嚥下障害は肺移植後の合併症の一つであるが,肺移植後の嚥下障害に対するリハビリテーションの報告は乏しい.今回,肺移植後に不顕性誤嚥を呈した患者に,干渉波電気刺激を含む包括的リハビリテーションを実施したところ経口摂取が可能となったので報告する.患者は20歳代女性.肺動脈性肺高血圧症に対して脳死両肺移植術を施行された.術後11日目の嚥下内視鏡検査では水分が喉頭侵入しており,とろみを付加した飲料とゼリー食から経口摂取を開始した.術後24日目の嚥下造影検査(Videofluoroscopy, VF)で水分の不顕性誤嚥を認めたため,干渉波電気刺激を含む間接訓練と段階的摂食訓練を実施した.術後52日目のVFでは喉頭侵入は軽減し,またVFの定量解析においても嚥下動態に改善がみられた.術後53日目に普通食で自宅退院した.干渉波電気刺激を含む包括的リハビリテーションが嚥下機能回復に寄与する可能性が示唆された.
嚥下障害は肺移植後の合併症の一つである1).術後患者の約40-75%に誤嚥が生じ2,3),その50-70%は不顕性誤嚥である2,4).誤嚥性肺炎のリスク軽減や経口摂取促進には適切なリハビリテーションが必要だが,肺移植後の嚥下障害に対する嚥下訓練の報告は乏しい5).近年,標準的な嚥下訓練に干渉波電気刺激を併用し,嚥下反射惹起の改善をはかる報告がある6).今回,肺移植後に不顕性誤嚥を呈した患者に干渉波電気刺激含む嚥下訓練を行い,経口摂取に至ったので報告する.本研究は患者の口頭・書面同意および東京大学医学部倫理委員会の承認を得て行った(倫理番号:2373-(5)).
【患者】20歳代,女性.
【主訴(術前)】声が出しにくい.飲食は問題ない.
【既往歴】25歳 薬剤性甲状腺機能亢進症.26歳 出血性胆嚢炎.
【喫煙歴】なし.
【現病歴】X-4年,前医にて肺動脈性肺高血圧症と診断されトレプロスチニル持続皮下注射を開始.X-3年,ポプロステノール持続皮下注射に切り替え,在宅酸素療法導入.X-2年,脳死肺移植待機者登録し,X年6月に肺移植術目的に当院に入院した.
【術前所見】身長 152.0 cm,体重 41.2 kg.酸素投与鼻カニュラ 2 L/分にてSpO2 は93%前後.日常生活動作は自立.普通食を問題なく摂取していた.
【手術および術後経過(図1)】入院翌日に脳死両肺移植術を施行(手術時間10時間57分,出血量 4,960 ml).術中に迷走神経の明らかな損傷はなかった.術後1日目に再開胸血種除去術を施行.術後3日目に体外式膜型人工肺離脱,気管切開術を施行.術後4日目に理学療法を開始し,立位,歩行訓練等を一日1回,20分以上,週5日実施した.術後10日目に看護師が改訂水飲みテストを実施し,誤嚥所見なし.術後11日目に人工呼吸器離脱,同日耳鼻咽喉科医が嚥下内視鏡検査(Videoendoscopy, VE)を施行した.カフ付き側孔なし気管カニューレを使用中であり声帯運動の正確な評価は困難であった.兵頭スコア7)では嚥下反射の惹起性低下を認め,水 5 mlで喉頭侵入し,咳嗽による喀出が不十分であった.術後12日目よりゼリーと中間のとろみ8)飲料から経口摂取を開始.術後13日目にスピーチカニューレに変更した.

注:PAS: Penetration-aspiration Scale(PAS):嚥下造影検査における喉頭侵入および誤嚥の重症度を判定する8段階のスケール.0(喉頭侵入なし)から8(声門かまで食塊が入り,排出しようとする動作がみられない)で評価する.
