2022 年 31 巻 1 号 p. 35-40
がん患者では,がんそのものやがん治療に伴う有害事象や合併症により,体力低下や身体的・精神的な機能障害が生じ,日常生活動作(ADL)や生活の質(QOL)が低下してしまうリスクが高い.そのため,がん種や病巣部位,進行度を考慮したリハビリテーション治療や,がん治療後に生じることが予測される合併症や機能障害を治療開始前から予防するリハビリテーション治療を行うことが重要となる.また,がんの進行に伴い機能障害の増悪や二次障害が生じるため,それらへの適切な対応も必要となる.近年,がん領域のリハビリテーション医療においては,身体的・精神的な機能障害の改善だけでなく自宅療養や社会復帰支援,治療と就労の両立支援などの社会的な側面をも考慮したがん患者のライフステージに応じたサポートを行うことが求められている.これらのリハビリテーション治療やケアを行う際には医学的エビデンスに基づいたアプローチが必要である.
がん患者は,その治療の過程において,がんそのものや手術療法,化学療法,放射線療法などのがん治療に伴う有害事象や合併症により,体力低下や身体的・精神的な機能障害が生じ,日常生活動作(activities of daily living:以下,ADL)や生活の質(quality of life:以下,QOL)が低下してしまうリスクが高い.そのため,がん種や病巣部位,進行度を考慮したリハビリテーション治療や,がん治療後に生じることが予測される合併症や機能障害を治療開始前から予防するリハビリテーション治療(prehabilitation:以下,プレハビリテーション)を行うことが重要となる.また,脳血管疾患や運動器疾患などのようなリハビリテーション治療の対象疾患とは異なり,がんの進行に伴い機能障害の増悪や二次障害が生じるため,それらへの適切な対応も必要となる.近年,がん領域のリハビリテーション医療においては,身体的・精神的な機能障害の改善だけでなく自宅療養や社会復帰支援,治療と就労の両立支援などの社会的な側面をも考慮したがん患者のライフステージに応じたサポートを行うことが求められている.
これらのリハビリテーション治療やケアを行う際には医学的エビデンスに基づいたアプローチが必要となる.がんリハビリテーション領域においても,医学的エビデンスをもとにさまざまな診療ガイドラインが策定されている.例えば,アメリカスポーツ医学会による『Exercise guidelines for cancer survivors: consensus statement from international multidisciplinary roundtable』1)では,運動療法の際のリスク管理,運動処方,がん種・病期別の治療方法がエビデンスレベルとともに推奨されている.わが国においても,2013年に『がんのリハビリテーションガイドライン』2)が出版され,また,2019年に改訂された『がんのリハビリテーション診療ガイドライン第2版』3)は,がん領域のリハビリテーション医療に関する臨床,教育,研究の指針となっている.
本稿では,食道がん外科術におけるリハビリテーション治療に焦点をあて,エビデンスに基づいたがん領域のリハビリテーション医療の実際と今後の課題について概説する.
近年,高齢化やがん患者の増加,手術手技や周術期管理技術の進歩に伴い,高齢患者および併存疾患を有する患者に対する積極的な手術適応が拡大している.一方,高齢患者では,加齢に伴う身体機能・精神機能,運動耐容能,呼吸機能の低下を認めるだけでなく,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD),心不全,糖尿病などの併存疾患を有していることが多く,術前においてすでに呼吸・循環機能,肝腎機能の予備能が低下している.また,術前より経口摂取が困難で栄養状態が不良であることも多く,侵襲の大きい胸腹部手術後の合併症の発症リスクは高い.
