2023 年 32 巻 1 号 p. 12-17
心身の苦痛は尊厳の脅かしに関連するとされ,特発性肺線維症(IPF; idiopathic pulmonary fibrosis)療養者の生活の質は,低い傾向にあると国内外の研究で報告されている.各国の呼吸器学会のIPF合同ガイドラインでは,生活の質の向上を目標とする緩和ケアに言及しているが,有効なケアは未確立である.IPF療養者への緩和ケアは未だ享受し難く,尊厳の脅かしが考えられる.
IPF療養者と家族への看護実践のエビデンスは限られている.いずれも国外の研究であるが,療養者と家族への疾病管理への集団教育は,介入後に生活の質の低下を認め,ケア提供者,療養者,ならびに家族とのカンファレンスに基づく援助は,4週間後の症状緩和に有効であった.Lindellらは質的調査にて,IPF療養者らのアドバンス・ケア・プランニングへの抵抗感を報告している.
筆者はIPF療養者の尊厳に着目した緩和ケアプログラム,ならびに看護実践の基盤となる理論ディグニティ・センタード・ケア(Dignity-Centered Care)の開発研究を続けている.本稿では,活動の一部を紹介する.
間質性肺炎は,医療者が日常臨床で出会う頻度の比較的多い疾患であると考えられる.その場面は,呼吸器内科外来の診療室をはじめ,術前検査により偶然見つかることや,心不全などの治療薬に起因して生じるもの等,様々である.間質性肺炎は,現在行われている治療を中止させ,今後の対応について検討を要する難しい疾患である.また,特発性間質性肺炎は厚生労働省の指定難病であり,類型により治療や予後が大きく異なる1).したがって,診断や治療法の確立に向け,今この時においても研究が進められている.
筆者は,特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis; IPF)の予後と生活の質に関心をもち,看護実践の開発研究に取り組んでいる慢性疾患看護専門看護師である.きっかけは,人生観を変えていきながらIPFと共に生きていく療養者の姿に感銘を受けたことにある.また,同時に,病いにより苦しい時,人を大きく支えているものは何なのだろうか,との思いが深く刻まれた体験に根差している.本稿では,間質性肺炎の中で最も多くを占めるIPFの系統的な看護の構築に向けて,IPFをもつ人々の尊厳に着目したケア(ディグニティ・センタード・ケア;Dignity-Centered Care)とその看護実践の基盤となる看護理論の開発を目指した研究活動を紹介する.
我が国では,2008年にIPFの抗線維化薬であるピルフェニドン(ピレスパ®),2015年にはニンテダニブ(オフェブ®)が承認され,これらの薬剤により肺機能,運動耐容能,ならびに無増悪生存期間などIPFの進行抑制効果が認められている1).一方,症状の管理薬剤は未だ存在しないため,IPFで特徴的にみられる呼吸困難感の症状緩和に難渋し,生活の質の向上が難しい状況にある2).生活の質向上を目標に据えている緩和ケアについては,有効な援助は未だよくわかっていない.
IPFの自然経過では,急性増悪が問題になる.IPFの死因は,欧米では呼吸不全であるが,我が国では急性増悪が40%を占めている3).加えて,IPFは予後予測が難しく,治療の選択肢も限られている.したがって,診断時から緩和ケアを開始することが重要であり,病状説明時の看護師による立ち会いや,病状説明後には,看護師による傾聴ならびに心身のフォローアップなどの援助が必要と考えられる.しかしながら,現状では,IPF療養者への緩和ケアの導入は遅れがちであり,IPF療養者やその家族のみならず,医療者もその遅れに苦痛を味わっていることが報告されている4).したがって,IPF療養者の生活の質の維持・向上に向けた看護実践の開発が急務である.
IPF療養者の生活の質の低下については,国内外で報告されている.IPFとの療養体験に関する質的研究4文献を,メタエスノグラフィーを用いたメタシンセシス(質的統合)により,共通している療養体験を検討したところ,7つのメタファーが合成された.IPF療養者に共通した療養体験には,生きることへの苦悩,即ち実存的な苦痛を味わっていることや,生活の質の低下などが報告されていた5).
主症状の呼吸困難感が人々に与える苦痛についてKamal, et al6)は,生物心理社会モデル(biopsychosocial model)を用いて,トータル・ディスプネア(全人的な呼吸困難感)を説明している.生物心理社会モデル(Bio-Psycho-Social model)とは,精神科医のEngelが1977年に提唱したモデル7)であり,病いを生物医学的(Biological, Biomedicine)だけでなく,心理的(Psychological)かつ社会的(Social, Sociality)要因を含めたシステムの異常としてとらえ,これらの側面に目を向け,統合的に人を捉えて理解する,というものである.Kamal, et al.6) の研究対象は悪性腫瘍療養者のため,図1の身体面は,原文では悪性腫瘍である.この4側面で人を捉えると,呼吸困難感による生活行動遂行能力の低下や,心身を保ち続けることの難しさを理解することができる(図I).
