素である.一般的に加齢変化に伴って,脂肪組織や線維組織が増加するため,年齢が高いほど筋輝度は高くなる.本研究においても,SCMの筋輝度は年齢との負の相関関係を認めた.本研究での対象者は,31.6±7.5歳と比較的に若年層であるにも関わらず,同様の加齢変化を認めた.実際の臨床現場では,高齢者を対象とする事が多いため,さらに顕著な差が生じやすいと予測される.
本研究の限界として,横断的な調査である事が挙げられる.横断的な調査においては,筋厚や筋輝度と吸気筋力に関係性を認めなかった.脳卒中患者を対象とした研究では,大腿四頭筋の筋力は,エコーでの筋厚と正の相関関係,筋輝度と負の相関関係を認めたと報告されている17).しかし,一般的に筋力は,骨格筋の大きさだけでなく,運動単位など神経要因による影響も大きいため18),個体間での差を認めにくかったと考えられる.また本研究では,安静呼気での筋厚のみを測定したが,努力吸気時の筋厚など,動的な形態変化が吸気筋力に影響した可能性も考えられる.
SCMは骨格筋量および除脂肪量と正の相関を認めた事から,ICUでの縦断的な評価を行った場合,ICU-AWによる全身骨格筋量に併せてSCMの筋厚も低下する事が予想される.また,本研究はエコー評価の信頼性の検証を目的としたため,健常若年者を対象に調査した.健常若年者では,SCMは呼吸補助筋として補助的な役割が求められる一方で,呼吸器疾患や急性期の患者では努力性呼吸の頻度が多くなり,SCMに求められる役割は大きくなると考えられる.例えば,慢性閉塞性肺疾患の場合,動的過膨張など肺気量位の増加に伴って呼吸仕事量が増大するため19),SCMや斜角筋群の筋緊張亢進や肥大を認めるとされている.したがって,SCMの筋厚や筋輝度と筋力の関係性ついては,実際の臨床研究では異なる結果となる可能性も十分に考えられる.今後は,症例を対象とした縦断的な評価を行い,SCMの形態的な変化が吸気筋力や人工呼吸器からの離脱など,予後アウトカムに与える影響を検証していく必要がある.
SCMに対するエコー評価は,非侵襲的かつ容易に行える検査法であり,呼吸筋に対する客観的な評価指標として有用になると考える.
本論文の要旨は,第31回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2021年11月,香川)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.