日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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原著
急性期肺炎患者における病棟自立歩行を判定するためのSPPBの有用性
今岡 泰憲 山本 桃子片岡 みさき岩田 悠暉守川 恵助武村 裕之畑地 治
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2023 年 31 巻 3 号 p. 359-363

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要旨

【目的】急性期肺炎患者を対象にshort physical performance battery(以下,SPPB)で病棟の自立歩行が可能か不可能かを判定できるか検証しカットオフ値を算出すること.

【方法】肺炎患者143名(平均中央値:85歳)を対象に病棟の自立歩行とSPPBが関連するかロジスティック回帰分析で検証し,receiver operating characteristic曲線によりカットオフ値を算出した.

【結果】SPPB(OR: 1.30,95%信頼区間:1.08-1.58,P=0.005)は,病棟の自立歩行と関連していることが明らかとなった.カットオフ値は7.5点(7/8点間),曲線下面積0.863,感度79.5%,特異度76.8%であった.

【結論】急性期肺炎患者における病棟の自立歩行を判定する指標としてSPPBが有用であることが示唆された.

緒言

急性期肺炎患者においては,可及的速やかに病棟歩行を自立させることが重要である.多くの肺炎患者は高齢であり,入院中の安静臥床によって二次的障害が生じやすい.また治療中は,肺炎自体の症状や治療に必要な点滴,モニター,酸素療法に必要な機器等により,活動が制限される場合がある.先行研究において,入院した高齢者の30%以上にactivities of daily living(以下,ADL)の低下が生じること1や,肺炎患者が入院前に過ごしていた環境に戻ることが困難になる2等の入院によって生じる多くのリスクが報告されている.そのため理学療法士,作業療法士は,安静による影響を最小限にするために,可及的速やかに病棟歩行を自立させ身体活動量を向上させる必要がある.

急性期肺炎患者を対象とした病棟の自立歩行が可能か不可能かを判定する客観的な基準はない.脳血管疾患領域において,自立歩行に関連する身体機能評価として,下肢筋力3,バランス4,5,歩行速度5が報告されている.また,急性期内科疾患患者において,自立歩行の予測因子として,straight leg raising(SLR)の反復回数,片足立位時間,mini mental state examination(MMSE)スコア6が報告されているが,急性期肺炎患者のみを対象にした報告はない.そのため,多くの臨床現場では主観的な歩行観察によって病棟の自立歩行が可能か不可能かを判定している.しかし,客観的な判断基準を用いない歩行観察は,評価としての信頼性と妥当性が低い.また,医療者間で意見の相違が生じた場合,判定が難しくなる等の問題がある.そのため肺炎患者を対象とした病棟の自立歩行が可能か不可能かを判定する客観的な基準が必要である.

Short physical performance battery(以下,SPPB)7は下肢機能を評価するための有用なツールであり,呼吸器疾患領域において広く使用されている8.また,SPPBは身体機能の評価や介入効果の判定だけではなく,予後9や転倒リスク10を把握するための評価としても有用である.そこで我々は,急性期肺炎患者において病棟の自立歩行が可能か不可能かをSPPBで判定できるのではないかと仮説を立てた.SPPBを使用した客観的な判定基準があれば,急性期肺炎患者は,より高い信頼性・妥当性に基づいて病棟の自立歩行が可能か不可能かを判定することが可能となる.そのため本研究の目的は,急性期肺炎患者においてSPPBで病棟の自立歩行が可能か不可能かを判定できるか検証しカットオフ値を算出することとした.

対象と方法

本研究は横断研究である.倫理的配慮については,松阪市民病院倫理委員会の承認(承認番号J-112-210108-3-2)を受け,個人情報の取り扱いに十分配慮して実施した.インフォームドコンセントはオプトアウト方式で取得した.対象は,2019年2月から2020年8月までに肺炎で松阪市民病院に入院した患者である.除外基準は,①既に研究に参加している再入院患者,②研究参加に同意しない,またはリハビリテーションを拒否した患者,③リハビリテーション介入に支障をきたす重篤な状態の患者,死亡退院した患者とした.

調査項目

調査項目は,カルテ情報や問診,評価情報を作業療法士が抽出した.本研究で使用したリハビリテーション評価[病棟自立歩行,SPPB,functional independence measure(以下,FIM),six-item screener]は,4名の作業療法士によりなされ,データベースに記録されたデータを使用し,解析が行われた.リハビリテーション評価は,離床が可能(ベッドから20分間離れることが可能)になった時点に実施した.