消化器がんに対する胸腹部手術では,無気肺や肺炎などの術後呼吸器合併症(postoperative pulmonary complications:以下,PPCs)の発症率が5~30%と報告されている4,5).また,比較的低侵襲とされている胸腔鏡・腹腔鏡下食道切除再建術においてもPPCsの発症率は23.2~28.9%との報告がある6,7).さらに,胸腹部手術後の院内死亡の45.5~55.0%はPPCsが原因であり,PPCs発症例では術後入院期間が延長したり,生命予後が短縮するなど術後の転帰にも悪影響を及ぼすことが報告されている8).胸腔鏡下食道切除再建術は,開胸・開腹手術と比較し,術後の呼吸機能の改善や炎症反応の抑制に有利であるとの報告はあるが,術後合併症発症率の軽減にはつながっていないとの報告もある9).そのため,診断後できるだけ早期よりリハビリテーション治療を開始し,PPCsや術後の臥床に伴う廃用症候群の発症を予防することで,早期退院・早期社会復帰,QOLの向上につなげることが重要である.
食道がん周術期では,多職種医療チーム介入のもと術前外来診療時から術後集中治療室(intensive care unit:以下,ICU)入室期間,退院までシームレスにリハビリテーション治療を実施し,PPCs,廃用症候群,その他の術後合併症の予防,ADLおよびQOLの向上を図ることが重要である.当院での食道がん外科術におけるリハビリテーション・プロトコールを図1に示す.
食道がん外科術におけるリハビリテーション・プロトコール
ICU: intensive care unit(集中治療室)
がん患者は,がんと診断された後より身体活動が低下することが報告されており,特に中等度~高強度の身体活動が低下することが明らかになっている10).また,昨今の新型コロナウイルス禍において,がん患者の身体活動は新型コロナウイルス禍前と比較し大きく低下している11).がん治療前に身体活動が低下すると,治療中・治療後の身体機能の低下をもたらすだけでなく,術後合併症発症率の増加や入院期間の延長など術後の転機にも大きく影響を与える12).また,食道がん患者の特徴として,高齢者が多いこと,喫煙者が多く呼吸機能が術前より低下していること,術前からの通過障害により低栄養状態であること,術前化学療法・放射線療法により免疫機能が低下していることなどが挙げられ,術前よりPPCs発症のリスクが高い患者が多い.特に高齢患者においては,術前よりサルコペニアやフレイルに陥っている可能性が高い.術前にサルコペニアやフレイルを有する高齢食道がん患者では,術後合併症発症率が増加するだけでなく,再入院率の増加,全生存期間や無病生存期間の短縮など術後の転機にも悪影響が出ることが報告されている13,14).
近年,がんの診断後から治療前にリハビリテーション治療を実施するプレハビリテーションが提唱されており,プレハビリテーションにより身体機能・精神機能,ADLを向上させることで,術後合併症の予防や生存期間の延長,入院期間の短縮や再入院率の低下,医療費の抑制などが期待できる.食道がん外科術におけるPPCs発症予防に対するプレハビリテーションの効果については,術前の身体活動や呼吸機能を高く維持できた患者ほどPPCs発症率が低かったとの報告12)や在宅での術前運動療法によりPPCsが予防できたとの報告15),術前の7日以上の包括的呼吸リハビリテーション治療(筋力トレーニング,呼吸訓練,有酸素運動など)によりPPCsが抑制できたとの報告16)がある.また,『食道癌診療ガイドライン2017年版』においても,「食道癌周術期管理において,術後合併症予防を目的として術前の呼吸器リハビリテーション,術後早期の経腸栄養導入,周術期メチルプレドニゾロンの投与を行うことを弱く推奨する」(合意率80%,エビデンスの強さB)とされている17).これらの報告やガイドラインに基づき,術前より呼吸訓練や筋力トレーニング,有酸素運動などの包括的なプレハビリテーションを実施することで術後合併症は予防可能であることが示唆されるが,さらなるエビデンスの蓄積が必要である.
2. 周術期リハビリテーション治療 1) 注意が必要な術後合併症食道がん周術期リハビリテーション治療の目的は,PPCsや廃用症候群,せん妄,ICU acquired weakness(ICU獲得性筋力低下:以下,ICU-AW)などの術後合併症を予防し,術後のADLおよびQOLを維持・改善することである.特にせん妄やICU-AWは一時的な身体機能・精神機能の低下をもたらすだけでなく,入院期間の延長や死亡率の増加など長期的な転帰にも影響を及ぼすため,その予防が重要である.せん妄およびICU-AWの概要を以下に示す.
