日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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原著
肺非結核性抗酸菌症患者における睡眠障害と臨床指標との関連
豊田 裕規髻谷 満松村 佑介森 広輔大野 一樹川原 一馬大松 峻也千住 秀明神津 玲
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2024 年 32 巻 2 号 p. 245-250

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要旨

【目的】肺非結核性抗酸菌(non-tuberculous mycobacterium:以下NTM)症患者の主観的な睡眠の質を評価し,睡眠障害の有訴者率と臨床的特徴を明らかにすること.

【対象と方法】対象は肺NTM症の内科的治療を目的に入院中に理学療法が施行された患者とした.主観的な睡眠の質の評価には,ピッツバーグ睡眠質問票を用い6点以上を睡眠障害とした.対象者の基本情報に加えて呼吸機能,呼吸困難,運動耐容能,不安・抑うつ,健康関連QOLを評価し,睡眠障害の有訴群と非有訴群の比較を行った.

【結果】137例が解析対象者となり,72例(52.6%)に睡眠障害を認めた.また,睡眠障害は無職,拘束性換気障害,呼吸困難,不安を有する者に多く,健康関連QOLが低値であった.

【結語】肺NTM症患者における睡眠障害の有訴者率は52.6%と高く,同患者においては他の慢性呼吸器疾患以上に,睡眠障害の併存を考慮する必要があり,そのための定期的な評価が必要である.

緒言

本邦の一般成人の約30%が睡眠に問題を抱え,女性では加齢とともにその割合が増加することが報告されている1.睡眠障害や睡眠の質の低下は,不安や抑うつ2,健康関連QOL(health related quality of life:以下HRQOL)3とも関連する.そのため,睡眠の問題を評価し,認識することは重要である.

慢性疾患では睡眠に問題を有する者の割合が高く3,慢性呼吸器疾患においても同様である3,4.慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:以下COPD)5や気管支拡張症4では,主観的な睡眠の質が低下し,それがHRQOLの低下と関連していることが報告されている.

肺非結核性抗酸菌(non-tuberculous mycobacterium:以下NTM)症は,世界的に増加傾向であり,本邦における罹患率は中高年の女性を中心に増加が著しい6,7.本邦における菌種の内訳は,2014年の調査ではMycobacterium avium complex(以下MAC)が88.8%,次いでMycobacterium kansasii(以下M. kansasii)が4.3%,Mycobacterium abscessusが3.3%と報告されている6.主たる治療は多剤併用の化学療法であり菌種によって治療内容が異なる8M. kansasiiは,治癒率が高いとされる一方,その他の肺NTM症では,治療後の再燃や再感染も問題であり,治療には副作用を伴うことも少なくない8.肺NTM症は女性に多いことなどから,他の慢性呼吸器疾患よりも睡眠障害の有訴者率が高いことが推測される.しかし,同患者における睡眠障害の特徴を明らかにした報告はない.

本研究の目的は,肺NTM症患者の睡眠障害の有訴者率と臨床的特徴を明らかにすることとした.

対象と方法

1. 対象

本研究は単施設の横断研究であり,対象は2017年6月から2021年1月までに肺NTM症に対する内科治療を目的として複十字病院に入院し,理学療法が処方された患者とした. 除外基準は,評価に支障をきたす併存疾患や認知機能の低下を有する者とした.

2. 調査項目

下記の調査項目を診療記録から収集するともに,対面にて対象患者から自己記入式質問票を用いて聴取した.なお,これらの評価は理学療法開始から1週間以内に実施した.

1) 基本情報

基本情報として年齢,性別,体格指数(body mass index:以下BMI),就業状況,修正MRC息切れスケール(modified Medical Research Council dyspnea scale:以下mMRC)9,咳嗽・喀痰症状,呼吸機能,NTM菌種,肺NTM症の診断からの期間,抗酸菌塗抹検査,入院前の肺NTM症の治療歴を調査した.就業状況は現職であるか無職であるかを診療記録または対面にて対象患者から聴取した.咳嗽・喀痰症状は,喀痰を伴う慢性咳嗽の有無をSt. George’s respiratory questionnaire(以下SGRQ)の問1,問2の「過去1年間の咳嗽や喀痰に関する質問項目」を調査し,いずれも「1週間のうち,ほとんど毎日」または「1週間のうち,4~5日」を選択した者を症状ありと判定した10.呼吸機能検査はスパイロメーター(CHEST AC-8800:チェスト株式会社)を用いて測定し,対標準肺活量(% predict vital capacity:以下%VC),1秒率(forced expiratory volume in one second/forced vital capacity:以下FEV1/FVC),対標準1秒量(%FEV1)を解析に使用した.また,%VCが80%未満の者を拘束性換気障害,FEV1/FVCが70%未満の者を閉塞性換気障害とした.抗酸菌塗抹検査は診療記録から収集した.本研究では,直近3回の最大値を使用し,結果は-,±,1+,2+,3+で表記され,±以上を抗酸菌塗抹陽性とした.

