様々な呼吸器疾患において,高率に栄養障害の合併を認め,病態との関連が認められる.なかでも慢性閉塞性肺疾患(COPD)は体重減少の頻度が高く,栄養障害は生活の質や予後と関連する.また,COPD患者では運動耐容能の低下や身体活動性の低下を認め,これらは栄養障害と密接に関連し,結果的にサルコペニアに繋がる.サルコペニア対策の重要な要素として,身体活動性の向上,全身性炎症の抑制,蛋白同化促進の3点が考えられ,栄養療法と運動療法のコンビネーションセラピーを構築する必要がある.また,特発性間質性肺炎も体重や脊柱起立筋は予後と関連している.非結核性抗酸菌症においても,体重,骨格筋量,脂肪量は病変の進展に関連しており,呼吸器診療においては,栄養評価を適切に行う必要がある.
本稿では,呼吸器疾患の中で,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD),特発性間質性肺炎(idiopathic pulmonary fibrosis: IPF),非結核性抗酸菌症(non-tuberculosis mycobacteria: NTM)にしぼって,各疾患の栄養障害について記載する.COPDでは,サルコペニアの特徴および,サルコペニア対策の観点から考える治療戦略についても概説する.
1. COPDにおける栄養障害・サルコペニア 1) COPDの栄養障害の特徴COPDはタバコなどを長期に吸入曝露することで生じる肺の炎症性疾患であるが,炎症性サイトカインやCRPの上昇など全身性炎症を認める.全身性炎症は様々な併存症の基盤病態ととなり,栄養障害,骨格筋機能障害,骨粗鬆症の重要な要因となり,サルコペニアの合併にも深く関わっている.COPDにおける栄養障害の原因として,全身性炎症に加え,換気メカニクスの障害,食事摂取量の減少,摂食調節因子から代謝亢進やエネルギー摂取量の低下をもたらし,エネルギーインバランスを惹起し,栄養障害につながる.また,COPD増悪や内分泌ホルモンの変化も栄養障害の要因となる(図1).
厚生労働省呼吸不全研究班において実施した横断的調査の結果1)では,全体としては比較的軽症・中等症の割合が高かったにもかかわらず,body mass index(BMI)が20未満の体重減少の割合は約30%であった.また,呼吸機能障害が重症になるにしたがってBMI低下頻度は上昇し,最重症では約6割で体重減少を認めた.米国の報告との比較では,閉塞性障害の程度が同じ患者では,日本での体重減少の割合は米国の約2倍に及んでいた.
COPD患者において,栄養障害が呼吸機能障害とは独立した予後因子であることが数多く報告されている.わが国のDPC database から入院COPD患者263,940名の死亡率をBMIで層別化して比較検討した成績では,BMI 18.5未満の体重減少患者では死亡率が高いことを報告している2).欧州で行われたBMIと筋たんぱく量の指標であるfat-free mass index(FFM)で層別化して生存率を検討した大規模研究3)では,BMIが正常であっても,その約1/4でFFMが低下していた.さらに,BMIの低下の有無にかかわらず,FFMの低下を認めた群では有意に生存率が低下しており,体組成を評価することも重要である.
2) COPDの栄養療法のエビデンスCOPDに対しての栄養補給療法は,体重やFFMは改善させる.また,St. George’s respiratory questionnaire(SGRQ)で評価した生活の質(quality of life: QOL)を改善させ,運動耐容能(6分間歩行試験)は最小変化量(minimal clinically important difference: MCID)には至らなかったが,統計学的に有意に改善させた.一方,大腿四頭筋筋力,mMRC息切れスケール,1秒量は改善させなかった.また,栄養療法により予後が改善するかどうかについては明らかではなく,現状な最適な治療戦略は確立されていない.以上のように,栄養補給療法だけではその効果は限定的といえる.
3) COPDにおけるサルコペニア日本でのCOPD患者の年齢分布をみると,約6割は75歳以上,約2割が85歳以上と著しい高齢化が認められる.従って,加齢に伴う病態であるサルコペニアの合併頻度も高率であることが推測される.サルコペニアは,高齢期にみられる骨格筋量の減少と,筋力もしくは身体機能の低下により定義されており,加齢による一次性サルコペニアと,活動性の低下や低栄養,疾患と関連している二次性サルコペニアに大別される.欧米での報告4)では,外来COPD患者622名のうち14.5%がサルコペニアと診断され(骨格筋量指数(skeletal muscle mass index: SMI)の低下頻度は約18%),高齢になるほど,また,COPDの重症度が高い(閉塞性障害が強い)ほどサルコペニアの合併頻度は高かった.80歳以上で約20%にサルコペニアを認め,また,最重症COPDでも約20%にサルコペニアを認めた.一方,我々の検討では,SMIの低下頻度はCOPD全体で55.4%認めた.重症度との関連では,重症COPDでは60%,最重症COPDでは86%であり,先ほどの欧米の報告と比べて,はるかに高頻度であった.高齢COPD患者が多い本邦では,欧米よりもサルコペニアの合併頻度は高いと推測されるが,現状においては,実態は明確にはなっていない.