① せん妄せん妄は,「急性に発症する意識レベルの低下や変動,または注意力の散漫を呈する病態」と定義される.入院を契機に高齢者で発症しやすく,特に手術やICUなどの環境では高率に発症する18).消化器がん患者の15~24%が術後せん妄を発症するとの報告もある19,20).せん妄には準備因子と誘発因子の2つの因子があり,準備因子が素因となり,誘発因子がせん妄を誘発し悪化・遷延させる(表1)18).せん妄の予防や治療においてエビデンスが認められているのは早期リハビリテーション治療であり,準備因子を有する患者では,せん妄ハイリスク群であることを術前から認識し,術後早期より身体拘束や膀胱留置カテーテルなどの誘発因子を除去したうえで,早期離床を進めていくことが重要である.
準備因子 | 誘発因子 |
---|---|
認知症 | 複数の薬剤の使用 |
認知機能障害 | 向精神薬,鎮静剤,睡眠薬の使用 |
せん妄の既往 | 身体拘束 |
日常生活機能障害 | 膀胱留置カテーテル |
視覚・聴覚障害,重篤な併存疾患,うつ病 | 生化学データの異常 (血清尿素・BUN/Cr増加,血清アルブミン・血清ナトリウム・血糖値・血清カリウム異常,代謝性アシドーシス) |
一過性脳虚血・脳卒中の既往 | 感染症 |
アルコール多飲歴 | 医学的イベント |
高齢(≧75歳) | 外科手術 |
外傷による入院 | |
緊急入院 | |
昏睡 |
せん妄は変動性の脳機能障害であるため,術後は継続的にモニタリングを行い,早期発見・早期治療につなげることが重要である.せん妄のモニタリングツールとしてConfusion Assessment Method for the Intensive Care Unit(CAM-ICU)21)やIntensive Care Delirium Screening Checklist(ICDSC)22)がある.
② ICU acquired weakness(ICU獲得性筋力低下:ICU-AW)ICU-AWは,「原因が明らかでない重症ICU患者に生じる全身的な筋力低下と定義される」23).ICU-AW診断基準(表2)24)にて診断され,敗血症や多臓器不全患者,長期人工呼吸患者での発症率は約50%と報告されている25).ICU-AWの発症により人工呼吸器からの離脱の遅延,死亡率の増加,長期間の身体機能低下,健康関連QOLの低下など短期・長期にわたる転帰に影響を及ぼす26,27).食道がん周術期に術後合併症を生じた患者においてもICU-AW発症のリスクは高いため,多職種医療チームによりABCDEバンドル(表3)28)に基づいたアプローチを行い,その予防に努める必要がある.
1.critical illness発症後に進行した筋力低下 |
2.筋力低下はびまん性(近位・遠位筋ともに),左右対称性,弛緩性,脳神経領域は正常 |
3.24時間以上の間隔をあけて2回以上行ったMedical Research Council(MRC)スコア(筋力評価)両側の肩関節外転,肘関節屈曲,手関節伸展,股関節屈曲,膝関節伸展,足関節背屈の計12筋の合計が60点の満点で48点未満,または検査可能な筋の平均MRCスコアが4点未満である |
4.人工呼吸器に依存している |
5.背景にある重要疾患と関連しない筋力低下の原因が排除されている |
(1,2,5および3か4のいずれかを満たす) |
A:Awaken the Patient Daily: Sedation Cessation |
(毎日の鎮静覚醒トライアル=SAT:自発覚醒トライアル) |
B:Breathing: Daily Interruptions of Mechanical Ventilation |
(毎日の呼吸器離脱トライアル=SBT:自発呼吸トライアル) |
C:Coordination: Daily Awakening and Daily Breathing |
(A+Bの毎日実践) |
Choice of Sedation or Analgesic Exposure |
(適切な鎮静・鎮痛薬の選択) |
D:Delirium Monitoring and Management |
(せん妄評価とマネジメント) |
E:Early Mobility and Exercise |
(段階的早期離床と運動) |
術後の安静は,手術侵襲により障害された臓器機能の回復に利用される代謝資源の節約,筋酸素消費量の減少による障害臓器への酸素運搬量の増大など術後の治癒のために必要である.しかし,過度な安静は,身体機能や呼吸機能を低下させるだけでなく,腸管運動の低下,せん妄の発症,深部静脈血栓症の発症などさまざまな術後合併症の要因となり,患者の状態をさらに重症化させるため,できるだけ早期に離床を開始する必要がある.術後早期には,術中・術後に生じたトラブルが潜在化している可能性があるため,多職種医療チームによるアセスメントにより患者の全身状態を把握し,離床の可否を検討する.安静時の呼吸・循環動態が安定していれば離床を開始するが,高度な循環動態の変動,全身衰弱,出血,コントロール不良な嘔気・疼痛,不穏・せん妄による姿勢保持が困難な場合は離床の中止を検討する必要がある29).
