2022 年 31 巻 1 号 p. 70-74
慢性呼吸器疾患患者には高齢者が多く,原疾患の悪化に加齢による身体機能低下が加わり徐々に活動性が低下する.医療依存度が高くなるにもかかわらず在宅で過ごす時間が増えるため,慢性呼吸器疾患患者がその人らしく過ごすためには在宅での呼吸ケア・リハビリテーションの継続が重要となってくる.訪問リハビリテーションは患者の生活を把握し個別に対応することが可能であるため,進行性に身体機能が低下する高齢の慢性呼吸器疾患患者にこそ必要である.しかし実際に訪問リハビリテーションに関わってみると,在宅での呼吸リハビリテーションは十分に普及しているとはいえない.患者だけでなく多職種の医療介護従事者に対しても在宅での呼吸リハビリテーションの認知度を高め,関与する職種ごとに充分な知識や技術の底上げを行い,相互に連携をとることが重要である.
慢性呼吸器疾患患者は高齢化に伴い原疾患の進行や併存疾患の増加,加齢に伴う諸症状と向き合いながら在宅生活を送っている.呼吸困難の進行やサルコペニア,フレイルによる活動性の低下,さらに在宅酸素療法(HOT)の導入などによる外出機会の減少などはさらに生活に制限をもたらす.医療機器を使用しながら在宅で過ごす高齢かつ重症の慢性呼吸器疾患患者は今後増加すると予想されるが,患者がその人らしい生活を送るためには地域包括ケアシステムの中で呼吸ケア・リハビリテーションを継続していくことが重要となる.
呼吸リハビリテーション(以下呼吸リハ)は健康状態の回復・維持および社会における自立支援を目指して生涯にわたり継続して行われるものである1).その中で訪問リハビリテーション(以下訪問リハ)は維持期から終末期の関わりが主となり,内容としてはリハビリテーションの導入や日常生活動作(ADL)等の指導,維持向上に向けた運動療法中心のプログラムから終末期の緩和ケアと多岐にわたる.訪問リハは通院が困難な者が対象であり,訪問で呼吸リハを行う慢性呼吸器疾患患者は中等度から重度の呼吸困難に伴う活動制限を有することが多い.セルフマネジメントが困難な高齢重症患者においても訪問リハでは実生活に即した練習や環境調整が行えるため,身体機能維持のみでなく,自覚症状の軽減や活動性の向上が期待できる.しかし,地域や医療機関等により関わり方は様々で,在宅呼吸ケア白書によれば,2010年の呼吸リハの実施率は63%で,介護保険での訪問リハの実施率は11%に過ぎなかった2).これは慢性呼吸器疾患患者が呼吸リハを在宅で行うには様々な問題があることを示唆している.中田は地域で最期までその人らしく過ごせることをテーマとする呼吸リハの体制整備の必要性を強調している3).本稿では当院の訪問リハの現状と課題を,症例を提示し概説する.
当院は呼吸器内科・内科のクリニックで,2015年から訪問リハのみを行っている.当院で訪問リハを実施した57例のうち,呼吸リハは65%を占め,そのうち67.6%は慢性呼吸器疾患であった.慢性呼吸器疾患患者は訪問リハ開始時,平均年齢75.2±10.13歳と高齢で,息切れスケールでmMRC3が40%,mMRC4が60%と活動制限の強い患者が多かった.そして64%がHOTや非侵襲的陽圧換気(NPPV)などの医療機器を使用していた(図1).介護度別にみると,介護申請なしと要介護2以下が全体の約80%を占めていた(図2).入院中などにリハビリテーションを行った経験がある患者は数名に限られ,ほとんどの患者には呼吸リハの経験はなかった.「介護保険による訪問リハ開始の依頼が誰からもたらされたか」を検討すると,呼吸リハ以外では80%がケアマネジャーからの相談であったのに対して,慢性呼吸器疾患の呼吸リハではケアマネジャーからの相談は32.3%に過ぎず,48%が主治医を含む当院職員から,20%が本人や家族からの相談であった(図3).
