まず呼吸ケアリハビリテーションと体内時計の関連性があるか否かについて考えてみよう.時計遺伝子は呼吸器にも発現していることから,呼吸機能に日内リズムが見られることになる.実際,安静時の呼吸数には日内リズムが存在し,気管支喘息の発症は明け方に多いという日内リズムがあり,時差ボケの状態では喘息発作が悪化することが知られている.したがって,健全な生活リズムの維持の下で呼吸ケアリハビリテーションを行うことが重要であろう.ところで体内時計は視交叉上核に主時計があり,それ以外の脳には脳時計が,末梢臓器である肺,肝臓,骨格筋・骨には末梢時計がある.体内時計と運動(時間運動学)や体内時計と食・栄養(時間栄養学)の関係について知り,これらの学問が作業療法などを含む呼吸ケアリハビリテーションの実施に如何に役立てるかについて考えることにする.以下に時間栄養や時間運動に関する総説1,2,3,4,5)や著書6)を挙げておく.
体内に存在しながら色々な周期(1日,潮汐,季節など)のリズムを生み出しているシステムが体内時計である.1日の中で朝昼夕夜といった時刻に相当する時間軸の流れを認識するのに必要なシステムはサーカディアンリズム(概日リズム)と呼ばれている.また,女性の性周期のように約28-29日で変動する体内時計も,さらに繁殖期という言葉があるように季節で変動する体内時計もあるかもしれないが,これらの時計の分子メカニズムは不明な点が多い.概日時計の分子機構が良く明らかになっていることと,これは生物界共通の普遍的な仕組みであることから,一般的に体内時計という言葉は概日時計と同義的に使う場合が多い.
体内時計を駆動する時計遺伝子は,実際に実行する遺伝子に対して24時間周期の時刻情報を与えている.例えば肝臓にはコレステロール合成に関係する遺伝子が発現しているが,このコレステロール合成の遺伝子は時計遺伝子が支配する実行系の遺伝子(これを,clock controlled gene(CCG)と呼ぶ)として働き,夕方から夜にコレステロールを合成する.このようにして,CCGを調べたところ,全遺伝子の約15%がCCG遺伝子であるので,25,000個の遺伝子があるとすれば,3,000-4,000個の遺伝子は体内時計の実行系遺伝子ということができる.CCG系の遺伝子の中には生物の生存に欠かせないエネルギー代謝や免疫系に関連する遺伝子が多数含まれていた.
哺乳動物の主時計である視交叉上核を壊すと,覚醒・睡眠のリズムや,活動リズムや体温リズムなど1日周期のリズムが全てなくなることから,この神経核が生体のリズム現象の中心であると考えられている.しかしながら哺乳動物で時計遺伝子が見つかり,遺伝子の発現パターンを調べると,もちろん視交叉上核の時計遺伝子発現リズムは朝・昼・夜と大きく変動していたが,肝臓や肺などの臓器でも大きく変動していた.これらの結果は末梢臓器にも体内時計の仕組があることを示しており,そこで現在では,視交叉上核を主時計,視交叉上核以外の脳を脳時計,末梢臓器を末梢時計と呼ぶことにした.
1. 主時計の特徴視交叉上核は視神経が交叉した直上にある神経核という意味であり,視床下部と呼ばれる脳領域内にある.視床下部は本能行動(摂食,生殖,体温,自律神経など)に関連する働きをしている場所である.視交叉上核は視床下部の自律神経の中枢にも時刻情報を与え,昼間は交感神経が,夜は副交感神経が活躍するようにしている.また,視交叉上核は脳下垂体にも連絡しているので,下垂体ホルモンのACTHをリズム性に放出し,副腎皮質ステロイドホルモン分泌を朝に盛んにし,糖新生を起こし血糖値を上昇させる.視交叉上核は頭蓋骨内にある松果体にも強く結びつき,松果体から睡眠誘発ホルモンであるメラトニンを夜間に多く分泌させ,その結果睡眠を誘導する.
視交叉上核をマウスから取り出し,培養すると,1週間や1月くらい平気で時計遺伝子発現リズムを観察することが出来きる一方で,肝臓などの末梢臓器の時計遺伝子発現リズムは1週間以内に消失する.この時,肝臓の細胞が死んだのではなく,それぞれの細胞のリズム発現の位相がずれてしまい,見かけ上全体としてリズムがなくなったように見える.つまり,視交叉上核は歩調取りが強いため能動発振「恒常的に24時間を刻める仕組」であるのに対して,末梢は歩調取りが弱いために受動発振「24時間リズムが減衰する仕組」である.