2) 睡眠の評価

睡眠の質の評価として,ピッツバーグ睡眠質問票(Pittsburgh Sleep Quality Index:以下PSQI)日本語版を用いた11,12.PSQIは過去1か月間の主観的な睡眠の質を評価する自己記入式質問票であり,①睡眠の質,②入眠時間,③睡眠時間,④睡眠効率,⑤睡眠困難,⑥眠剤の使用,⑦日中覚醒困難の7つの要素で構成され,それぞれ0から3点で採点する.合計点は0点から21点であり,点数が高いほど主観的な睡眠の質が低いことを示す.カットオフ値は5.5点であり12,6点以上で睡眠障害があると判断する.なお,本研究では睡眠剤の使用について,PSQIの問7「過去1か月間において,どれくらいの頻度で,眠るために薬を服用しましたか(医師から処方された薬あるいは薬屋で買った薬)?」の結果を解析に使用した.

3) 運動耐容能,精神心理面,HRQOL

運動耐容能は漸増シャトルウォーク試験(incremental shuttle walk test:以下ISWT)にて評価した13.ISWTは発信音に合わせて 10 mのコースを歩行する漸増運動負荷試験であり,その歩行距離(ISWT distance:以下ISWD)を測定した.精神心理面はhospital anxiety and depression scale(以下HADS)14,15を用いた.これは,不安についての質問7項目と抑うつについての質問7項目からなる自己記入式の質問票である.それぞれの質問が0から3点に採点され,不安と抑うつのそれぞれを合計し,0から7点が不安または抑うつなし,8から10点が疑診,11点以上が確診と分類される15.本研究では,8点以上を不安または抑うつありと定めた.HRQOLは先述のSGRQ16を用いた.SGRQは自己記入式の質問票であり,症状,活動,衝撃の3つの要素と総スコアで構成される.3つの要素と総スコアはそれぞれ0から100点で採点され,得点が高いほどHRQOLが低いことを意味する.

3. 統計解析

各評価項目のデータは,中央値[四分位範囲]または件数(割合)で表記した.各評価項目に対してShapiro-Wilk検定を行い,正規性を確認した後,全解析対象者をPSQIのカットオフ値である5.5点で睡眠障害の有訴群と非有訴群の2群に分類した.群間比較にはStudentのt検定,Mann-WhitneyのU検定,カイ二乗検定を用いた.また,サブグループ解析として,菌種ごとの睡眠障害の特徴を検討する目的で対象者をMAC,Mycobacterium abscessus complex(以下MABC)の2群に分類し,同様に睡眠障害の有訴群と非有訴群で群間比較を行った.

解析には統計解析ソフトウェアIBM® SPSS® Statistics ver 25を使用し,統計学的有意水準は5%とした.

4. 倫理的配慮

2017年6月から2019年7月の対象者に対してはオプトアウトを実施し,2019年8月以降の対象者に対しては文書と口頭にて研究の趣旨や調査内容,データの取り扱いなどについて十分に説明をし,書面にて同意を得た.なお,本研究は,複十字病院倫理審査委員会(承認番号19020)の承認を得て実施した.

結果

1. 対象者背景

研究対象者287例の内,研究参加拒否,評価に支障をきたす併存疾患や認知機能の低下を有する者,データに欠損がある者,計150例を除外し,137例を解析対象とした.解析対象者の背景を表1に示す.年齢は中央値で66歳,女性が125例(91.2%)であった.菌種はMACが93例(67.9%), MABCが38例(27.7%),その他が6例(4.4%)であった.また,今回の対象者で睡眠剤を服用している者は全体で28例(20.4%)であった.64歳以下の女性で就業中の者は29/59例(49.2%)であった.