兵頭スコア:嚥下内視鏡検査における嚥下障害の重症度を評価する4段階のスケール.喉頭蓋谷および梨状陥凹への唾液貯留の程度,声門閉鎖反射および咳反射の惹起性,嚥下反射の惹起性,着色水嚥下後の咽頭クリアランスについて,0(正常)から3(高度障害)までの4段階で評価する.
【嚥下訓練の経過(図1)】術後17日目に言語聴覚士(speech-language-hearing therapist, ST)が介入を開始した.意識清明,血圧104/68 mmHg,脈拍75回/分,安静時呼吸数18回/分,SpO2 97%(室内気).最長発声持続時間は1秒以下で重度気息性嗄声を認めた.術後20日目のVEでは声帯可動性に問題はなく,嗄声も改善傾向にあった.また,兵頭スコアの声門閉鎖反射・咳反射の惹起性は良好であったが,嚥下反射の惹起性低下と水の喉頭侵入を認めた.段階的摂食訓練を実施し,術後21日目には嚥下調整食(主食:全粥,副食:ペースト)の全量摂取に至った.
術後24日目,耳鼻咽喉科医がVFを施行した.喉頭侵入・誤嚥の重症度は8段階のPenetration-aspiration scale9)で評価した(PAS:1 喉頭侵入なし,8:声門下まで食塊が入り,排出動作なし).嚥下反射惹起遅延,咽頭収縮,舌根運動,喉頭挙上に障害を認め,中間のとろみつき造影剤 3 mlを嚥下中に不顕性誤嚥した(PAS:8).指示咳嗽では誤嚥物を喀出できず,吸引により除去した.ゼリーやクッキーでは誤嚥はなかったため,嚥下調整食は継続,飲水および内服は中止し,胃管からの注入とした.
術後25日目より嚥下間接訓練を追加し,一日1回40分,週5日,約4週間継続した.咽頭収縮および喉頭挙上障害に対してメンデルソン手技10),開口訓練11),嚥下おでこ体操12)を,また嚥下中誤嚥への手技として息こらえ嚥下13)指導した.さらに,干渉波電気刺激(ジェントルスティム®,株式会社フードケア,日本)を行いながら上記の間接訓練を実施した.刺激電極は左右の上喉頭神経をターゲットとして,電極上部を下顎角直下,下部を胸鎖乳突筋前縁に貼付した.刺激強度は患者が刺激を感じた強度(2.5 mA)に設定し,30分間通電した.
術後31日目のVFでは,中間のとろみつき造影剤 3 mlで声門に達する喉頭侵入があった(PAS:5).しかし息こらえ嚥下を行うと,とろみの有無にかかわらず喉頭侵入の程度は軽減した(PAS:3).そこで,食事は普通食まで段階的に変更し,飲料には中間のとろみを付加して息こらえ嚥下をすることとした.術後52日目のVFでは,中間のとろみ付き造影剤 5 mlで喉頭侵入は軽減した(PAS:2).また,とろみなし造影剤 5 mlでも息こらえ嚥下をすれば喉頭侵入は軽減したため(PAS:2),飲料へのとろみ付加を終了し,息こらえ嚥下は継続として,術後53日目に自宅退院した.術後1年9か月時にも,一日3食,普通食摂取を継続していた.
【嚥下動態の解析】VFは検査食や嚥下手技等の諸条件を変えて複数試行実施したが,そのうち,中間のとろみ水の嚥下動態を,標準評価プロトコルであるThe Modified Barium Swallow Impairment Profile(MBSImPTM)14)用いて ST 1名が評価した(表1).喉頭挙上,舌骨前方運動,喉頭蓋反転,喉頭前庭閉鎖には経時的に改善を認めた.嚥下反射惹起遅延は改善傾向にあったが,術後52日目でも残存した(MBSImP 嚥下反射惹起2点:喉頭蓋喉頭面の後方に食塊が達した時に惹起する).また,嚥下反射惹起遅延の指標である咽頭遅延時間15)(食塊先端が下顎下縁と舌根の交点に達してから舌骨挙上開始までの時間)も計測したところ,術後24日では0.21秒であったが術後52日では0.13秒に改善した.