2. 末梢時計の特徴末梢臓器で機能している体内時計を末梢時計と呼んでいる.末梢臓器の働きに時間情報を与え,効率よく臓器の働きを手助けするのが末梢時計の役割であると認識されている.肺がんでは肝臓でも時計機構に異常が起こることや,骨格筋の時計遺伝子の異常が睡眠に影響を及ぼすこと,腸内細菌叢の変化で肝臓や骨格筋の時計遺伝子発現が変化するなど,恐らく末梢臓器の間には臓器連関があり,この臓器間のリズム位相が大きく異なったりすると不健康になると思われる.マウスでは,肝臓,膵臓,骨格筋など臓器特異的に時計遺伝子の働きを低下させることが可能であり,それぞれの臓器の時計の役割解明が進んでいる.
24時間よりずれた状態の体内時計の位相を前進させ,あるいは後退させて24時間周期に合った状態の時計を作り出す仕組みを同調(リセット)という.夜の遅い光は体内時計の位相を後退させるので,ヒトが夜遅く寝る直前までスマートフォンやタブレットを長時間見ていると(スクリーンタイムが長いという),主時計の体内時計は遅れた状態で固定される.また,夜の光照射は睡眠物質であるメラトニンの分泌を低下させるので,夜間の光は覚醒上昇と夜型化に拍車をかける.日本から欧州へ体内時計を後退させて合わせる場合と比較して,日本からアメリカへ体内時計を前進させて合わせる場合は,日数がかかり時差ボケがひどい.このような現象が日本に居ながら起こる場合がある.週末の金曜日や土曜日に夜更かしし(スクリーンタイムで後退),土曜日や日曜日の朝に起きないため,体内時計は前進できない.週末に夜食を取り土日の朝食をスキップすると,週末の体内時計は益々後退したままとなる.月曜日の朝の光と朝食で一気に自分の体内時計を前進させようとしても,前進には時間がかかるので,週の中の木曜日あたりで,やっと追いつくと思われる.これは,時差が2-3時間の所に毎週小旅行に出かけていることになり,社会の時間と自分の体内時計が合わない.この時差のために不調であれば,社会的時差ボケがあるという.
社会的時差と朝型と夜型を簡易に調べる方法があるので以下に述べる.次の日に用事や学校・仕事がない前日の就寝時刻と,当日の起床時刻を調べる.次に就寝時刻と起床時刻の真ん中の時刻を計算する.例として,1時に就寝,9時に起床だとすれば,5時になる.この値が2時以下だと(朝型),2-3時だと(やや朝型),3-4時だと(中間型),5-6時だと(やや夜型),6時以上だと(夜型)となる.また,次の日に用事や学校・仕事がある前日の就寝時刻と,当日の起床時刻を調べ,同様に真ん中の時刻を計算する.例として,22時に就寝,6時に起床だとすれば,3時になる.用事がない日の真ん中の時刻の5時から,用事がある日の3時を引くと2時間になる.このとき社会的時差が2時間あるといい,1時間以内が理想である.社会的時差が大きいと時差ボケ状態となり,肥満,うつ病,不安,学業成績不振等と関連が深いと言われている.
主時計は光が最も強い同調因子となる一方で,末梢時計は食事,運動,温度変化などが同調因子になることが知られている.朝食や朝から昼の運動が末梢時計を前進させ,夜食や夜の運動が体内時計を後退させる.同調刺激になりうる物質として,副腎皮質ステロイドホルモン,コーヒー,水溶性食物繊維,ある種の機能性食品成分なども知られている(表1).
食品・食品素材 | 朝摂取 | 夕摂取 | |||
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乳製品 | タンパク | 筋肉 | カルシウム | 骨 | |
納豆 | タンパク | 筋肉 | 納豆キナーゼ | 血液凝固 | |
イソフラボン,ビタミンK | 骨 | ||||
トマト | リコピン | 抗酸化 | GABA | 睡眠 | |
お茶 | カフェイン | 朝型にリセット | カテキン | 抗高血糖 | |
抗肥満 | テアニン | 睡眠 | |||
キクイモ | ゴボウ | イヌリン | 便通,腸内細菌,抗高血糖 | ||
抗高血糖 | |||||
セサミン | セサミン | 抗高コレステロール | |||
魚油 | DHA. EPA | 抗脂肪肝 | |||
朝型リセット |
運動は覚醒やストレスなどが要因となってマウスの主時計も末梢時計もリセット効果を有することが報告されている.運動による体内時計リセットにはストレス反応が強く関わっていることになる(図1).マウスの活動期初期(ヒトの午前中)の運動は体内時計を前進させ,非活動期(ヒトの午後7時以降の遅い時間)の運動は後退させる.メラトニン代謝物で調べたヒトの研究では,午前中から午後すぐまでは体内時計を前進させ,午後7時以降の遅い時間では後退させることが報告された.我々は人の調査研究で,朝型―夜型のスコアと時間帯別の運動の有無についての関連を調べた.朝から午前中に運動習慣があると答えた人は朝型に,夕方から夜に運動習慣があると答えた人は夜型に関連していた.したがって,夜型の人には,リハビリテーション運動を遅い時間帯に行うと,増々夜型化を助長するかもしれない.