韓国での大規模研究の報告では5),重症・最重症のCOPD患者においては,サルコペニア,プレサルコペニアあわせての合併率は60%程度であり,サルコペニア症例の約90%に骨量の減少および骨粗鬆症を合併していた.サルコペニアの診断に重要な要素である握力やSMIはどちらも,炎症性サイトカインである血中tumor necrosis factor-α(TNF-α)と有意な負の相関を認めている6).骨格筋の収縮に伴い,様々なタンパクが産生・分泌されることが明らかになり,それらはミオカインと総称されている.インターロイキン6(IL-6)は炎症性サイトカインであるとともに代表的なミオカインとして位置付けられている.FFMが減少していないCOPD患者と,減少しているCOPD患者で運動後の血漿IL-6濃度を比較した検討では,FFM減少群のほうが,運動後のIL-6濃度の増加が有意に大きいことが報告されている7).これは,サルコペニア患者の方が運動後の全身性炎症がより増幅されることを示唆している結果であると思われる.一方,COPD患者の運動による抗炎症効果も報告されている.一日の歩数が多いほどCRPやIL-6の濃度が低下していることが示されており8),歩行程度の低強度の運動による身体活動の向上が全身性炎症を抑制する可能性が考えられる.従来のCOPDに対する栄養療法は,筋たんぱく量の維持・増大を主眼としており一定の効果が得られているが,これからはサルコペニア対策の観点から,治療戦略を構築していく必要があると考える.サルコペニア対策の重要な要素として,身体活動性の向上,全身性炎症の抑制,蛋白同化促進の3点が考えられる.適切な運動療法はこれらのすべてにおいて有効な手段となり,栄養療法は全身性炎症の抑制,蛋白同化促進について介入可能と考える(図2).
運動療法と全身性炎症,栄養障害について考えると,運動療法は蛋白同化作用を持ち,筋たんぱく量を増加させる方向に働く.しかし,筋たんぱく量が減少したサルコペニア症例や身体活動性の低下した状況で高強度の運動療法を行うと,IL-6などが過剰に産生され,全身性炎症や酸化ストレスが増悪すると考えられる.そして,異化反応につながり,さらにサルコペニアを助長するという悪循環に陥る.従って,運動療法を行う場合には,適切な運動強度の設定,すなわち低強度の運動療法が妥当と思われるが,それとともに抗炎症作用,たんぱく同化作用のある栄養素材の併用が望ましいと考えられる.
5) COPDにおけるサルコペニア対策としての栄養療法COPD患者では運動耐容能の低下と身体活動性の低下を認めるが,これらは栄養障害と密接に関連し,結果的にサルコペニアに繋がる.しかし,栄養療法単独での効果は限定的である.そこで,栄養療法においては運動療法との併用が必要であり,併用療法の有効性が示されている.併用効果を高める栄養素材として,ω-3系脂肪酸,L-カルニチン.ホエイ蛋白,分岐鎖アミノ酸(branched chain amino acids: BCAA)などがある.ω-3系脂肪酸のサプリメントと8週間の運動療法の併用効果を検討した報告9)では,プラセボ群と比較して,最大運動能や運動持続能が改善していた.体重減少患者の末梢筋では,転写因子であるnuclear factor kappa B(NF-κB)が活性化されており,ω-3系脂肪酸がNF-κBなどに作用することにより,筋における炎症や代謝が改善された可能性も考えられる.また,外来COPD患者を対象として,ω-3系脂肪酸と抗酸化ビタミンであるビタミンAを含有した栄養剤と低強度運動療法の併用効果を検討したところ,栄養剤摂取群では呼吸筋力,6分間歩行試験でみた運動能が改善し,血中のCRPやIL-6の低下を認めた10).L-カルニチンは抗炎症や抗酸化作用を持ち筋蛋白の分解を抑制する.中等症から重症のCOPD患者に,L-カルニチン投与群とプラセボ群の2群間で6週間の運動療法と呼吸筋トレーニングの効果を比較検討したところ,栄養状態の有意な改善はなかったものの,L-カルニチン投与群では有意に6分間歩行距離の改善,運動時の血中乳酸値の低下,最大吸気筋力の改善を認めた11).ホエイ蛋白はカゼインと比較して,生体への吸収が速く利用率も高いことが特徴であり,BCAA含有率も高く,抗酸化・抗炎症作用を有している.ホエイ蛋白含有栄養剤による効果として,血中IL-6の低下や抗酸化作用をもつグルタチオンの血中レベルの増加が報告されている12).また,外来COPD患者にホエイ蛋白含有栄養剤と低強度運動療法を併用したところ,コントロール群と比較して,体重増加や息切れ,運動能,QOLの改善がみられ,血中IL-6やTNF-αの低下を認めた13).運動療法と必須アミノ酸製剤との併用効果を検討した報告では,入院4週と外来8週間の自転車エルゴメーターによる運動療法に加えてBCAAの含有率が高い必須アミノ酸製剤を12週間投与したところ,コントロール群は有意なFFMの改善が認められなかったが,必須アミノ酸投与群ではFFMは有意に増加した14).サルコペニアに対する栄養学の介入についてまとめると,たんぱく合成,抗炎症の両面から,ロイシンなどのBCAA,抗炎症の側面からはω-3系脂肪酸,ホエイ蛋白,L-カルニチンなどがあげられ,これらの積極的投与がサルコペニア改善に寄与可能性が期待される(図3).このように,サルコペニア対策としては,運動療法と栄養療法を単独ではなく,栄養療法と運動療法のコンビネーションセラピーを構築する必要がある.