1) 患者背景

患者背景は,カルテ情報から,年齢,性別,body mass index(以下,BMI),入院から評価までの日数,A-DROP11,white blood cell(以下,WBC),C-reactive protein(以下,CRP),hemoglobin(以下,Hb),albumin(以下,Alb),脳血管疾患・呼吸器疾患・循環器疾患・運動器疾患の既往の有無を調査した.

2) 病棟の自立歩行

病棟で自立歩行が可能な状態については,FIMの移動項目が6点以上(歩行補助具を使用すれば 50 m以上移動できる)と定義した.一方,病棟で自立歩行が不可能な状態は,FIMの移動性項目が6点未満と定義した.分析は病棟の自立歩行が可能か不可能かを2値変数に変換して行った.

3) SPPB

SPPBは,バランステスト,歩行速度テスト,起立着座動作テストの3つの検査で構成されている.バランステストは,閉脚立位,セミタンデム立位,タンデム立位の保持時間を計測するものである.歩行速度テストは,4 mの快適歩行速度を測定した.起立着座動作テストは,最大努力下で5回の起立着座動作に要する時間を計測した.各検査は0-4点,合計0-12点で得点化し,点数が高いほど良好な身体機能であることを意味している.所要時間は10分程度であり,簡便に歩行能力を評価できる.尚,本研究において,端座位保持が困難な症例は便宜的にSPPBを0点と採点した.

4) FIM

FIM12はADLの介助量を測定することができる.13の運動項目と5つの認知項目からなり,合計点は18-126点である.点数が高いほど,ADLにおける自立度が高いことを意味している.

5) Six-item screener13

Six-item screenerは認知機能の評価である.six-item screenerは6項目の質問で構成されており,0-6点の範囲で得点化される.より高い点数で認知機能が良好であることを示している.評価基準としては,4点以下を認知機能障害のカットオフとして使用することができる.

統計解析

統計解析は,まず自立歩行可能群と自立歩行不可能群で患者背景を比較した.調査項目の正規性の確認には,Shapiro-Wilk検定を用いた.次に,強制投入法を用いたロジスティック回帰分析を実施した.目的変数は病棟の自立歩行とした.説明変数はSPPBとし,交絡因子で調整したオッズ比及び95%信頼区間を算出した.交絡因子は,先行研究で歩行に関連があると報告されている,年齢14,ADL15(FIM),栄養16(BMI),認知機能15(six-item screener)とした.多重共線性は,Spearmanの順位相関係数を確認した.次に,receiver operating characteristic(以下,ROC)曲線で,曲線下面積(area under the curve:以下,AUC),カットオフ値,感度,特異度を算出した.カットオフ値は Youden indexを用いて設定した.データ解析にはR,version 4.0.3を用い,有意水準は5%とした.欠測値は多重代入法により補完した.

結果

調査期間中に肺炎で入院した患者は181名であった.そのうち38名が除外基準に該当した.内訳は,①既に研究に参加している再入院患者6名,②研究参加に同意しない,またはリハビリテーションを拒否した患者12名,③リハビリテーション介入に支障をきたす重篤な状態の患者,死亡退院した患者20名であった.そのため,143名の患者(年齢中央値:85歳)が最終的な解析対象となった.143名のうち6名はデータが欠損していたため,欠損値を多重代入法で補完した.

肺炎患者における病棟の自立歩行可能群と自立歩行不可能群の患者背景の比較を表1に示す.病棟の自立歩行可能群は44名,自立歩行不可能群は99名であった.性別と脳血管疾患・呼吸器疾患・循環器疾患・運動器疾患の既往の有無についてはχ2 検定を行った.その他の調査項目については,Shapiro-Wilk検定を行ったが,正規性はみられなかった.そのため,Mann-WhitneyのU検定を実施した.結果,自立歩行不可能群は自立歩行可能群に比べ,高齢でSPPB,FIM,six-item screener,BMIが低下しており,男性が多く,脳血管疾患の既往がある者が多かった.入院から評価までの日数,A-DROP,WBC,CRP,Hb,Alb,呼吸器疾患・循環器疾患・運動器疾患の既往の有無に有意差はなかった.