訪問リハビリテーション開始時に患者が使用していた使用機器の内訳
訪問リハビリテーション開始時の患者の介護度の内訳
訪問リハビリテーションの紹介元の内訳
症例1)81歳男性.慢性閉塞性肺疾患(COPD),要支援2.訪問リハ以外の介護サービス利用はなく,主治医の勧めで訪問リハが開始された.16年前からHOTを導入されており,増悪を繰り返し,頻回の通院をしながら在宅での生活を継続していた.ADLはほぼ自立しているが屋内と庭を歩く程度と活動性は低下しており,「もう少し楽に歩けるようになりたい」という希望があった.過去にリハビリテーションの経験はなく,本人なりに努力している姿勢が伺えたものの,セルフマネジメントの情報が不足しており,状態に合った対策が行えていないことが問題であった.そのため,バイタルサインや息切れの程度などを数値で具体的に示し,同じ動作でも呼吸法や動作方法で違いがあることを一緒に確認しながらリハビリテーションを行った.これにより本人が身体の状況を把握して変化を感じることが可能となり,行動変容につながった.リハビリテーションの内容はコンディショニングとセルフマネジメント指導中心から運動療法中心に移行し,筋力,持久力の向上を図った.歩数計と日誌を使用したことにより,当初は700歩程度だった活動量が平均1,500歩と向上し,「歩かないと調子が悪い」と言うほど散歩が習慣化された.また,生活状況と増悪の関係を妻も交えて振り返ることにより増悪時の共通点に気づき,それに対する注意点や対策が共有された.その後徐々に病状が進行し訪問リハ開始から4年経過した時点で夜間のNPPVが併用となった.現在リハビリテーション開始から6年経過しているが,体力や筋力の低下を自覚しながらも散歩や庭の手入れなどを無理のないペースで行うなど,活動性は維持されている.定期外の受診は訪問リハ開始後から減少し,現在もこれを維持している.病状の変化については「わからないことが一番怖い」と話されており,医療側からの情報提供や多職種でのサポート,そして家族間での話し合いが今後必要と考えられる.
症例2)88歳男性.COPD,胃癌,大腸癌,認知症ほか,要介護1.HOTおよび夜間のAdaptive Servo ventilation(ASV)を導入されていた.デイサービスを利用し,主介護者は87歳の妻であった.通院先の職員の勧めで訪問リハが開始となった.ほぼ同時期に癌の診断がなされ,本人および家族からは積極的な検査や治療は行わない意向が示された.認知症はあったが意思の疎通は図れ「庭を少しでも歩きたい」という希望があった.呼吸困難のため日中のトイレ動作以外は椅子からほぼ動かない生活を送っていた.会話や少しの動作でも呼吸困難やSpO2値の著明な低下が認められたが,それ以外の身体機能は比較的保たれていた.そのためリハビリテーションではコンディショニングや妻も交えた動作練習を行い,負担の少ない方法で呼吸困難を軽減できるように調整を図った.デイサービスの利用は心身ともに有用であったが内容的に過負荷となっている点があった.そこで酸素吸入量の調整やリスク管理,介護方法,福祉用具の使用などを主治医や介護系スタッフなどと連携して改善した.その結果,呼吸困難は軽減し,リハビリテーションの場面以外でもシルバーカーを利用して妻と庭の散歩を短時間行うことが可能となった.その後,脳転移による右麻痺が出現し,リハビリテーション開始から3ヶ月後に意識レベルの低下と右麻痺による介護量の増大があり,家族の希望にて入院し約10日後に永眠された.
