慢性閉塞性肺疾患(COPD)は主症状である咳嗽や喀痰,息切れといった症状が非特異的であり,かつ緩徐な進行を示すことから,症状が加齢や疲労,感冒症状の遷延と誤認されやすい.さらに一般社会における認知度が低いため,鑑別診断として想起されにくいことから早期に診断されていない患者が多いことが推定されている.しかしCOPDが適切な管理をされずにいると,呼吸機能の低下,身体活動性の低下,さらには増悪による呼吸不全や全身性の合併症の併発といった様々な問題を生じることとなる.急速な高齢化が進む我が国において,COPDを早期に発見し,適切な治療につなげていくかは重要であり,更には呼吸機能だけではなく全身性の併存症にも着目して治療を検討していくことが求められる.COPD診断と治療のためのガイドラインの管理目標にある,運動耐容能と身体活動性の向上および維持を達成することは,高齢者が元気で長生きしていくために重要な要素である.
我が国は世界でも有数の長寿国であることは広く知られているが,その間に心身ともに自立し,健康的に生活できる期間とされる「健康寿命」は,男女とも平均寿命と比較すると約10年程度短いとされている.誰もが健康で長生きしたいと望んではいるものの,実際はそうなっていない現実がある.高齢者がいかに元気で長生きをしていけるかは,認知機能や身体活動性を高く保つことができるかどうかという点にかかっているだろう.
本稿でテーマとする慢性閉塞性肺疾患(COPD)は,世界において死亡原因の第3位(2016年),我が国においては第10位(2015年)に位置している1,2).我が国におけるCOPDの患者数は2014年の統計で約26万人程度と,高血圧症糖尿病や脂質異常症といった他の生活習慣病と比較して健康に対する影響はそれほど多くないように見える3).我が国におけるCOPDの疫学は,2004年に発表されたNICE Studyが最も有名であるが,本研究によると40歳以上の約8%程度がCOPDに罹患していると示され,推定患者数は500万人以上と推計された4).その後当教室における山形高畠研究,九州久山研究からほぼ同様の頻度で呼吸機能障害を有する集団がいることが再現性をもって示されている(図1)5,6).COPDは40歳以上の一般住民に相当数存在しているものの,そのほとんどが診断や治療を受けていない状況であることは確実と考えられている. COPDの診療における問題点は,一般社会における認知度が低いため,本疾患を想起されにくい点が挙げられる.またCOPD患者にみられる息切れや咳嗽,喀痰といった症状が非特異的であり,かつ病状の進行が緩やかであるため,その症状が発見しづらく,加齢のため,疲労のため,風邪が長引いているためなどと誤認されやすい点,増悪によって急速な進行を示すことがある点,そして全身性に様々な併存症を引き起こすという点がある.幸いなことに我が国におけるCOPD患者は比較的長期間の生存が可能となっており,その平均寿命は80歳を超えている.すなわち現在我が国におけるCOPD患者は高齢者が多くなっており,高齢者のCOPD患者がいかに呼吸不全や身体活動性の低下,併存症の悪化といった問題を起こさずに生活できるかということが目標となるだろう.
2018年に発表された「COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン第5版」において,慢性安定期の治療指針が示されているが,閉塞性障害の程度(FEV1の低下)による病期に加え,息切れなどの症状や増悪の頻度を加味した重症度を総合的に判断したうえで治療法を段階的に増強していくとある7).従来の報告ではCOPD患者の呼吸機能の経年的な低下が示されているが,GOLDII期,すなわち中等症の段階で急速に呼吸機能が低下していくことが示されている8).また治療薬の効果を検証するなどの多くの大規模臨床試験は,GOLDII期以上の患者を対象としていることから,GOLDI期など呼吸機能の低下が軽度の患者に対する治療介入を行うべきかどうかは議論があった.当教室における一般住民を対象とした疫学研究で,呼吸機能の経年的な変化を検証した.初回の呼吸機能検査でGOLDI期相当の軽度の呼吸機能低下を示していた健診受診者で,喫煙を継続していた受診者の呼吸機能が最も急速な経年的低下をきたしたという結果を得た(図2)9).このことから呼吸機能の低下は従来考えられていたよりもより早期に起こってくることが示唆された.本知見を支持する結果として,ZhouらによるTie-COPD studyが挙げられる10).GOLDI期からII期の呼吸機能低下が軽症から中等症の患者を対象に,長時間作用性の抗コリン薬による治療介入を行ったところ,2年間にわたり呼吸機能の低下が抑制された.その後薬物介入を終了し,3年間の経過観察を行ったところ治療効果は消失し,無治療群と呼吸機能は同等にまで低下した11).これらの結果から,呼吸機能低下が軽度のCOPD患者に対する治療介入の有効性および治療継続の必要性が示唆された.高血圧症や糖尿病,脂質異常症といった生活習慣病に対し,疾患の早期発見,早期治療が重要であることは疑いがないだろう.COPDは「肺の生活習慣病」として考えることができ,他の生活習慣病と同様に早期発見,早期治療が必要な疾患であると言うことができる.
初回呼吸機能検査結果別の経年変化(文献9より作図)
山形(高畠)研究において,初回の呼吸機能検査結果が正常,軽度低下(COPD GOLD I相当),中等度低下(COPD GOLD II相当)だった受診者の呼吸機能経年変化.非喫煙者(白)と比較して,喫煙継続者(黒)の呼吸機能経年変化は初回呼吸機能検査で軽度低下の群で最も大きい.
