2025 年 34 巻 2 号 p. 107-111
遠隔モニタリングは情報ネットワークへの接続性が確保されたIoT医療機器から得られたデータをサーバに蓄積し,これを医療者が閲覧することによって行われる新しい医療である.本研究では,遠隔モニタリングの仕組みと次世代医療基盤法の枠組みを活用することで,医療者の入力負担とレポジトリ維持の費用負担を減じて,持続性のあるレポジトリを実現する手法を提案し,CPAP遠隔モニタリングの仕組み上で実現した.具体的には,サーバでAPI(Application Program Interface)を提供しているベンダーからはAPIを活用して,提供していないベンダーからはRPA(Robotic Process Automation)ソフトウエアを用いてデータを収集する仕組みを構築し,次世代医療基盤法で求められる認定事業者との接続要件を満たしたサーバ空間上に実装した.運用の結果,3ヶ月で述べ44,898日分のデータを,医療者に殆ど入力負荷をかけることなく収集することができた.
AlexNet1)の成功に端を発した深層学習技術の急速な発展をうけて,医療を含む様々な分野への人工知能技術の適用が盛んに試みられている.人工知能開発においては,「教師」となり得る,高品質のデータを大量に収集することが必要であることから,データを大量に蓄積する「レポジトリ事業」が,医学の多くの分野において行われている.長期間にわたってデータが蓄積されたレポジトリは,大木の医学知識を提供し,医療AIの良い教師となる貴重な資源となると期待されている.長期間にわたって継続的に運用維持するためには,データを入力する医療者の負担と,レポジトリを維持するための費用という,二つのコスト負担を背負うことが必要であり,決して容易ではない.
一般的に,レジストリに集積されるデータの源は,診療録である.しかし,臨床現場で発生する主たるデータである診療録は,後で医師等の人間が参照する前提で医師によって「書き留められた」データであり,機械が求める「分かち書き」などの構造化や「用語の統一」などの標準化が行われているわけではない.「テンプレート」と呼ばれる構造化入力ツールを用いて診療録に構造化データを蓄積する試み2,3)も行われているが,テンプレート入力は人の思考過程を固定させ,用語を統一するための選択入力作業や入力欄を間違えないようにする作業に高い集中力を要求するため,入力者の思考を妨げる負荷の高い入力方法であることも知られている4,5).これに対して,機械から機械に直接データを送信することで,人に入力負荷を与えることなく客観的データを効率的に機械に与える手法として,Internet of Thing(IoT)が提案され6),臨床現場でも活用されている7).
平成28年診療報酬改訂では,「遠隔医療」が保険診療の対象と定められ,その類型を整理した上で,幾つかの診療行為が収載された.遠隔医療の類型の一つとして定義された「遠隔モニタリング」は,情報ネットワークへの接続性が確保された医療機器(IoT医療機器)から提供されるデータを活用して,医療者が在宅患者を見守り,必要に応じて介入を行う新しい医療である.遠隔モニタリングでIoT医療機器から提供されるデータを用いれば,医療者に入力負荷を与えることなく,客観的データを大量に集積するレポジトリの構築が可能になると考えられる.
一方,大量のデータを蓄積するためには,これを収めるストレージ装置が必要である.レジストリに蓄えたデータが大量になればなるほど,必要となるストレージ容量は膨大になり,必要な費用は増加する.これらの費用を賄うためには,データを利用して成果を得る者から「受益者負担」するほかなく,負担額を抑えるためには,より多くの利用者に費用負担させる必要がある.次世代医療基盤法(医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律)8)は,個人情報保護法9)で要配慮個人情報に分類され,同意無しで利用・第三者提供することが許されていない健康・医療に関わる情報(医療情報)を保有する医療情報取扱事業者に,あらかじめ本人に通知するとともに,本人又はその遺族からの求めに応じて提供を停止することとしていれば,政府により許可を与えられた認定匿名加工医療情報作成事業者(認定事業者)に医療情報を顕名で提供することを許可し,認定事業者に受領したデータを突合したうえで匿名加工して,企業・自治体・研究者などの健康・医療に関する先端的研究開発や新産業創出を行う者に対して,情報収集するための基盤を維持するための費用を課して提供することができることを定めた法律である.したがって,より多くの利用者に費用を負担させつつ,レポジトリを継続的に運用するためには,この法律を活用できるようにすることが好ましい.
