2024 年 32 巻 2 号 p. 154-158
人にとって食べることは生きることであり,その意味は多岐にわたる.慢性呼吸器疾患患者のみならず,加齢や慢性疾患に伴う嚥下機能の低下によって誤嚥リスクは高まり,高齢者の肺炎の多くは誤嚥に関連した肺炎である.誤嚥性肺炎を繰り返し,嚥下能力の回復が見込めない終末期にある患者に対し,できる限り口から食べ続けていくことを願う一方で,口から食べることをやめれば肺炎を繰り返すことを防げると判断し,本人,家族への口以外から栄養を摂る方法を選択することも少なくない.本人,家族から口から食べ続けたいと希望されたとき,医療者はどのように対応することができるのだろうか.ここでは,限られた時間が迫っている時に「良い日々を,最期を過ごせた」とお互いに思える支援のあり方について検討する.
食の意味は多岐にわたり,川島(1993)は,「人間にとって「食べる」ことは,生命を維持する意味だけではない.人間の生活の中の食事は,一家団槃の場であり,家族以外の人々との社交やコミュニケーションの場であり,幸福感や充実感を得られる文化的側面や心理的側面もある」1)と述べている.また,がん患者を対象とした食に関連した研究においてもエネルギー補給としての身体的な食事の意味とともに,食習慣は他者との感情や時間の共有を行うことを目的とした心理的社会的な意味があることが明らかになっている2).それぞれの人にとって「食」の意味は,個人固有のものであり,その人がおかれた状況や生活背景によっても異なり,空腹を満たすため,生きるため,治療のひとつとしてなどの栄養補給や身体のためといった理由や,食事という行動を通して,楽しみや生きがい,希望を感じることや,家族や親しい人とのコミュニケーション等,心理社会的な意味も大きい.
しかし,加齢や疾患の進行に伴う体力や筋力の低下から嚥下機能が低下すると食べること自体ができなくなり,それまでの「食べる」ことへの意味を喪失する体験となる.特に慢性呼吸器疾患を持つ方の誤嚥性肺炎は,嚥下機能が低下した高齢者に多くみられ,慢性的に繰り返し発症する場合もあり,予後不良となる場合も少なくなく,早期からの摂食嚥下リハビリテーションの取り組みの必要性も言われている3).近年,終末期患者の医療に対し,「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」4),「終末期医療のあり方について」5),「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン 人工的水分・栄養補給の導入を中心として」6)など様々なガイドラインが示されている.その中では,最善の治療を行っても死が避けられないと判断された場合,医療者は個人の意思や QOL を考慮した治療,緩和ケアを優先して行う治療選択もあることを本人,家族に提示し,医療ケアのあり方を検討していくことが求められている.誤嚥性肺炎を繰り返し,嚥下能力の回復が見込めない終末期にある対象者に対し,経口摂取を中止し経静脈栄養や胃瘻,経管栄養などの選択肢も考慮しながら話し合いが行われる.臨床場面においては,最終末期にどのような医療ケアを実施するかの話し合いの中で,今後の栄養摂取についての意向の確認を本人,家族とともに行っていくことが多い7).嚥下機能が低下し,誤嚥性肺炎を繰り返している場合,口から食べることをやめれば肺炎を繰り返すことを防げると判断し,本人,家族への口以外から栄養を摂る方法を選択することも少なくない.一方で,本人,家族から口から食べ続けたいと希望されたとき,医療者はどのように支援を行うことができるのか.チームアプローチも踏まえた支援を振り返っていく.
本論文では,事例を用いながら,誤嚥性肺炎を繰り返す患者の「食べたい」を支えることができたチームアプローチについて振り返る.本論文内で示す事例については仮名加工し,個人が特定される情報については匿名性を維持できるように加工した.
事例は,Aさん(80歳代,男性)は,既往にCOPD,消化器がんの既往があり,妻と二人で暮らしていた.子どもが近くに独立して住んでおり,キーパーソンは妻と長女である.Aさんは数か月前から誤嚥性肺炎のため,入退院を繰り返す中で,徐々に身体機能は低下し,自力での移動が困難な状況となりベッド上での生活となっていた.Aさんは年齢相応の認知機能低下はみられるが,説明に対し現状の認識はでき,自分の思いや考えを伝えられる.今回は,1か月前に誤嚥性肺炎のため入院し,酸素療法,抗生剤の点滴加療,補液を行っていた.繰り返す肺炎や体力の低下から,数週間以内に最終末期を迎えるだろうという認識が医療者にあり,医師より最終末期の治療選択について家族と話し合いがなされ,DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)の意思が確認されていた.