筆者(猪飼)翻訳
看護のエビデンスについては,IPF療養者への非薬理学的看護介入は,通常のケアを受けている患者と比較して心身の生活の質の改善に有効かについてのシステマティックレビューを実施し,2文献が採択された8).IPF専門病院の外来で6週間の集団教育によるアドバンス・ケア・プランニングを含む疾病管理教育を,患者とその家族を対象に行ったものでは,介入の6週間後に生活の質の低下が認められ,それには病状の進行が影響していた9).もう一方の研究は,病院と在宅のケア提供者と患者とその家族とで問題点を共有する療養カンファレンスによる介入を行ったもので,4週間後の症状緩和が認められていた10).どちらの研究も専門看護師が調整や実践に携わっていた.いずれの研究もサンプルサイズが小さく,介入の特性上,盲検化が難しいためバイアスリスクが高い.したがって,エビデンスの確信は限定的であった.
ナイチンゲールは看護の定義を「新鮮な空気,陽光,暖かさ,清潔さ,静かさなどを適切に整え,これらを活かして用いること,また食事内容を適切に選択し適切に与えること,こういったことのすべてを,患者の生命力の消耗を最小にするように整えることを意味すべきである11)」としている.また,看護師の仕事を「自分自身は決して感じたことのない他人の感情のただ中へ自分を投入する仕事は,ほかに存在しない11)」と述べている.看護は,人々の固有の人生と生活を支え,生活の質の維持,向上に向けて支援する固有の仕事といえる.
3. IPF療養者に引き起こされる心理的問題システマティックレビューで紹介した論文の著者Lindell, et al.12)は,疾病管理教育介入後に生活の質が低下している要因を質的に調査した.結果では,アドバンス・ケア・プランニングへの抵抗感の存在を報告している.また,IPF療養者は緩和ケアへのスティグマを抱えやすい13)との報告も併せると,IPF療養者特有の「心の動き」が存在していると考えられる.IPFが自我脅威,即ち自我を脅かす強いストレスとなり,心を守るために防衛機制(コーピング)が働き,緩和ケアへの抵抗感やスティグマなどの形で表れていると考えられる.
米国胸部学会の緩和ケアのステートメント14)では,慢性呼吸器疾患は,存在,意味,目的,後悔や運命などの問題を引き起こし,これらのスピリチュアルといわれる現象に対するケアは,感情的な幸福に寄与する,と述べている.呼吸は,生命活動に直結しており,死を連想させることから,呼吸機能障害によりもたらされるダメージは心身ともに大きい.
また,IPF療養者が人生の意味について,どのように受け止めているのかに関する報告はみあたらないため,人生の意味への問いを含むIPF療養者の体験全体を理解するために,人生の意味や目的を含む療養体験に関するインタビュー調査を実施した15).この調査では,参加者のほとんどが,過去の生きられた人生に支えられながら今を生きている,と語っていた.生きられた人生に今を支えられているのであれば,人生の意味や目的への援助は,生活の質の維持・向上に役立つのではないかと考えられる.
加えて,呼吸困難感発現の3段階理論16)では,過去の経験が呼吸困難感に与える影響について,「同じように刺激が産生されても過去の経験,刷り込み,苦痛の意味などにより認知のされ方が異なる」こと,「同じように苦痛が認知されても性,年齢,教育,宗教観などにより表出のされ方が異なる」ことにより,呼吸困難感が修飾されることを説明している(図2).この理論によると,IPF療養者の過去の経験や苦痛の意味,IPFによる体験の意味の再解釈により,息苦しさの認知に変化が生じる可能性が考えられ,医療者はこれらを理解して対応することが重要である.
緩和ケアの重要な役割は,苦痛緩和のみならず,人々の尊厳を守り支える援助を提供することである.心身の苦痛は,尊厳の脅かしに関連する17)とされているが,IPF療養者への緩和ケアは未だ享受し難いことから,尊厳の脅かしが考えられる.尊厳を支えるには,自尊感情の促進が必要とされるが18),心身の苦痛に直面しているIPF療養者へのケアの手立ては少ないため,自尊感情を保持するための看護実践の開発が必要である.
尊厳(dignity)とは,すべての人間のもつ不可分な価値であり,医療者が日々向き合い,体現している現象といえる.しかしながら,尊厳の概念や定義は未だ不明19)とされる.尊厳が発達した歴史には4つの流れがある.それは,ギリシア古典の時代,人間は「神の似姿」として創造されたとする旧約聖書の時代,カントの道徳哲学の時代,そして,第2次世界大戦後に制定された憲法と国際条約に尊厳が明文化された時代,である20).このように尊厳は,大変長い年月をかけて言語化が試みられ,その重要性と意義が深められてきた.