表1 対象者背景と睡眠障害の有無による比較

全体睡眠障害の有訴群睡眠障害の非有訴群p値
(PSQI≧6)(PSQI<6)
n=137n=72n=65
年齢,歳66.0[59.0-73.0]67.5[58.3-74.0]65.0[59.0-70.5]0.350
女性,例125(91.2)68(94.4)57(87.7)0.163
BMI,kg/m218.5[16.5-20.8]18.9[16.5-21.0]18.2[16.6-20.4]0.642
仕事あり,例45(32.8)15(20.8)30(46.2)0.002
mMRC≧2,例19(13.9)16(22.2)3(4.6)0.003
咳嗽・喀痰症状,例77(56.2)41(56.9)36(55.4)0.854
睡眠剤の使用,例28(20.4)27(37.5)1(13.3)<0.001
呼吸機能
 %VC,%78.3[61.9-88.4]71.6[64.1-86.5]82.0[56.5-90.7]0.263
 FEV1 /FVC,%79.9[73.5-84.7]81.5[74.8-86.0]77.8[72.7-82.5]0.031
 %FEV1,%79.7[63.3-93.1]79.3[66.4-91.6]81.4[59.9-93.7]0.805
 拘束性換気障害,例74(54.0)46(63.9)28(43.1)0.015
 閉塞性換気障害,例16(11.7)6(8.3)10(15.4)0.199
菌種,例0.366
M. avium complex93(67.9)47(65.3)46(70.8)
M. abscessus complex38(27.7)23(31.9)15(23.1)
 Other6(4.4)2(2.8)4(6.2)
肺NTM症の診断からの期間,年3.0[1.0-8.0]3.5[1.0-11.0]2.0[1.0-7.0]0.218
抗酸菌塗抹陽性,例117(85.4)63(87.5)54(83.1)0.464
入院前の肺NTM症の治療歴,例108(78.8)53(73.6)55(84.6)0.115

中央値[四分位範囲]

PSQI: Pittsburgh Sleep Quality Index, BMI: body mass index, mMRC: modified Medical Research Council dyspnea scale, VC: vital capacity, FEV1/FVC: forced expiratory volume % in one second, NTM: non-tuberculous mycobacterium

群間比較にはstudentのt検定,Mann-WhitneyのU検定,カイ二乗検定を用いた.

2. 睡眠障害の有訴者率

睡眠障害の有訴者率は72/137例(52.6%)であった.菌種ごとでは,MACでは47/93例(50.5%),MABCは23/38例(60.5%)であった.

3. 睡眠障害の有無による各評価項目の比較

1) 全対象者

全対象者における睡眠障害の有訴群と非有訴群の比較の結果を表1表2に示す.睡眠障害の有訴群は非有訴群と比較して,無職の割合が高く(p=0.002),mMRC≧2の割合が高かった(p=0.003).精神心理面では,睡眠障害の有訴群は非有訴群と比較して,不安を有する割合が高かった(p=0.012).一方,抑うつでは,両群間に有意差を認めなかった(p=0.091).HRQOLでは,睡眠障害の有訴群は非有訴群と比較して,SGRQの3つのスコア [活動(p=0.035),衝撃(p<0.001),総スコア(p=0.003)]が低値であった.

表2 睡眠障害の有無による各指標の比較

全体睡眠障害の有訴群睡眠障害の非有訴群p値
(PSQI≧6)(PSQI<6)
n=137n=72n=65
ISWD,m440[340-545]430[295-528]460[370-555]0.066
HADS
 不安≧8,例32(23.4)23(31.9)9(13.8)0.012
 抑うつ≧8,例32(23.4)21(29.2)11(16.9)0.091
SGRQ
 症状46.8[29.8-63.8]47.8[30.5-67.3]44.0[27.6-61.7]0.229
 活動35.8[17.4-55.8]41.7[19.6-66.8]35.4[12.3-54.2]0.035
 衝撃27.6[14.5-38.7]31.8[21.4-42.9]18.2[9.1-33.3]<0.001
 総スコア33.5[20.0-46.7]37.7[24.1-50.7]27.0[15.2-40.8]0.003

中央値[四分位範囲]

PSQI: Pittsburgh Sleep Quality Index, ISWD: incremental shuttle walk test distance, HADS: hospital anxiety and depression scale, SGRQ: St. George’s respiratory questionnaire

群間比較にはstudentのt検定,Mann-WhitneyのU検定,カイ二乗検定を用いた.

2) 菌種ごと(MACとMABC)の比較

菌種ごとの睡眠障害の有訴群と非有訴群の各評価項目の比較の結果を表3に示す.睡眠障害の有訴群における肺NTM症の診断からの期間の中央値は, MACとMABCそれぞれ6年と1年であった.MACでは,睡眠障害の有訴群は非有訴群と比較して,無職の割合が高く(p=0.020),mMRC≧2の割合が高かった(p=0.007)が,MABCでは,いずれも有意差を認めなかった(p=0.089,p=0.145).MABCでは,睡眠障害の有訴群は非有訴群と比較して,ISWDが低値であり(p=0.045),不安(p=0.014)や抑うつ(p=0.046)を有する割合が高かった.一方,MACでは不安(p=0.080)や抑うつ(p=0.236)において両群間に有意差を認めなかった.HRQOLは睡眠障害の有訴群は非有訴群と比較して,MACでは,SGRQの3つのスコア[活動(p=0.048),衝撃(p=0.004),総スコア(p=0.010)]が低値であり,MABCでは SGRQの2つのスコア [衝撃(p=0.006),総スコア(p=0.042)]が低値であった.

