2024 年 32 巻 3 号 p. 348-353
【背景と目的】慢性呼吸器疾患患者における介護保険下での通所呼吸リハビリテーションが費用面に及ぼす影響を検討すること.
【対象と方法】慢性呼吸器疾患患者13例を対象とし,通所呼吸リハビリテーションを利用した1年間(PR実施期間)と,通所呼吸リハビリテーションの利用がなかった1年間(PR非実施期間)の費用面を比較,検討した.
【結果】PR実施期間では非実施期間と比較して,医療保険料,総保険料が低い傾向を示した(p=0.099,0.075).また,入院率も同様にPR実施期間でより低い傾向を示した(p=0.063).加えて,PR実施期間中には入院がなく,PR非実施期間中に入院をした症例が5例(38%)あり,このサブグループではPR非実施期間と比較してPR実施期間の医療保険料および総保険料が有意に低かった(共にp=0.043).
【結語】介護保険下での通所呼吸リハビリテーションにより,入院を予防し,医療費削減に寄与できる可能性が示唆された.
呼吸リハビリテーション(pulmonary rehabilitation:以下,PR)は慢性呼吸器疾患患者の呼吸困難,身体機能の改善,健康関連QOL(health related quality of life:以下,HRQOL)の向上,さらには増悪頻度の軽減や入院期間の短縮効果が示されており,重要な治療介入として位置付けられている1,2).しかし,その恩恵はPRを中止すると減損することが知られており,その効果を維持するために継続的なPRを提供することが必要である3).また,本邦における呼吸リハビリテーションに関するステートメントでは2),入院時から退院,生活期までシームレスなPRの重要性が強調されており,継続的な介入が推奨されている.しかしながら,特に退院後の生活期におけるPRの継続が難しいことが指摘されており4),生活期の長期的なPRの継続が大きな課題となっている.
生活期におけるリハビリテーション継続の手段として,医療保険下での外来リハビリテーション,介護保険下での通所リハビリテーションや訪問リハビリテーションが挙げられるが,本邦では介護保険を利用したリハビリテーションが推奨されている.しかし,慢性呼吸器疾患患者においては,受け入れ可能施設の不足や,要介護度が障害度と比較して低くなってしまっている状況もあり5),十分に拡充されているとは言い難い現状である.当院では,長期酸素療法(long term oxygen therapy:以下,LTOT)使用中の患者を中心に受け入れる通所施設を併設し,慢性呼吸器疾患患者を中心に通所でのPRを提供していた6).通所施設でのリハビリテーションは外来リハビリテーションにおいて大きな障壁となる通院手段の確保の必要がなく,継続率の高い有用なリハビリテーション提供手段であることを報告している7).
昨今の医療の急速な発達と医療費の増加に伴って,各種治療介入の有効性評価においてはその身体的・精神的効果のみではなく,費用面を調査することが重要とされている.国際的な診療ガイドラインの評価ツールであるAGREE II(The Appraisal of Guidelines for Research and Evaluation II)8)においても,費用面に関する記述の有無が診療ガイドライン評価の項目の一つとなっており,各種治療介入において調査することが推奨されている.本邦の厚生労働省の調査においても9),令和3年度の概算医療費は44兆2,000億円と対前年度比で4.6%の大幅な増加を示しており,医学的介入の費用面での対応が急務となっている.
PRは,身体・精神的な効果のみではなく,費用対効果も優れていることが国外のsystematic reviewで検証されている10).さらに同reviewでは,各国のヘルスケアシステムの違いから,PRの費用対効果に関する検証は各国それぞれで行うことが重要であると結論付けている.しかしながら,本邦においてPRの費用面を検証した報告は極めて限定的である.高橋ら11)は,外来PRを実施した慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:以下,COPD)患者は非実施患者と比較して,有意に入院回数および期間が低値を示し,加えて総入院費用が低額であったことを報告している.また茂木ら12)は,COPD増悪入院患者の医療費に影響する因子を検討し,医療費には日常生活活動(activities of daily living:以下,ADL)能力の低下が関連しており,ADLを向上させるためのPRが医療費を軽減させる可能性を報告している.一方,本邦における介護保険下での通所PRにおいて費用面を検討した報告は皆無であり,その費用対効果は全く不明な状況である.そこで,本研究の目的は,介護保険下で行う通所PRの有効性を費用面から検討することとした.