症例3)88歳男性.COPD,慢性心不全ほか,要介護1.HOTが導入されていた.日中は独居でサービスは福祉用具の貸与のみであった.頑固な性格で他者の意見を聞き入れにくいとの事前情報があった.急性増悪と心不全で数回の入院歴があり入院中にはリハビリテーションの経験があった.今回退院数日後にケアマネジャーからADLが低下していると急遽相談があり,退院後2週でリハビリテーションが開始された.「退院した時よりは少し動けるけれど,もう少し楽に動けるようになりたい.また畑作業をやりたい.」との希望があった.初回訪問時,酸素は使用しておらず安静時SpO2値は90%,トイレ歩行では80%まで低下し努力性呼吸で喘鳴とチアノーゼが認められた.さらに退院時にはみられなかった両下肢の浮腫が出現していた.屋内では押し車を使用し,不安定ながらもセルフケアは自立していた.日中は居間でほぼ座って過ごし,外出は通院のみであった.HOTは終日使用の指示であったが「チューブがあると動きにくい」という理由で,入浴時と通院時しか使用していなかった.そこでまず負担軽減のため酸素療法が適切にできることを目的にHOT指導,コンディショニング,ADL指導を開始した.酸素吸入中もどのようにすれば動きやすいか,動線の確認と動作の実践を一緒に行った.さらに酸素を吸入した時としない時とで身体の負担がどの程度異なるかを体験してもらった.翌週になると自主的に酸素を使用するようになり,呼吸法などの指導内容を生活に取り入れるなど,短期間で行動変容がみられた.その後,活動性はリハビリテーション開始時と変化がないものの自覚症状は軽減し,リハビリテーションに興味を示しパルスオキシメーターの購入希望が出るまでになった.心不全症状は徐々に進行していたが,将来については「家族に迷惑はかけたくない」「できるだけ家で我慢して,どうしてもダメになったら入院させてもらうしかないかな」と話されていた.それまで入退院を繰り返しながらも何とか生活できていたため,ご本人や家族は終末期にどのように過ごしたいかを周囲と話し合う機会をもてなかった.心不全は徐々に悪化,訪問看護の介入を勧めていたが受け入れられず,6回目の訪問時に明らかな増悪を認めたため受診を勧め入院,約20日後に永眠された.
呼吸リハは導入から終末期まで多職種でシームレスに行うことが理想的であるが1),現実には難しい.少なくとも当院での経験からは,提示した3症例を含め多くの症例において「より早い段階からの介入が必要であった」と感じている.慢性呼吸器疾患の訪問リハの依頼は,呼吸リハ以外の依頼と異なりケアマネジャーからの相談が少なかった.呼吸リハという言葉は医療機関やケアマネジャーの認知度が低く,「どのような患者に勧めたらよいかわからない」という言葉を聞くことも多い.慢性呼吸器疾患患者においては呼吸困難が増強すると,意識的あるいは無意識に活動制限をかけて結果としてADLを縮小していくことが多い.そのため一見セルフケア動作は行えており,脳血管障害や運動器疾患などによる身体機能の低下が明らかな場合と比較するとリハビリテーションの必要性が目立ちにくいという特徴がある.また患者や家族の多くは「リハビリテーションは入院や通院など医療機関で行うもの」と考えており,「自宅で継続する」という考え方に乏しい.そのため本来であれば増悪や機器の導入,教育目的での入院は介護サービスの変更・追加の機会となりやすいが,実際には「家に帰って生活が落ち着いてから考えたい」という患者の意向などから退院直後からの介入が見送られ,その後かなり身体機能が低下した状態になってから相談が始まることが多い.著者らが経験した患者の中にもリハビリテーション介入の数か月後には「もっと早くからやっておきたかった」と話すケースも多い.さらにCOPD患者の背景として,サルコペニアの有病率が高いこと4)や,高次脳機能障害についての報告もあり注意が必要である5,6).高齢の慢性呼吸器疾患が呼吸リハ開始のタイミングを逸し重症化してしまうことがないように,多職種がシームレスに継続して患者と家族に関わり,早期のリハビリテーションを促すことが必要である.具体的には,退院するにあたって医療機関側は患者と家族さらにはケアマネジャーに対して,退院後の生活に踏み込んだ視点から必要なサービスを提案し医療情報を提供することが必要である.同時に,ケアマネジャーを含めた在宅サービス側はそのサービスを提供するための知識や技術を底上げすることが必要である.また患者と家族に対して呼吸リハを啓発することは重要な課題であるが,医療介護従事者の呼吸リハに対する認知と理解も向上させる必要がある.このような体制作りが重要となる一方で,患者の背景には症例2,3に示すようないわゆる老々介護や独居,日中独居などが多くみられ,介護度が低いことや金銭面の問題から多職種介入が困難となっているという現実も無視することはできない.