本研究では,次世代医療基盤法の仕組みを活用できる形で,持続気道陽圧呼吸(Continuous Positive Airway Pressure)CPAP遠隔モニタリングの環境を活用した睡眠時無呼吸症候群患者のレポジトリ構築を試みる.
CPAP遠隔モニタリング環境と,本研究で構築するシステムの基本的なアプローチを図1に示す.
遠隔モニタリングにおいては,IoT医療機器からのデータが機器ベンダのサーバに送られ,機器のシリアルナンバーと患者情報とが結びつけられて集積される.医師は蓄積されたデータを,一般的にWebブラウザ上のインタフェースを通じて閲覧して診療を行う.遠隔モニタリングシステムからレポジトリへデータを取得するためには,サーバから直接データを取得することが最も効率的であると考えられる一方,レポジトリ構築のためだけにベンダに遠隔モニタリングシステムを改修する負担をかけるのも適切では無い.
本研究では,ベンダーがAPI(Application Program Interface)と呼ばれる,ソフトウエアがデータを直接取り出すことができる「口」をサーバに設けているベンダーのデータについては,これを利用し,ベンダーがサーバにAPIを設けていない場合には,RPA(Robotic Process Automation)ソフトウエアと呼ばれる,人が操作する画面を予め定めた通りに操作するソフトウエアを用いて,収集することとした.
また,次世代医療基盤法でこのレポジトリを活用できるようにするために,同法施行規則8)第6条四-二-(1)の求めに従い,レポジトリのサーバから認定事業者の医療情報管理区域にあるサーバに「専用線等」を通じてデータ送信できるようにすることとした.
構築したシステムの概要を図2に示す.
本研究では,フィリップス社製とレスメド社製のCPAP装置を用いる患者のデータを収集対象とした.フィリップス社はサーバのAPIへのアクセスを本研究に許可したのに対し,レスメド社はサーバのAPIへのアクセスを本研究に許可することが難しかったことから,レスメド社製のCPAP装置を用いる患者のデータは,レスメド社製機器の提供者である帝人ファーマ社,および,フクダライフテック社の医師用インタフェースをRPAソフトウェアで操作してデータを収集することとした.併せて,対象患者の体重・血圧を,オムロン社のオムロンコネクトサービスのAPIから取得することとした.収集システムの構築はファインデックス社の協力を得て実施した.
構築システムを用いたデータ収集の手順の一例(フィリップス社製CPAPを用いる患者の場合)を図3に示す.
研究者はまず患者の同意を得た上で,CPAP機器のシリアルナンバ(SN)を確認し,構築システム(ファインデックスシステム)に患者情報とシリアルナンバーを登録する.併せて,構築システムが出力するオムロン社の定める連携用バーコードを用いて,オムロンコネクトへデータ送信の登録を行う.以上の初期設定プロセスが完了すれば,構築システムは日次等の定期的な間隔で,自動的に両社のサーバからデータを取得する.RPAを用いるデータ収集においては,特定の端末上で収集対象となるシステムのWebインタフェースを自動的操作して,同様に情報収集を行う.
構築したシステムは,次世代医療基盤法認定事業者の一つである一般社団法人ライフデータイニシアティブ(LDI)にデータを送信する専用線インフラを有するNPO法人日本医療ネットワーク協会(JMNA)のサービスとして実装した.図4に構築システムと認定事業者の関係を示す.CPAPベンダーのデータベースサーバなどから収集されたデータは図中の青背景で示すJMNAのサーバ環境上に構築されたCPAPデータベースに保管される.研究者は奨励検索サービスのインタフェースを用いて,倫理委員会で承認された範囲のデータを検索・参照できる.一方,企業等のその他のデータ利用者は,図左下に示すLDIに対価を払って(経費負担して)匿名加工情報にアクセスすることができる.