2017年4月~2020年3月の期間に当院通所施設にて,介護保険下での1年間のPRを実施し,さらにその終了後1年間の経過を観察可能であった慢性呼吸器疾患患者を対象とした.除外基準は質問紙の調査に影響を及ぼす認知機能障害を有する者,通所PR終了後に外来等でPRの継続があった者とした.本研究は倫理的に十分配慮して実施し,九州栄養福祉大学・東筑紫短期大学倫理委員会の承認を受けた(受付番号:2127号).
2. 測定項目通所PRを実施していた1年間(以下,PR実施期間),およびその後の1年間のPRを実施しない経過観察期間(以下,PR非実施期間)において,以下の項目を診療記録とレセプトデータから後方視的に収集した.
2-1. 基本情報および医療・介護保険料年齢,性別,体格指数(body mass index:以下,BMI),LTOTの有無,観察期間中の入院の有無を診療記録から収集した.医療保険料および介護保険料はレセプトデータから抽出した.
2-2. 肺機能検査肺機能検査はスパイロメーター(HI-801,CHEST株式会社,東京)を用い,米国胸部学会/欧州呼吸器学会(American Thoracic Society/European Respiratory Society(以下,ATS/ERS)のガイドライン13)に準じて実施し,努力性肺活量(forced vital capacity:以下,FVC)およびFVCの予測値に対する割合(以下,%FVC),1秒量(forced expiratory volume in one second:以下,FEV1),FEV1の予測値に対する割合(percent predicted forced expiratory volume in one second:以下,%FEV1)および1秒率(forced expiratory volume % in one second:以下,FEV1/FVC)を測定した.
2-3. 健康関連QOL,呼吸困難HRQOLはShort-Form 36-Item Health Survey(以下,SF-36)14)を用いて評価した.呼吸困難は修正MRC息切れスケール(modified Medical Research Council dyspnea scale:以下,mMRC)15)にて評価した.
3. 通所呼吸リハビリテーションPR実施期間中は,週に1-2日の頻度で通所PRを継続して実施した.通所PRは5-10人のグループで行い,1時間/1回のセッションを1日1回理学療法士監視の下で実施した.持久力トレーニング(トレッドミルおよび自転車エルゴメータ運動),レジスタンストレーニング(重錘,ダンベルおよび自重を用いた運動)を毎セッション実施し,加えてコンディショニングおよびADL練習を適宜実施した.さらに,他職種と協働して吸入指導,栄養指導,家族指導および感染対策指導等の患者教育を必要に応じて実施した.また,適宜自宅訪問を行い,家庭における動作確認や家屋環境の確認をし,必要に応じて家屋調整や動作指導を実施した.
4. 費用対効果通所サービスによるPRの費用対効果について,質調整生存年(quality adjusted life years:以下,QALYs)16)および増分費用効果比(incremental cost effectiveness ratio:以下,ICER)17)を用いた分析を行った.QALYsは効用値に生存年数を乗じて算出した16).先行文献に準じて18,19),以下の式でSF-36 の数値をVAS(visual analogue scale)に変換し,その100分率の値を効用値として使用した.
VAS=社会生活機能得点*0.007+身体機能得点*0.143+心の健康得点*0.1+日常役割機能(精神)得点*0.01+体の痛み得点*0.04+日常役割機能(身体)得点*0.024+活力得点*0.182+全体的健康感得点*0.31
生存年数は観察期間中(PR実施期間および非実施期間)における生存期間とした.ICERは,医療保険料と介護保険料の合計金額を総費用として,以下の式で算出した17).
ICER=PR実施期間の医療費の総費用-PR非実施期間の医療費の総費用/PR実施期間のQALYs-PR非実施期間のQALYs
5. 統計解析PR実施期間とPR非実施期間におけるQALYs,医療・介護保険料,総費用をWilcoxon符号付き順位検定または対応のあるt-検定,各期間中の入院の有無をMcNemar検定にて比較した.統計解析ソフトはSPSS Ver. 27(IBM社,シカゴ)を使用し,危険率5%未満を有意とした.