体内時計と食・栄養や運動との相互作用
(A)運動が体内時計をリセットする方向(左)と,運動の効果を体内時計が調整する方向(右)がある.
(B)食や栄養が体内時計をリセットする方向(左)と,食や栄養の効果を体内時計が調整する方向(右)がある.
一般的に運動のタイミングとしては,体温が高い夕方で,筋肥大,抗肥満,運動パフォーマンス運動効果が大きいことが知られている.しかしながら朝型と夜型では最高のパフォーマンスが出来る時間帯が異なるので要注意である(図1).朝型や中間型の人では自転車漕ぎのパフォーマンスは午後3-5時頃が一番高いが,夜型の人では午後10時頃が一番高い(図1).以上,筋力にリズムがあり,朝より夕方が高いことが言える.また,本番の時間帯に合わせた時間帯で練習を行う方が,良い成績が出やすい.大学のバスケット選手で,朝に筋力トレーニングする場合と,遅い午後にする場合に,午後の方が疲労感は少なく,パフォーマンスもよく睡眠も良好であった.朝と夕のトレーニング効果を1日の中で比較すると,朝試行に比較して,夕試行では等尺性レッグプレス力が大きかったが,最大酸素消費量に差はなかった.以上より,筋力トレーニングは朝でも夕でも行う方が良いが,夕方の方が効率的で,かつ良いパフォーマンスを発揮できるのも夕方である可能性が高い(図1).したがってまず,朝型か夜型かを調べ,作業療法は午後から朝型から夜型の人へ順番に施行するのが理にかなっているかもしれない.
運動トレーニングは,筋肉たんぱく質代謝回転のバランスを制御することにより,筋肉サイズを増加および維持させる. 24週間の持久力トレーニングと筋力トレーニングの組み合わせは,筋肉の肥大を誘発し,夕方のトレーニングは,朝の同じトレーニングと比較して,筋肉の断面積を大きくする.これらの結果は,夕方がトレーニング誘発性筋肥大を促進する最適なタイミングであることを示唆しているが,その詳細なメカニズムは不明である.
我々はマウスを用いて,運動して食餌をした場合と,食餌後に運動をした場合の腓腹筋の筋量に対する影響を調べた.その結果,4時間の運動時間を昼間に固定し,その前後に4時間食餌が取れるスケジュールでも,食餌時間を昼の4時間に固定し,朝運動か夕運動かの2群を設定し,1月後に腓腹筋量を測定した.その結果,いずれの条件でも,食餌後に運動する方が有意に筋肥大をもたらした.恐らく,摂取したたんぱく質,アミノ酸が,運動負荷により効率的に筋肥大を起こしたものと考えた(図1).一方,ヒトの研究では運動後にたんぱく質を摂取すると,たんぱく摂取後の運動より筋肉の分解を阻止することが出来るという論文がある.実験の種の相違,合成促進か,分解抑制かなどの指標の相違,運動の種類・強度の相違など,結論を得うるには種々のファクターを考慮したさらなる研究が待たれる.
次に,マウスの食餌時間を非活動期に設定すると,筋肥大に影響を及ぼすか否かについて調べた.マウスの片方の足をギブスで固定すると,反対側の足に負荷がかかり,筋肥大が起こる.正常な時間に食していたマウスに比較して,非活動期に食餌をしていたマウスは代償性の筋肥大が弱かった.したがって,運動負荷による筋量,筋力などは,適切な時間にたんぱく質が摂取されていることが重要であろう.