慢性呼吸器疾患患者が呼吸リハを行う場は,呼吸リハを専門的に行う医療機関や通所サービスを利用しない限り,ほとんどが入院中である.急性増悪での入院リハビリテーションでは在宅生活の情報も乏しいことが多く,また短期間での退院が求められるため患者の生活に即した指導を多職種が関わって行うことは難しい.特に高齢の慢性呼吸器疾患患者に理学療法士が介入する場合は患者自身の体力や理解力の問題に加え,理学療法士が関わることのできる時間の制約がある.そのため早期から介入することができても離床を進めトイレまでの移動動作の獲得までつなげるのが精一杯ということが多い.一方,在宅での呼吸リハに目を向けてみると,実施上のリスクを含む詳細な病状やInformed Consent(IC)内容といった医療情報に不明点が多く,適切な対応が難しいという問題がある.退院前に訪問リハが計画されている場合を除き,カンファレンスへの参加などの情報収集は難しい.近年連携ツールとして情報通信技術の利用も普及してきているが,各事業所や職種により連携や情報通信技術利用についての考え方も異なることが多く,情報共有の難しさを感じている.
病状が徐々に進行し終末期に向かう中で患者や家族と接していると,この先起こりうる症状や予想される経過,治療の具体的な選択等について十分な説明を受けていない,あるいは説明は受けたものの理解できていない,と感じることが多い.そのため患者は今後に向けて意思決定が必要となるという認識をもてず漠然とした不安を抱えている.具体的には症例1のように「今はまだ具体的に考えたくない」と思ったり,症例3のように「今後も入退院を繰り返すしかない」と考えたりしている.患者が本当に希望する訪問での呼吸リハを提供するためには,「アドバンス・ケア・プランニング(以下ACP)」を含む患者の情報を介入する多職種が共有することが必要である.
高齢の慢性呼吸器疾患患者には多くの合併症や認知機能の低下があり,自覚症状に乏しいなどといった配慮すべき点がある.主病名が運動器や脳血管系の疾患で運動目的のリハビリテーションが依頼された場合でも,慢性呼吸器疾患が併存している可能性があることを見逃してはならない.患者と家族の意向に沿い,安全で効果的な在宅での呼吸リハを行うためには,単にマニュアルに沿った内容を実践するだけではなく,患者の現状を把握し先々も考慮しながら適切な練習内容の選択を行うといったアセスメント能力,リスク管理能力,そして柔軟性が必要となる.さらに在宅で医療依存度の高い患者と接する機会も増えており医療機器も含めた様々な知識をアップデートさせていくことも必須となる.また他職種と共有すべき情報の選択や共有のタイミングを判断できることも重要である.訪問リハに携わる理学療法士は増加傾向であるが,呼吸リハの経験はなく,指導環境もないまま在宅の現場に出ることも目にする.訪問の現場では他の理学療法士が同席することは少ないため指導を受ける機会が乏しく,また口頭報告のみでは指導を行いにくいという問題がある.呼吸リハに苦手意識をもっている理学療法士も興味を持てるような学習機会を提供し底上げを図ることは臨床的に重要であることは勿論のこと,結果として多職種の医療介護従事者に訪問での呼吸リハの認知を促す上でも重要である.
慢性呼吸器疾患患者は高齢化に伴って個別の複雑な背景を有している.訪問リハを行うにあたり直面する問題点について,在宅における呼吸リハ開始のタイミングが遅くなりがちなこと,ACPを含む患者の医療情報が多職種間で共有されにくいこと,そして訪問リハを行う理学療法士のスキルアップを行う機会が少ないこと,に着目し自験例を挙げて概説した.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.