このような状況の中で,Aさんは,点滴静脈栄養から経鼻胃管を挿入し経腸栄養へ移行しつつあった.経腸栄養ポンプを使用し,24時間注入が行われていた.しかし,消化機能の低下から下痢などの消化器症状や管が挿入されていることに伴う不快感や拘束感などから自己抜去が見られる等の危険行動も見られ,栄養経路について再度,検討がなされた.このころよりAさんは,何か食べさせてほしい,水を飲ませてほしいという希望がしきりに聞かれるようになった.
2) 「食べたい」を支える関わりの実際「食べたい」気持ちの表出があったAさんと家族に対して医療者へのチームアプローチを行いながら,本人の気持ちと家族を支えた支援のプロセスを以下に記述する.
(1) 協働しながら現状捉え,Aさんと家族の思いを明らかにするAさんの「何かを食べたい」という希望に対して,医師より本人,家族に対して嚥下機能低下に伴う肺炎を繰り返していることから,今後も口から食事を摂ることは難しいだろうという説明がなされていた.さらにそれに代わる栄養補給法として経管栄養が選択されていたが,それに伴う苦痛やリスクが増強したことに対し,本人,家族と相談の上,経管栄養を中止し,末梢静脈からの補液が行われることとなった.また,本人の食べたいという気持ちも強かったことから,言語聴覚士(以下STとする)による摂食嚥下訓練が開始された.
STによる訓練では嚥下運動訓練を行い,ゼリーやとろみをつけた水分を用いた経口摂取訓練では誤嚥をしており,飲食物を用いた訓練を続けることは難しい状況と判断された.医師からAさんと家族に対し,訓練の現状,続けることで肺炎が再燃しやすい状況があり,生命の危険性があることが説明された.しかし,日々,日常ケアの関わりの中で「水を飲ませてほしい」「ごはんがたべたい」という訴えが続いていた.
AさんはSTによる訓練を続けたいという思いがあり,看護師,ST,担当医との話し合いの中で,嚥下機能について客観的な評価がなされていないことから専門医による診察を受け,今後について検討することとなった.耳鼻科医による診察では,声門の閉鎖反射がほとんど機能していないことが明らかになり,Aさん,家族に嚥下機能の回復は難しい可能性があることが説明された.
(2) Aさんの希望を叶える方略をチームで探るAさんや家族に対して,耳鼻科医より説明された内容をAさんは理解していた.しかし,「それでもいいから食べさせてほしい」という強い気持ちを話された.Aさんのリハビリへの参加状況を振り返ると,運動療法は休みたいと訴えることが多くなる一方で,STによるリハビリは休みたいとは話さず,嚥下評価の辛い検査にも協力的であった.看護師の口腔ケアや吸引に対してもAさんは協力的であった.このAさんの様子から,口からは食べられない,肺炎が悪化すると生命の危機状態を招く可能性が高いといった説明の中でも,口から何かを食べたいという希望を強く持っていることが伝わってきた.Aさんのこれまでの生活について話をきくと,もともと食べることが好きで,体格もよく,今の倍以上の体重があった.また,会社を経営し,食べることを通してコミュニケーションをとっているという背景がわかった.また,自分の身体が弱ってきていることも受け止め,自分の人生が限られていることを理解し,引き受けている様子が見られた.そこで,看護師から家族にAさんの食べることについて話を聴くと,「この先が短いこともわかっているので,本人の好きなようにさせてあげたい」と現状を理解する中で,家族にも希望があることが分かった.
Aさん,家族の希望を看護師から医療チームに伝え,再度,主治医,ST,病棟看護師で検討を行っていく機会を設け,本人の生命予後や希望を考えていく上で,口の中で味わうことの実行可能性を検討した.口の中で味わうことを行うために,STによるリハビリテーションは継続すること,看護師が経口摂取を介助する際に安全に実施する方法(姿勢,内容,摂取量等)や吸引できる体制を整えることなどの条件を決め,検討した内容を医療者で共有した上で,Aさん,家族にも伝え,できるだけ希望を叶えたいと考えていること,一方で誤嚥などのリスクを最小限に抑えていくためにAさんの協力を得たいことを家族も含めて医師と看護師より伝え同意を得ていった.