2. 慢性進行性疾患をもつ人々の尊厳に着目したケア(ディグニティ・センタード・ケア)の概念分析と看護実践看護学における尊厳に着目したケアという概念の定義は,まだよく分かっていない.そこで,尊厳に着目したケアの概念モデルと定義を導き出すため,慢性進行性疾患をもつ人々の尊厳に着目した看護実践,即ちディグニティ・センタード・ケア(Dignity-Centered Care)の概念分析21)を実施した.抽出された概念モデルを図3に記す.また,慢性進行性疾患をもつ人々の尊厳に着目したケア(ディグニティ・センタード・ケア)を,「身体的・心理的機能,自立,及び役割を喪失している対象者への権利を守り,継続した関わりによる多面的な側面への苦痛緩和,並びに自尊感情を高める支援により,多面的な苦痛を緩和し,生活の質を維持し,人生の意味づけを強め,自尊感情を支える援助」と定義した.IPFは慢性進行性疾患であり,概念分析の結果からは,IPF療養者の尊厳に着目したケア(ディグニティ・センタード・ケア)の基本原則は,自尊感情を高める援助,多面的な苦痛を緩和する援助,権利を守る援助,継続した関わりによる援助,と考えられ,これらの基本原則を看護実践の具体化の基盤とした.
IPF療養者の尊厳に着目したケア(ディグニティ・センタード・ケア)・プログラムは,図3の属性21)を基盤とし,症状の観察と対処の方法,呼吸困難感の出にくい日常生活動作と生活上の知識,人生の意味や目的に焦点をあてたライフレビューで構成した.また,セッション時間を呼吸困難感に配慮して1回60分以内とし,1回目と3回目は病院の外来の個室,2回目は自宅を訪問し,専用冊子を用いて行った.介入の評価は,量的データと質的データを収集し,両データを統合してメタ推論を導く混合研究法を用い,数値化が困難な現象への深い解釈を試みた.本プログラムは,所属の倫理審査委員会の承認を受け実施した(承認番号A17-101).
本プログラムを完遂した参加者は12人で,脱落理由は,IPF特有の病状経過の影響がみられ,先行研究9)と一致した傾向がみられた.量的データの介入前後の比較では,自尊感情は有意差を認めなかったが,健康関連QOL(quality of life)のSGRQ-Iの下位尺度<症状>で有意な改善を認めた.また,プログラム終了後,IPFと共に生きることへの受け止めについてのインタビューを行い,8カテゴリが抽出された.両データの統合では,本プログラムにより,IPFへの理解が深まり,修正を要する生活行動を参加者自身が理解し,生活行動に対する行動変容が生じ,その修正により呼吸困難感の緩和が認められたと考えられた.IPFと共に生きる姿勢をもつ,と受け止めていた参加者の自尊感情は上昇,または維持されていた.一方,経過が不確かなIPFと共に生きる見通しをもつことができず,ライフレビューに意味を見出せない,と受け止めていた参加者の自尊感情は低下していた.以上から,本プログラムにより,IPFの受け止めが自尊感情の変化に関与しているとメタ推論(質的データおよび量的データの結果両方から導き出される新たな理解のこと)し,プログラムが適するIPF療養者の存在が示唆された.
研究参加者によるプログラムの評価では,プログラムの開始当初はライフレビューの実施に戸惑っていたが,進行につれて生活上の問題に気づき,ライフレビューにより,人生の意味に支えられ,日常生活行動の変容が促されていった,との評価がなされていた.
IPF療養者の尊厳に着目したケア(図4)とは,その人の体験に立脚しており,その人の生きる力を促進しながら共に歩む援助である.看護師は,IPF療養者の病いの道行きを理解し,選択肢が少ない中,意思決定を繰り返すプロセスを共にすることがIPF療養者の自尊感情を支えていくと考えられる.本プログラムによる介入は信頼関係を構築していくプロセスを伴うため,アドバンス・ケア・プランニングの実装に役立つと考えられる.また,本プログラムは緩和ケアプログラムであり,ライフレビューを用いた援助は,国内外で初めての介入プログラムである.本研究の参加者は呼吸困難感を有し,疲労感や症状の出現が予測されたため,介入には時間的な制約が生じ,また,サンプルサイズも小さい.しかしながら,難病であるIPF療養者を対象に,看護介入を調査した価値あるデータであり,緩和ケアの開発の第一歩である.
フランスの画家ポール・ゴーギャンの「我々はどこから来たのか,我々は何者か,我々はどこへ行くのか(Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?)」という作品には,人間の誕生から死への歩みが描かれている.看護は,人間の歩みに専門職として寄り添いながら,生活の質の維持・向上に貢献するという役割を担っている.疾患を問わず緩和ケアが受けられる社会の実現を目指して,看護実践とその開発を積み重ねていく必要がある.
IPF療養者の尊厳に着目したケア(ディグニティ・センタード・ケア)プログラムの開発研究にご協力頂きました療養者の皆様とご家族の皆様,医療機関の皆様,ご指導頂きました聖路加国際大学大学院看護学研究科老年看護学教授亀井智子先生に深謝申し上げます.本研究は,公益財団法人在宅医療助成勇美記念財団 2017 年度後期研究助成を受けて行いました.
尺度使用許可:
Rosenberg’s自尊感情尺度日本語版 筑波大学名誉教授 櫻井茂男先生
SGRQ-I 国立長寿医療センター呼吸器内科部長 西村浩一先生
療養場所を問わず使用できる病気の不確かさ尺度 北海道医療大学名誉教授 野川道子先生
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.