早期離床の際に嘔気や疼痛などの症状がある場合には,鎮痛剤等を用いて症状コントロールを行ったうえで離床を開始する.ラインやドレーン類の事故抜去が起こらないように挿入部位や固定状況を確認し,必要に応じて点滴台や歩行器に固定し整理する.また,呼吸・循環動態などのバイタルサイン,目眩・ふらつきなどの自覚症状,ドレーン排液量・性状などを確認しながら離床を進める.当院では,術翌日に患者のベッドサイドにて多職種医療チームでミニカンファレンスを行い,人工呼吸器抜管時期の検討,術後の呼吸・循環動態の管理,疼痛・嘔気などの症状コントロール,リスク管理に関する情報共有を行ったうえで早期離床を実施している.ICUでは呼吸訓練(体位交換,呼吸・排痰介助,腹式呼吸,インセンティブスパイロメータ),ベッド上エクササイズ(関節可動域訓練,筋力トレーニング)および早期離床(端座位,立位,歩行)を実施し,ICU退室後も退院までリハビリテーション治療を継続している.
3) 周術期における多職種医療チーム・アプローチ周術期のリハビリテーション治療を安全かつ効果的に実施するためには多職種医療チームによる周術期管理が重要となる.周術期管理の概念として,ERAS(Enhanced Recovery After Surgery:術後回復強化プログラム)がある(Fast-track surgeryとよばれることもある)30).これは各専門職によるエビデンスに基づいた集学的治療プログラムであり,図2に示す要素から構成されている.その目的は,手術侵襲の影響を最小化するために術後早期回復を図るとともに,臓器障害や術後合併症を減少させ,入院期間の短縮を達成することである30).食道がん周術期におけるERASの効果に関する報告では,モニター管理下での術後輸液療法,疼痛管理,早期経腸栄養・早期経口摂取を行うことにより,術翌日からの積極的な離床が可能となり,術後早期の自立歩行の獲得,術後合併症の予防につながったとしている31).当院においても,食道がん周術期において多職種医療チームによる早期リハビリテーション治療を行うことによりPPCsを抑制できたことを報告している32).したがって,周術期において安全かつ効果的な早期離床を進めるためには,ERASのような多職種医療チームによる周術期管理が有用である.
ERASプログラム構成要素(文献30より引用改変)
ERAS: Enhanced Recovery After Surgery
食道がん外科術のリハビリテーション治療を中心に,がん領域におけるリハビリテーション医療のエビデンスに基づいたアプローチについて概説した.外科術や化学療法,放射線療法などがん治療中・治療後のリハビリテーション医療の必要性については広く認識されてきており,エビデンスも徐々に構築されつつある.しかしながら,『第3期がん対策推進基本計画』33)にて対策が重要とされている「小児がん,AYA世代(Adolescent and Young Adult:思春期と若年成人高齢者)のがん,高齢者者のがん」,「緩和ケア」,「がん患者の就労を含めた社会的な問題」等に対するリハビリテーション医療については十分にサポートできておらず,エビデンスも不足している.今後は,これらの領域においてリハビリテーション医療の充実を図り,エビデンスを構築していくことが課題である.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.