IPFの慢性期における低体重はCOPDと比較して低率とされているが,IPFでも体重減少は予後と関連することが報告されている.IPF患者197名(平均年齢平均年齢 71.4±8.9歳,平均BMI: 28.2±4.6 kg/m2)を,BMI<25 kg/m2(n=46),25 kg/m2≦BMI<30 kg/m2(n=85),BMI≧30 kg/m2(n=66)とBMI別に層別化して予後をみたところ,BMI<25 kg/m2 のIPF群では予後が低下していた15).また,IPF診断時にBMI<18.5 kg/m2 と体重減少を認めるIPF患者では生存期間は明らかに低下しており,経年的な体重減少やサルコペニアも独立した予後因子と考えられている16).また,COPD同様,IPFでもFFMは予後と関連し,BMIよりもFFMがより鋭敏な予後因子であるとの報告もある17).さらに,CTで評価した大胸筋や広背筋,脊柱起立筋などの胸郭の筋肉量が予後因子となることも示されている18,19).IPFにおける栄養障害の原因としては,呼吸筋などの代謝亢進,全身性炎症,低酸素血症,呼吸困難による食思不振,身体活動性の低下などが想定されるが明らかにはされていない.IPFに対する栄養療法の有用性も明らかではなく,今後の課題である.
3. 非結核性抗酸菌症における栄養障害体重減少はNTM発症の危険因子であり,BMIが低いとNTM発症率が高い.健康診断を受けた40歳以上の韓国人を対象にしたレトロスペクティブコホート研究では,体重減少はNTM発症の危険因子であり,BMIが4年間で 1 kg/m2 以上減少するとNTMの発症率が上昇し,BMIが 1 kg/m2 以上増加するとNTMの発症率が減少したことが報告されている20).また,NTM 103名と人口統計学的に類似したコントロール101名を比較した欧米の報告では,NTM患者はBMI,体脂肪率,総脂肪量が低く,身長が高く,漏斗胸の割合が高かった21).また,NTM患者においても体重減少は病変の進展に関与しており,NTM病変の進展には,BMI,罹病期間,末梢白血球数が関係していたことが報告されている22).症状および画像の増悪のためにNTM治療が開始された患者を進行群としたところ,NTM進行群では,BMIだけでなく,骨格筋量や脂肪量が低下していた23).さらに,多変量解析の結果,腹部脂肪率の低下はNTMの進行の独立した予測因子であり,NTM診療においても,体組成の評価は有用と考えられる.
COPDを中心に呼吸器疾患の栄養障害について概説した.呼吸器疾患では,COPDだけではなく,IPFやNTMにおいても,栄養障害は病状の発症・進展に関連している.呼吸器診療においては,体重の評価はもちろん,体組成の評価も有用である.IPFやNTMにおける栄養療法の意義については解明されていない点が多い.COPDの栄養管理では,筋たんぱく量の維持・増大に加え,サルコペニア対策が重要であり,運動療法と栄養補給療法とのコンビネーションセラピーが重要である.
本稿は,第31回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2021年11月,香川)シンポジウム6「呼吸器における栄養障害・サルコペニアの諸問題と戦略」において「呼吸器疾患におけるサルコペニアオーバービュー」として発表した内容である.発表する機会を頂きました会長の森 由弘先生,座長の若林秀隆先生に深謝申し上げます.
本論文の要旨は,第31回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2021年11月,香川)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.