以上のシステムを構築し,京都大学医学研究科,医学部,及び,医学部附属病院医の倫理委員会で承認を得られた研究計画に基づいた研究に適用した.データ収集は2022年4月21日から開始され,現在も継続的にデータ収集事業が行われている.2022年7月29日時点で登録されているデータは,RPA経由で収集されたデータが37名述べ16,036日分,API経由で収集されたデータが74名述べ28,862日分であった.この間,収集が停止するトラブルは,RPA側で2件発生した.一度はRPAに用いるWebブラウザのセキュリティアップデートの発生によるもの,もう一度はベンダー側のWebサーバのURLが予告なく変更されたことによるものであった.
本研究の結果,医療者に多大な入力負荷をかけることなく,大量データが収集できる,レポジトリシステムを構築できる事が実証された.筆者らが手作業で各社の閲覧用インタフェースを開いてこれを閲覧しながら入力画面にデータ入力を行うのに要した時間は,一回当たり大凡150秒であったことから,この間収集された計44,898日分のデータを医療者に入力させていたならば,1,871時間を要したものと推測される.
一方,想定されなかった情報収集のエラーはRPA側のみで二回発生した.内一回はRPAを用いていること自身に起因するブラウザのアップデートによるもの,もう一回はRPAを用いてもAPIを用いても発生しうる遠隔モニタリングシステムの仕様変更に伴うものであった.安定的に情報収集を継続するためには,RPAを用いるよりもAPIを利用できる方が好ましいこと,及び,遠隔モニタリングシステムを運用する医療機器ベンダーとの継続的な協力関係を維持することが,重要であることが示唆された.
認定事業者との接続については,システム構築を行う運用可能性を確認はしたものの,現時点で具体的な利用実績をあげるには至っていない.これは,レポジトリが未だデータ収集の初期段階にあることと,レポジトリ構築に携わる研究者以外の者に,同レポジトリのデータと他のデータを集積する事によって得られる可能性のある知識についての可能性が,十分検討されていないことによるものであると考えられた.今後,より具体的な価値創造の可能性の検討を研究者のみではなく産官の関係者と協力して探ることが必要であると考えられた.
遠隔モニタリングは,情報通信技術(ICT)を活用して生活習慣病の治療の可能性を広げる,新しい遠隔診療のスタイルである10).令和4年度の診療報酬改定では,埋め込み型心臓ペースメーカー,睡眠時呼吸管理装置に加えて,在宅透析装置を対象とした遠隔モニタリングが保険収載されるなど,その適用範囲は広がりつつある.遠隔モニタリングの適用範囲が広がり,IoT医療機器を用いて収集されたデータが研究目的でも活用できるようになれば,これらから得られたデータを活用した,AI(Artificial Intelligence,人工知能)技術などを活用したSaMD(Software as a Medical Device,医療機器ソフトウエア)などの開発・促進され,より多くの医療データが日常生活空間から収集されるようになり,結果として,SaMDの高度化や新しい医学知識の獲得が加速度的にすすむ,「データ駆動型医療」への途が開かれるものと予測される.本研究の成果が,その一助となることを期待する.
本研究の一部は日本医療研究機構循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業睡眠時無呼吸患者の持続陽圧(CPAP)導出ビッグデーターを利用した,アドヒアランス向上と生活習慣病改善を目指した基盤的研究(ek0212150)の支援を受けた.
本論文の要旨は,第31回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2021年11月,香川)で発表し,座長推薦を受けた.
佐藤 晋;講演料(アストラゼネカ),研究費・助成金(日本ベーリンガーインゲルハイム),寄付講座(フィリップスジャパン,フクダ電子,フクダライフテック京滋,レスメドジャパン),陳 和夫;研究費・助成金(アキュリスファーマー,エーザイ),寄付講座(フィリップスジャパン,フクダ電子,フクダライフテック東京,レスメドジャパン)