| 項目 | 項目得点 | 術後24日 | 術後31日 | 術後52日 |
|---|---|---|---|---|
| 中間のとろみ 3 ml | 中間のとろみ 3 ml | 中間のとろみ 5 ml | ||
| PASスコア | 1-8 | 8 | 5 | 2 |
| MBSImPTM | ||||
| 口唇閉鎖 | 0-4 | 0 | 0 | 0 |
| 食塊保持・舌の制御 | 0-3 | 0 | 0 | 0 |
| 食塊移送・舌の動き | 0-4 | 0 | 0 | 0 |
| 口腔内残留 | 0-5 | 1 | 1 | 1 |
| 嚥下反射惹起 | 0-4 | 3 | 3 | 2 |
| 軟口蓋の運動 | 0-4 | 0 | 0 | 0 |
| 喉頭挙上 | 0-3 | 1 | 1 | 0 |
| 舌骨前方運動 | 0-2 | 1 | 1 | 0 |
| 喉頭蓋の反転 | 0-2 | 1 | 1 | 0 |
| 喉頭前庭閉鎖 | 0-2 | 1 | 1 | 0 |
| 咽頭壁の波状運動 | 0-2 | 0 | 0 | 0 |
| 食道入口部開大 | 0-3 | 0 | 0 | 0 |
| 舌根後退 | 0-4 | 1 | 1 | 0 |
| 咽頭残留 | 0-4 | 2 | 1 | 2 |
MBSImPTM: The Modified Barium Swallow Impairment Profile
MBSImPTM:口腔期から食道期までの嚥下動態を,全17項について所定の操作的定義を用いて各項目3段階から5段階尺度で評価する(例:「嚥下反射惹起」0点-舌骨が挙上し始める時,食塊の先端が下顎角にある,4点-嚥下反射が全く観察されない).原文を著者が翻訳した.
本症例は,肺移植後に不顕性誤嚥を呈したが,干渉波電気刺激を含む嚥下訓練を経て経口摂取に至った.
肺移植後の嚥下障害は,開胸手術に伴う迷走神経の損傷や,気管内挿管や反回神経麻痺に伴う声帯運動障害等に起因するとされる1).また,術中の呼吸神経線維の切断に伴う咳反射の低下による不顕性誤嚥も問題となる16).Reedyら4)は,術後患者の嚥下動態をMBSImP TMを用いて解析し,嚥下反射惹起,喉頭挙上,舌骨前方運動,喉頭蓋反転,喉頭前庭閉鎖,咽頭収縮の障害を明らかにした.本症例にもVFで同様の障害を認めたが,症状に応じた嚥下訓練が機能回復に寄与した可能性がある.
干渉波電気刺激は,喉頭の感覚求心性経路を活性化することで嚥下反射の誘発閾値を低下させ17),健常者では刺激中嚥下回数が増加し18),嚥下障害者では咳嗽誘発閾値を低下させるなど19),嚥下反射惹起遅延による誤嚥や不顕性誤嚥に対する治療効果が期待される.本症例では,兵頭スコアにおける声門閉鎖反射や咳反射に異常がなく喉頭感覚は保たれており,干渉波電気刺激の入力は得られていたと考える.一方,VFでは嚥下反射惹起遅延に加え,舌骨前方運動,喉頭挙上,喉頭蓋反転,喉頭前庭閉鎖の低下を認めた.これは,感覚入力に対する運動出力が即時に果たせないことにより,食塊流入に対して喉頭挙上が遅延したと考えられた.そこで,干渉波電気刺激により嚥下反射を誘発させつつ筋力増強訓練を行ったことが,一連の嚥下運動の強化・改善に寄与したと考えられる.ただし,直接訓練や他の間接訓練も同時に行っているため,干渉波電気刺激単独の効果と断定はできない.またVFの動態解析に用いた検査食の量を統制できておらず,嚥下動態の変化を正確にとらえたとはいえない.今後,肺移植術後嚥下障害への干渉波電気刺激を含む嚥下訓練の定量的な効果検証が望まれる.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.