表1 肺炎患者における病棟の自立歩行可能群と不可能群の患者背景の比較
自立歩行可能群
n=44)
自立歩行不可能群
n=99)
P
年齢(歳)80(75,86)87(80,92)<0.001
性別(男性/女性:名)18/2660/330.009
入院から評価までの日数(日)3(2,5)3(2,5)0.977
FIM(点)111(106,115)35(24,88)<0.001
SPPB(点)10(8,11)1(0,7)<0.001
Six-item screener(点)5(4,5)2(0,4)<0.001
BMI(kg/m220.6(18.8,22.1)18.9(16.9,21.5)0.010
A-DROP(点)2(2,2)2(2,3)0.126
WBC(/μl)8,500(6,875,11,350)8,800(6,300,11,750)0.823
CRP(mg/dL)8(4,14)8(3,12)0.857
Hb(g/dL)11.75(10.85,12.93)11.60(10.45,12.85)0.252
Alb(g/dL)3.10(2.80,3.50)3.10(2.60,3.45)0.270
脳血管疾患既往の有無(名)3/4125/740.010
呼吸器疾患既往の有無(名)20/2445/440.579
循環器疾患既往の有無(名)19/2541/580.843
運動器疾患既往の有無(名)9/3516/830.533

Median(1st quartile, 3rd quartile)

FIM, functional independence measure; SPPB, short physical performance battery

BMI, body mass index; WBC, white blood cell; CRP, C-reactive protein; Hb, hemoglobin; Alb, albumin

ロジスティック回帰分析の結果を表2に示す.多重共線性については,FIMとSPPBの間に強い相関(ρ=0.862)がみられた.そのため,FIMを説明変数から除外した.結果,SPPB(OR: 1.30,95%信頼区間:1.08-1.58,P=0.005)とsix-item screener(OR: 1.95,95%信頼区間:1.29-2.95,P=0.001)が急性期肺炎患者における病棟の自立歩行に関連していた.ROC曲線分析の結果を図1に示す.急性期肺炎患者における病棟の自立歩行が可能か不可能かを判定するSPPBのカットオフ値は7.5点(7/8点間)で,AUCは0.863,感度79.5%,特異度76.8%であった.

表2 病棟自立歩行の判定に関するロジスティック回帰分析の結果
オッズ比95%信頼区間P
SPPB(点)1.301.08-1.580.005
年齢(歳)1.000.95-1.050.795
Six-item screener(点)1.951.29-2.950.001
BMI(kg/m21.010.88-1.160.839

SPPB, short physical performance battery; BMI, body mass index

図1

病棟自立歩行の判定に関するROC曲線分析の結果

考察

本研究の結果,SPPBは急性期肺炎患者における病棟の自立歩行に関連しており,病棟の自立歩行が可能か不可能かを判定するカットオフ値は7.5点(7/8点間)であることが明らかとなった.AUCと検査価値の関係は,AUCが0.5-0.7の範囲であれば検査価値は低く,0.7-0.9の範囲であれば中程度,0.9以上であれば検査価値が高いことを示している17.本研究におけるSPPBのAUCは0.863であるため,急性期肺炎患者における病棟の自立歩行を判定する指標として中程度の価値を有していることが示唆された.次に,SPPBのカットオフ値7.5点(7/8点間)の妥当性を検討した.高齢者の転倒は,致命的な有害事象を生じさせる可能性があり,今回の知見を活用する上で最も注意が必要な事象である.先行研究において,SPPBが5点未満の患者は,有害事象を伴う転倒のリスクがあることが報告されている10.また,SPPBが10-12点の対象者に比べて,SPPBが7-9点の場合は歩行障害のリスクが1.6-1.8倍,SPPBが4-6点の場合は4.2-4.9倍になることが報告18されている.以上のことから,SPPBの歩行や転倒に関する判定基準は,5-9点の間で設定されており,本研究における病棟での自立歩行を判定するためのSPPBのカットオフ値7.5点は,妥当な値であることが考えられた.

また,認知機能(six-item screener)が病棟の自立歩行に関連することが明らかとなった.急性期における肺炎患者は高齢(本研究の肺炎患者における年齢の中央値は,自立歩行可能群で80歳,自立歩行不可能群で87歳)であり,認知機能の低下が生じやすい患者群である.認知機能の低下が生じると,自身の身体能力を過信してしまうことや,危険な状況を判断できないこと,環境の変化に順応できない等の状態を呈する19ことがある.そのため,病棟の自立歩行が可能か不可能かを判定する際には,認知機能の低下についても考慮する必要がある.

本研究の限界として,本研究は病棟での自立歩行に焦点を当てたものであり,屋外の自立歩行に関しては判定することができない.また,SPPBのカットオフ値を客観的な指標として示しているが,あくまで境界値であるため,AUC,感度,特異度を考慮して病棟の自立歩行を判断する必要がある.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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