対象者背景を表1に示す.解析対象者は13例(COPD 5例,間質性肺疾患3例,陳旧性肺結核4例,気管支拡張症1例)で,年齢は81.9±5.4歳,男性が6例であった.SF-36,QALYs,医療・介護保険料および総保険料は,PR実施期間とPR非実施期間で有意な差を認めなかったが,医療保険料,総保険料はPR非実施期間と比較してPR実施期間で低い傾向を示した(医療保険料:p=0.099,総保険料:p=0.075)(表2,図1).また,PR実施期間は非実施期間と比較して,期間中の入院割合が低い傾向にあった(PR実施期間31%,PR非実施期間69%,p=0.063)(表2).
(n=13) | |
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年齢,歳 | 81.9±5.4 |
男性,例(%) | 6(46) |
BMI,kg/m2 | 22.4±3.3 |
FVC, L | 1.52±0.59 |
%FVC, % | 59.7±19.2 |
FEV1, L | 1.05±0.44 |
%FEV1, % | 55.3±24.7 |
FEV1/FVC, % | 70±16 |
mMRCスケール(0/1/2/3/4) | 0/0/8/1/4 |
LTOT,例(%) | 8(62) |
要支援(1/2) | 2/3 |
要介護(1/2/3/4) | 5/3/0/0 |
通所PR利用頻度,回/週(1/2) | 5/8 |
平均値±標準偏差,例数(%)
BMI, body mass index; FEV1, forced expiratory volume in one second; %FEV1, percent predicted forced expiratory volume in one second; FVC, forced vital capacity; LTOT, long term oxygen therapy; mMRC, modified Medical Research Council dyspnea scale; PR, pulmonary rehabilitation
PR実施期間 (n=13) | PR非実施期間 (n=13) | p値 | |
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SF-36 MCS | 51.1±12.1 | 50.7±6.4 | 0.875 |
PCS | 23.0±18.1 | 29.5±15.7 | 0.235 |
QALYs | 0.45±0.13 | 0.50±0.14 | 0.130 |
医療保険料,万円 | 161±128 | 221±140 | 0.099 |
介護保険料,万円 | 50.9±22.2 | 46.0±45.8 | 0.695 |
総保険料,万円 | 212±127 | 267±135 | 0.075 |
期間中の入院,例 | 4(31) | 9(69) | 0.063 |
平均値±標準偏差,例数(%)
HRQOL, health related quality of life; MCS, mental component summary; PCS, physical component score; SF-36, Short-Form 36-Item Health Survey; PR実施期間,通所呼吸リハビリテーション実施期間; PR非実施期間,通所呼吸リハビリテーション非実施期間
A:医療保険料,B:介護保険料,C:総保険料
*PR実施期間に入院を認めず,PR非実施期間に入院を認めた5例
PR実施期間中には入院がなく,PR非実施期間中に入院をした症例が5例(38%)あり,このサブグループではPR非実施期間と比較してPR実施期間の医療保険料および総保険料が有意に低かった(共にp=0.043)(図1).PR非実施期間に対するPR実施期間のICERに関しては,QALYsの値に明らかな差を認めず算出不可であった.期間中の対象者の死亡はなかった.
本研究は,慢性呼吸器疾患患者を対象として通所PRの実施期間と非実施期間における保険料および費用対効果を検討した.その結果,PR実施期間は非実施期間と比較して医療保険料および総保険料が低い傾向にあり,さらに入院をした患者の割合が低い傾向にあった.また,QALYsに明らかな差を認めなかったため,ICERは算出不可であった.