表3 菌種ごとの睡眠障害の有無による比較

M. avium complex(n=93)M. abscessus complex(n=38)
 睡眠障害の有訴群  睡眠障害の非有訴群 p値 睡眠障害の有訴群  睡眠障害の非有訴群 p値
(PSQI≧6)(PSQI<6)(PSQI≧6)(PSQI<6)
n=47n=46n=23n=15
年齢,歳67.0[60.0-74.0]65.5[60.5-70.0]0.45369.0[56.0-75.0]67.0[56.0-73.0]0.882
女性,例44(93.6)41(89.1)0.44022(95.7)12(80.0)0.124
BMI,kg/m218.6[16.3-20.7]18.0[16.5-20.1]0.48019.0[17.3-21.5]18.2[16.1-22.7]0.766
仕事あり,例9(19.1)19(41.3)0.0206(26.1)8(53.3)0.089
mMRC≧2,例13(27.7)3(6.5)0.0073(13.0)0(0)0.145
咳嗽・喀痰症状,例28(59.6)27(58.7)0.93112(52.2)9(60.0)0.635
呼吸機能
 %VC,%70.2[63.8-84.0]80.3[55.4-88.8]0.52479.0[67.0-90.3]85.6[58.0-92.8]0.412
 FEV1/FVC,%81.6[74.5-84.5]77.8[71.6-82.7]0.10981.0[74.8-88.8]79.5[72.9-82.9]0.389
 %FEV1,76.6[63.3-88.8]80.9[55.7-93.6]0.88181.2[72.3-95.7]88.6[62.5-98.2]0.833
 拘束性換気障害,例33(70.2)22(47.8)0.02812(52.2)5(33.3)0.254
 閉塞性換気障害,例5(10.6)9(19.6)0.2291(4.3)1( 6.7)0.754
抗酸菌塗抹陽性,例40(85.1)39(84.8)0.96521(91.3)11(73.3)0.138
肺NTM症の診断からの期間,年6.0[2.0-12.0]3.0[1.0-7.0]0.2271.0[0.0-5.0]1.0[0.0-6.0]0.757
入院前の肺NTM症の治療歴,例40(85.1)39(84.8)0.96515(65.2)12(80.0)0.326
ISWD,m430[290-520]445[350-550]0.316440[280-530]470[420-570]0.045
HADS
 不安≧8,例13(27.7)6(13.0)0.08010(43.5)1(6.7)0.014
 抑うつ≧8,例13(27.7)8(17.4)0.2368(34.8)1(6.7)0.046
SGRQ
 症状50.1[32.7-68.7]52.0[29.1-63.7]0.42040.4[23.5-65.0]33.0[24.8-46.8]0.269
 活動41.8[23.2-67.0]35.5[12.4-54.2]0.04836.5[17.4-66.4]23.3[11.5-54.2]0.296
 衝撃32.4[21.2-45.1]18.7[10.6-34.5]0.00432.9[22.9-38.2]15.3[8.1-29.0]0.006
 総スコア38.8[26.9-51.5]28.0[15.7-43.5]0.01033.7[22.6-46.5]24.0[14.9-35.3]0.042

中央値[四分位範囲]

PSQI: Pittsburgh Sleep Quality Index, BMI: body mass index, mMRC: modified Medical Research Council dyspnea scale, VC: vital capacity, FEV1/FVC: forced expiratory volume % in one second, NTM: non-tuberculous mycobacterium, ISWD: incremental shuttle walk test distance, HADS: hospital anxiety and depression scale, SGRQ: St. George’s respiratory questionnaire

群間比較にはstudentのt検定,Mann-WhitneyのU検定,カイ二乗検定を用いた.

考察

本研究では,肺NTM症患者における睡眠障害の有訴者率は52.6%であり,有訴群では,無職の者,呼吸困難や拘束性換気障害,不安を有する者が多く,HRQOLが低値であった.これらは,著者らの知る限り同患者群の睡眠障害を調査した初めての研究であると言える.