(3) 医療者間で希望を叶えるためのケアの方法について検討し,看護チームの体制を整える主治医から,Aさんに経口摂取する際の約束事を説明し,Aさん,家族の協力を得るとともに,病棟看護師への関わりを行った.病棟看護師の間でも,Aさんの思いを叶えたいという思いを持つ一方で,自分が経口摂取の支援をした際に,誤嚥させてしまうことになったら,吸引で苦痛を強めてしまったら,観察が十分にできていなかったらAさんに苦痛をもたらしたり,死期を早めてしまったりすることにつながるかもしれないと,ケアに対する怖さを抱えている看護師もいた.そのためAさんに経口摂取を支援する際の手順(方法や1回の量,吸引の準備,Aさんにどのような姿勢をとってもらうか,観察項目,困った時の対応など)を決めるとともに,看護チームとしての話し合いの場を持ち,個々の看護師をサポートできるよう働きかけることで,看護師が安心して支援できる体制を整えた.
(4) 味わう支援を実践することで見えてきた家族の姿Aさんの経口摂取の方法は,STと相談し,水分をスワブに浸し,口の中で味わうという形とした.スワブにしみこませることで,口腔内で味わいやすく,水分量がコントロールできるため,Aさんにとっての安全を確保できると考えた.内容は,最初は自宅から持参してもらったジュースや,果物をこした水分であった.Aさんからは細い声で「もう少し」「もっと」と,吸引をしながらも味わい続ける様子が見られた.吸引に伴う疲労も見ながら,Aさんに説明をしながら2~3時間に1回のペースで味わうことを続けていた.数日後,Aさんから「味噌汁がのみたい」と話され,家族に伝えると自宅で作った味噌汁が届けられた.それを口に運ぶと嬉しそうな表情を家族に向けていた.家族に話を伺うと,Aさんの自宅での味噌汁は出汁の取り方に工夫がされており,Aさんが若いころから家族とともに自宅で味わってきたものであるとともに,家族も本人が好きだったものであること,また,作り甲斐があることを話していた.「味わう」ことをする時間はAさんだけではなく,家族にとっても自分たちがAさんにしてあげられることがあるという時間となっていた.
その後,肺炎像が悪化することは見られなかったが,全身状態が衰弱し,味わうケアをはじめて数週間後に永眠された.
Aさんの事例に対し,Aさんの意思決定と医療者間のチームアプローチの視点からJonsenらの示した医学的適応,患者の意向,QOL,周囲の状況の4つの視点から考察を深める(表1,表2)8).
医学的適応:Medical Indications | 患者の意向:Preferences of Patients |
---|---|
・胃瘻・腸瘻の造設は難しい. ・誤嚥性肺炎を繰り返している. ・摂食嚥下機能の不可逆的な低下(担当医,耳鼻科医,STの介入による総合的な判断) ・高カロリー輸液の適応は検討が必要. | ・年齢相応の認知機能の低下はみられるものの,ご自身の気持ちを人に伝えられる ・誤嚥をすることはわかっている.でも口から食べたい. ・吸引や口腔ケア・摂食嚥下リハビリなどは医療者の声掛けに協力的である. |
QOL: Quality of Life | 周囲の状況:Contextual Features |
---|---|
・経鼻栄養は不快のほうが大きい.(チューブの違和感,消化管からの吸収力の低下,下痢は本人にとって苦痛となっている可能性がある) | ・医学的な状況,生命予後の見通しについて説明され,食べることが好きだった本人の意向を大事にしたいという思いがあった. ・経口摂取を行う際に誤嚥性肺炎が悪化することも理解されていた. |
医学的適応:Medical Indications | 患者の意向:Preferences of Patients |
---|---|
・経口から食物を摂ることは難しい. ・リスクを少なく,味わうことが出来る方法.(スワブに少量の水分を湿らせて味わうことはできそう.) ・誤嚥のサインがあれば吸引が必要. | ・口から何かを食べたい.味わいたい. ・吸引や口腔ケアに対しては協力する. ・摂食嚥下リハビリテーションは継続したい. |
QOL: Quality of Life | 周囲の状況:Contextual Features |
---|---|
・味わえることの喜び>吸引に伴う苦痛 ・食べたいものを家族に伝えられる. ・家族も本人が好きだったものを作り,持参できる. ・家族は本人が嬉しそうにしていることがうれしい. | ・家族にとって傍にいるだけではなく,作る,持参するなど自分たちにできることがある. ・医療チーム:本人が望むことならば,支援したい. ・看護チーム:吸引が必要な状態で口に入れることに対する怖さ(口への運び方,吸引,モニタリングについて検討し,共有する). |
医学的適応では,Aさんの身体的状態として,嚥下機能,胃瘻や腸瘻の造設は難しく,消化管機能の低下も踏まえると経消化管からの栄養摂取は難しい状態であった.一方で,最終末期を迎える可能性が予測された状態で家族と急変時の心肺蘇生等の施行はしない方向で話し合いがなされ,高カロリー輸液等は積極的な適応がなく,末梢静脈からの点滴となっていた.