PR非実施期間と比較して,PR実施期間では医療保険料,総保険料が低い傾向を示した.これらの結果は外来,入院および地域ベースのPRは費用面に優れているという国外での報告と一致している10).本研究では,PR実施期間は,非実施期間と比較して入院率が低い傾向を示しており,この入院率の低下が保険料の低下に寄与したと考えられる.外来,入院でのPRが入院率の減少効果を認めることは多数報告されているが20),通所施設においても,患者教育を含めた包括的なPRを提供することで,入院の予防が可能となり,医療保険料および総保険料の軽減に繋がったと考える.また,PR非実施期間には入院を認めたが,PR実施期間には入院を認めなかった患者が38%存在し,このサブグループではPR実施期間において医療保険料および総保険料が有意に低値を示しており(図1),この結果も入院率の低下が保険料の低下に寄与していたことを支持している.本邦においても,外来PR実施群は入院回数・期間が低値であったことが報告されており11),本研究と同様の結果を示している.一方で,介護保険料は両期間で差を認めなかった.この理由として,PR非実施期間はリハビリテーションに代わる何らかの介護サービスを使用していたことが推定される.しかしながら,本研究では他の介護保険サービスについてデータを収集していないため,今後の検討が必要である.
治療介入に対する費用対効果の調査においては,QALYsおよびICERが重要視されているが21),本研究ではICERの算出は不可であった.ICERは目的とする治療介入によって 1-QALY(完全に健康な状態での1年の生存)改善するために必要な費用として計算されるが,目的治療によるQALYsの改善が極端に小さい場合には,その数値は無限大となり意味を成さないとされている22).本研究では,QALYs算出に用いる効用値として使用したSF-36 は,PR実施期間とPR非実施期間で有意差を認めず,それに伴いQALYsも差を認めなかったため,ICERを算出することが不可であった.Gillespieらは23),390例のCOPD患者を対象に8週間の教育プログラムの費用対効果を調査し,包括的なHRQOL尺度であるEQ-5D(EuroQol 5-dimensions)を使用して計算したQALYsは,その感度不足により極めて小さい値となり,算出したICERの値(472,000ユーロ)は参考にならないと結論付けている.一方,HRQOLの呼吸器疾患特異的尺度であるChronic respiratory disease questionnaire(以下,CRQ)を用いた解析では,CRQを1ポイント改善するために必要な金額は850ユーロと妥当な値を示し,この値を費用対効果の指標として結論付けている23).CRQやSGRQ(St. George’s respiratory questionnaire)と比較して,包括的尺度であるSF-36 はPRに対する反応性が劣っていることが報告されており24),本研究においてもその変化を十分に検知できていなかった可能性がある.今後,疾患特異的HRQOLを用いて,費用対効果の検証を実施していく必要がある.また,外来や入院で集中的に実施するPRプログラムとは異なり,通所PRは長期間の維持プログラムとしての側面が強く,改善には至らなかった可能性がある.加えて,通所リハビリテーションは外来通院が困難である身体機能がより低い患者の割合が多く,十分な運動強度での介入が難しい症例が多いことも関与している可能性がある.
本研究では3つの制限因子が挙げられる.1つ目は,サンプル数が十分でなく統計的な検出力に制限があったことである.2つ目はPR実施期間と非実施期間の順番が固定であり,かつウォッシュアウト期間が十分でなかったことが挙げられる.そのため,PR非実施期間においても,その前のPR実施期間の影響が残存している可能性がある.本研究は後ろ向き研究であり,サンプル数や研究デザインの調整が困難であったが,今後はこれらを踏まえて前向き研究で検討していく必要がある.3つ目は効用値の変化を認めなかったために,費用対効果を示す指標の算出ができなかったことである.今後は疾患特異的な指標を用いることや,長期間の介入を実施することによって,より効用値の変化が期待できるようなデザインでの検討が必要であると思われる.
本研究は,本邦で初めて介護保険下でのPRの効果を費用面から検討した.その結果,PR実施期間中の入院率は低下傾向であり,それに伴い医療保険および総保険料も低い傾向を示した.今後,サンプル数を増やして前向き研究での検証が必要であると考えられる.
本研究に協力いただきました対象者の皆様ならびに霧ヶ丘つだ病院スタッフの皆様に深謝します.
津田 徹:講演料(ベーリンガーインゲルハイム,アストラゼネカ)