Doiら1は本邦の一般市民の睡眠障害の有訴者率を調査し,60歳代の男性で22.8%,女性で27.9%であることを報告している.その結果と比較すると,本研究対象者における睡眠障害の有訴者率は約2倍と言える.また,本邦のCOPD患者を対象とした調査では17,睡眠障害の有訴者率は35.7%であり,その結果と比較しても本研究対象者の睡眠障害の有訴者率は高かった.一方で,今回,睡眠剤を服用していた対象者は全体で20.4%,睡眠障害の有訴群でも37.5%と少なく,肺NTM症患者における睡眠障害が十分に評価され治療されていない可能性が示唆された.

本研究では,睡眠障害と就業状況や呼吸困難,呼吸機能,不安,HRQOLにおいて睡眠障害の有訴群と非有訴群に有意差を認めた.睡眠障害と呼吸困難18,不安19,HRQOL4,5との関連は,他の慢性呼吸器疾患においても報告されており,肺NTM症においても同様である可能性が示唆された.就業状況と睡眠の質に関する先行研究では,慢性疾患患者の睡眠障害は労働生産性の低下と関連すること3,中年女性における睡眠障害の発症は退職のリスクを高めること20が報告されている.今回,睡眠障害と就業状況の因果関係を明らかにすることはできない.しかし,睡眠障害により労働生産性の低下を感じ,退職を選択した患者がいる可能性がある.肺NTM症患者の睡眠障害の併存を認識するために,就業状況をあわせて聴取することが有用である可能性が示唆された.また,就業中で睡眠障害を有する患者に対しては,睡眠剤の使用など睡眠障害に対する対処をすることが患者の就業継続の一助となる可能性がある.

一方,睡眠障害と咳嗽・喀痰症状に睡眠障害の有訴群と非有訴群の間に有意差を認めなかった.気管支拡張症患者では,夜間の咳嗽や 30 ml/日以上の喀痰量が睡眠障害と関連することが報告されている4.臨床上,肺NTM症患者では,喀痰症状を有していても喀痰量が少ない患者も多く,その点が本研究の結果に影響していることが推測される.しかし,今回は喀痰量や夜間の咳嗽を評価することができていないため,今後,咳嗽・喀痰症状の頻度や質,あわせて喀痰量に関しても評価し,検討する必要性が示された.

菌種,すなわちMAC,MABCによる睡眠障害の有訴者率はそれぞれ50.5%,60.5%であり,いずれも本邦の一般市民の睡眠障害の有訴者率1よりも高い結果であった.一方,菌種ごとの比較では,MACとMABCの睡眠障害について,いずれもHRQOLが低値など共通する特徴がある一方,一部異なる特徴も示した.MACでは,不安や抑うつは睡眠障害の有訴群と非有訴群の間に有意差を認めなかったが,MABCでは両群間で有意差を認めた.先行研究2,19において不安・抑うつは,睡眠障害と関連することが報告されている.MABCの治療は専門家への相談が推奨されており8,患者は診断後まもなく専門病院へ紹介されることもあり,このような経過が患者の精神心理面に影響し,睡眠障害に寄与している可能性がある.また,肺NTM症の診断からの期間の中央値が睡眠障害の有訴群ではMACで6年であるのに対して,MABCでは1年であった.そのため,MABCでは,早期から睡眠障害の併存を考慮する必要がある.

本研究の限界は以下の4つである.1つ目は,単一施設での検討に留まっている点である.本邦における肺NTM症の菌種の内訳は,MACが約9割とされているが6,本研究の対象者はMACが67.9%とやや低くMABCが27.7%と高い割合であり,当施設が肺NTM症治療の専門病院であることが影響していると推測される.2つ目は,対象者が内科的治療を目的とした入院中に理学療法が施行された患者に限られている点である.3つ目は咳嗽の頻度や喀痰量を評価することができていないことである.4つ目は,睡眠の質が主観的な評価に留まっており,睡眠ポリグラフィー検査などの客観的な評価を実施していないことである.

結論として,肺NTM症患者における睡眠障害は高率(52.6%)に認められ,睡眠障害の有訴群では非有訴群と比較して,無職や呼吸困難,不安,HRQOL低下が特徴的であった.同患者においては他の慢性呼吸器疾患以上に,睡眠障害の併存を考慮する必要があり,そのための定期的な評価が必要である.

謝辞

本研究にご参加いただいた対象者の皆様,ご協力いただきました当院の呼吸器内科の先生方,リハビリテーション科スタッフの皆様に心から感謝申し上げます.

備考

本論文の要旨は,第32回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2022年11月,千葉)で発表し,座長推薦を受けた.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
 
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