患者の意向としては,年齢相応の機能低下はみられるが,ご自身の気持ちや考えを人に伝えられる力を持っていること,誤嚥を繰り返していることはAさん,家族ともに理解している.そのような中で,口から何かを食べたい,飲みたいという希望を医療者に示していた.経口摂取をするための口腔ケアや嚥下訓練,吸引などは協力的であった.
AさんにとってのQOLの視点からは,経管栄養はチューブの不快,消化機能の低下に伴う下痢などの不快症状,チューブの自己抜去予防のための身体抑制,自己抜去にともなう誤嚥リスクなど経管栄養を続けることはQOLを低下させる要因となっていた.
周囲の状況として,家族には医学的状況,生命予後の見通しについて説明され,食べることが好きだった本人の意向を大事にしたい思いがあった.経口摂取や高カロリー補液等による栄養摂取をしないことに伴うリスクも家族は理解していた.このように,4つの視点から検討していくと,医療者が最終末期を予測している段階での関わりであり,経口摂取は誤嚥リスクが高いことで医師の指示は禁食となっていた.そのため経鼻栄養を取り入れたが,既往歴や身体機能の低下からAさんの苦痛が増す結果となり,経口摂取ができないことも併せてQOLは低下する状況であった.そのような中,患者の意向として,経口摂取の希望が伝えられ,Aさんの思いを捉えた看護師からの発信で,医療チームでの検討を行った.医療チームではAさんに関わっていた主治医,耳鼻科医,ST,PT,病棟看護師がそれぞれの立場からの意見を出し合うとともに,可能性や希望についてもそれぞれの持っている情報を出し合い検討につなげていった.禁飲食とするという選択もあった一方で,今回の味わうケアを実践できた背景には,Aさんと家族の思いを大事にしたいという共通の目標を共有できたことが大きかった.
高齢者の肺炎での入院の場面では,多くの場合,急変時の対応について検討がなされる.その中で,本人が人生の最期をどのように過ごしたいかを本人の言葉で聴くことは難しい状況もある,しかし,日々のケアを通して本人の希望が家族や医療者に伝えられていることを意識することが,ACPを支援していくことにつながっていく.Aさんはおそらく自分の最期が近いことを捉えており,「味わう」「食べたいものを家族に伝え,口にする」という行為を通して自身の人生を振り返る時間となっていたことが推測され,その時間は家族にとっても貴重な時間となっていた.この点についてQOLの視点から考えると,身体機能は確実に低下している中で,Aさんと家族のQOLは一緒の時間を過ごす,安心する,おいしさを感じる,家族がAさんのためにできることがあるという点からも向上していたと考えられる.食べることの意思決定もアドバンス・ケア・プランニング(以下ACPとする)のひとつの実践であり9),最終末期の医療の意思決定だけではなく,どう生きたいかと直結する支援のひとつの課題である.そのため食べられなくなった時に意向の確認をするのではなく,それ以前からもしもの時にどのような選択肢があるか,どうしたいかを考えられるように働きかけると同時に,選択が必要な時には,本人や家族の希望をどうすればできるかの視点で考えることで対応できる選択肢が増え,よりよい生への支援とつながっていく.
Aさんの事例を通して,最期の時までその人らしさをチームで支えていくことは簡単なことではなく,チームの中での話し合いや調整を継続していくこと,患者や家族の意向を捉える感性,医療者間での交渉や調整などが必要になる.誰がチームの調整を行うかは職種ではなく,患者の意向に気づいたその人がきっかけになり,チームへと意向を伝えていく実践力が重要である.今後,緩和ケアやACPをサポートできるチーム医療の体制のあり方が検討されていくことが望まれる.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.