COPDの薬物治療の主軸は長時間作用性気管支拡張薬の定期吸入である.現在様々な薬効,様々な吸入デバイスが開発され,処方医にとっては選択肢が増えることとなっているが,患者にとってはその使用方法が大きな問題となる.すなわち内服薬のように口に入れて水で飲みこむという,多くの患者にとって慣れ親しんだ方法ではなく,吸入剤には薬剤の準備から吸入という行為,うがいなどの手順が必要となる.そうした動作はデバイスによっての違いや,デバイスの一見複雑な構造から困難な場合がある.特にCOPD患者の多くは高齢者であることから,視力や聴力の低下,手先の巧緻性の低下,認知機能の低下により吸入デバイスを正しく操作できず,結果十分な薬効を得られないという問題が生じる可能性がある.十分な薬物治療を行っているにも関わらず,期待された治療効果が得られていないと考えた際は,さらなる治療の強化の前に吸入手技に問題があることを想起することは重要である.医師が多忙であるために処方をしても十分な指導ができなかったり,指導に充てる時間が取れなかったりするために処方をためらうケースも想定されるが,その際は薬剤師などメディカルスタッフと連携し,吸入手技の確認や正しい手技の指導を行うべきである12).当院の調査データでは高齢者ほど吸入手技の評価が悪くなるということが示されていることから,高齢になってから新規に吸入療法を導入することは困難となると考えられる13).より若年のうちに吸入療法の手技を身に着けて頂くことも重要であろう.
近年の研究により,COPDは単なる呼吸器疾患という位置づけではなく,喫煙をはじめとした有害物質の吸引により肺局所ならびに全身に炎症が起こる全身性疾患として位置付けられている.そのため呼吸機能の低下以外にも,高血圧や心不全,虚血性心疾患などの循環器疾患や,糖尿病,骨粗鬆症や精神疾患など様々な併存症が問題となる.COPD患者の死亡原因は,増悪をはじめとした呼吸器系の疾患が最も多いが,海外の報告では呼吸器疾患に次いで循環器系疾患による死亡が多いと報告されている14).しかし我が国の報告ではCOPD患者の死亡原因に循環器系の疾患はそれほど多くないという報告がなされている15).しかし我々が行った疫学研究である山形(高畠)研究では,一般住民において呼吸機能の低下がある集団は,総死亡のリスクが上昇するが,それ以外に呼吸器疾患による死亡が増加すること,さらには循環器系の疾患による死亡が増加することを示している.特に心筋梗塞による死亡は呼吸機能が低下している集団では6.70倍にリスクが増加していることを示した(図3)16).このことはCOPDのような呼吸機能が低下する疾患に対し適切な治療介入を行わないと,呼吸機能の低下が他疾患の大きなリスクとなりうることを示唆している.また当教室で行われた臨床研究を紹介するが,慢性安定期COPD患者において,冠動脈狭窄の指標の一つである冠動脈石灰化を心臓CTにより評価を行ったところ,胸痛などの狭心症を想起する症状を訴えていない患者を対象としたにも関わらず冠動脈の石灰化を認める例があり,それらの症例は石灰化を認めない症例と比較して有意に動脈血酸素分圧が低値であるという結果が得られた17).このことは低酸素による慢性的な炎症が動脈硬化と関連していることを示唆している.さらに慢性安定期のCOPD患者において,運動耐容能を反映する6分間歩行試験を行ったところ,その歩行距離は呼吸機能とも相関はしていたが,最も強い相関性を示したのは心臓CTによって測定された左心室の拍出量であることが明らかとなった(図4)18).本結果を支持する知見として,慢性安定期のCOPD患者に対し長時間作用性抗コリン薬とβ2刺激薬の合剤を吸入することにより呼吸機能だけではなく心機能(左右心室の拍出量)を改善させることを示した19).これらの結果はCOPD患者には潜在的にも循環器疾患を合併する可能性があり,心機能がCOPD患者の運動耐容能に大きな影響を与えることを示唆している.COPDの長期予後を検証した研究では,予後を最も規定するのは呼吸機能ではなく身体活動性や6分間歩行距離といった運動耐容能と報告されており,COPDの長期管理においては呼吸機能も重要であるが,それ以上に心機能,運動耐容能に対する対策を講じる必要があるだろう.
気流閉塞を有することによる死亡リスク(文献16より作図)
呼吸機能の低下により全死因,呼吸不全死,肺癌死のリスクは上昇するが,心血管疾患や心筋梗塞死のリスクも上昇する.
6分間歩行距離の短縮を規定する因子における多変量解析(文献18より作図)
6分間歩行距離が短縮するリスクにおける多変量解析.呼吸機能(一秒量,予備吸気量)と独立して,左心室の拍出量が独立したリスクである.
我が国の健康政策である健康日本21において,COPDに対する目標としては「疾患認知度の向上」が挙げられ,2022年までに一般の方への認知度を80%まで向上させるとされている.しかし現在の認知度はまだ30%程度とされており,その道のりは遠いと言わざるを得ない20).我々呼吸器専門医をはじめとした医療従事者はCOPDの一般社会への認知度向上,未診断患者の発掘において努力をすべきであろう.COPDは早期から呼吸機能の低下が起こる危険性があり,高齢になってからでは吸入療法のように手技に習熟を必要とする治療ができなくなってしまう可能性がある.疾患が進行すれば身体活動性が低下しQOLや生命予後を悪化させる.疾患の経過においては呼吸機能だけではなく心機能を含めた全身の管理が重要である.我が国では今後ますます高齢者の比率が高まっていく中,高齢者が元気に長生きをできるようCOPDへの啓発と,早期発見,早期治療が重要である.
井上純人;講演料(アストラゼネカ,ノバルティスファーマ)