時間栄養学は,食・栄養が主時計や末梢時計をリセットできるか否かということである.ヒトでもマウスでも食事の刺激は主時計のリズムに影響を与えないが,末梢時計は食事を取ることが刺激となり体内時計をリセットできる.1日3食とした場合にどの食事に同調するかという問いに対しては,一番長く絶食した後に取る食事で,リセットされることが分かった.すなわち朝食(breakfast=破る(break)絶食(fast))が末梢時計を前進させ,リセットすることを見出した(図1).したがって朝食を欠食して,昼から食事を取り始める人の末梢時計のリズムは,遅れながらリセットされることなる.我々の夜遅く食べる人の事を考えたマウスモデル研究では,朝(7時)と昼(12時)は5時間空けるが,忙しくて夕食を取る時間がなく,昼食と夕食を11時間ほど空け(昼食は12時,夕食は23時),夕食から次の朝食を8時間にしたところ,昼食と夕食の間が一番長く絶食していたので,末梢の体内時計は夜の23時の食事を朝食と勘違いしてリセットされることが分かった.そこで,このような生活習慣を改善するために,夕方の17時か18時に,夕食の半分を食べ,残りを23時に食べるように分食を行ったところ,絶食時間は夕食から朝食までが一番長くなり,体内時計のリセットが朝方に戻った.したがって,ヒトの生活パターンでも,夕食が遅い人は体内時計の夜型化を防ぐために分食を勧めている.ヒトを対象に明暗周期を朝の7時に点灯し,夜の11時に消灯するようにしながら,食事時間は7時,12時,17時として,主時計の視交叉上核の時計の指標としてメラトニン分泌リズムを調べ,末梢時計の指標としては皮下脂肪の時計遺伝子発現リズムを調べた研究がある.次に明暗周期は変更せず,食事時間のみ12時,17時,22時と5時間遅らせ,メラトニンと皮下脂肪の時計遺伝子発現リズムを調べた.その結果,光の明暗時間は変更していなので,食事時間をかえてもメラトニンのリズムには何ら変化は認められなかった.一方で,皮下脂肪のリズムは,食事を5時間遅らせた施行では,1-1.5時間程度遅れた(図1).このことは主時計と末梢時計の間に一種の時差ボケが出現したことになる.つまり朝食欠食は末梢時計のみ夜型化させる可能性が示唆された.
食事による体内時計リセットのメカニズムはインスリンの細胞内シグナルによることがわかっている.また,糖尿病などでインスリンシグナルが利用しにくい場合には,たんぱく質食によるIGF-1の働きでリセットできることが分かった.朝食の和食,洋食,シリアル食,欠食では,和食が一番早寝早起きで,欠食が一番遅寝遅起きであった.朝食に取りやすい魚油(DHA・EPA),納豆や海藻に多いビタミンKなどもインスリン分泌を介して体内時計のリセットに役立っている可能性がある(図1).
2. 食・栄養の効果が体内時計の影響を受ける側面生体には体内時計が時間管理を行っており,種々の代謝機能や生化学反応に時間制御が起こることは十分に考えられる.食・栄養も生体に入ると,薬物と同様に生体と相互作用をする.例えばたんぱく質を摂って,それが筋肥大に寄与する場面を考える.胃・腸での酵素分解,腸管からのアミノ酸やペプチドとしての吸収,血液の循環速度による筋肉への輸送,筋肉での筋合成と分解,アミノ酸の窒素成分の腎臓での尿素としての排泄,といったプロセス(吸収,分布,代謝,排泄)が重要であるが,これらのプロセスの各ステップに体内時計の制御が深く関わってくることが分かっている.また,朝食と夕食とを単純に考えてみても,今から活動的になる前の食事と,今から寝ようとする前の食事では意味が違うだろうと,だれでも想像できる.実際,全く同じ内容の食事でも朝食の場合は,インスリンの感受性が高く血糖値が速やかに基準値に戻るが,夕食の場合は,インスリンの効きが悪く,高血糖が長く続き,脂肪合成に回される.現在,トクホ製品や,機能性表示食品などは,摂取時刻の事は記述できないとされているが,時間薬理や時間栄養の視点で考えると,生体と相互作用する食品成分が機能を発揮するには適切な摂取タイミングが存在する可能性は高いと思われる.夜間に貯めておいた胆汁は朝食後が大量に分泌されるので,脂溶性の物質,すなわちリコピン,DHA/EPA,セサミン,あるいは脂溶性ビタミンなどは夕摂取より朝摂取のほうが,血中濃度が上がる(図1,表1).
時間栄養の実践例を一つ述べる.子供から高齢者まで,朝食時のたんぱく質摂取量は少なく,このことは骨格筋量の維持に不利に働くので,朝のたんぱく質摂取は健康維持の重要な課題となっている.牛乳や乳製品は良質なたんぱく質(アミノ酸がバランスよく含まれている)であるので,朝食時や午前中の間食時に摂ることはよい.一方で,夕食時の乳製品はどうであろうか.乳製品には吸収が良いカルシウムが含まれており,またカルシウムの腸管吸収は夕方が良いとことが知られている.骨密度が減少する骨粗鬆症予防には,先の理由から夕方のカルシウムの摂取が望まれるが,高カロリーの乳脂肪を避けるには,脱脂系の低脂肪の乳製品は夕食時にはお勧めである.我々の周りには数多くの食品や食品成分があるが,時間栄養学的な視点が考えられる食品群を列挙する(表1).
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.