抄録
日本の1980年代のハイテク・ミラクルは技術と経済の好循環による。この好循環は,技術革新・普及を促進するための社会経済体質の柔軟性に負うところが大きい。そして,このような社会経済体質は,日本型雇用システムの下での賃金上昇と生産性上昇との関係(生産性上昇の賃金上昇弾性値)の高さに典型的に現れている。しかし,1990年代のバブル経済の崩壊と軌を一にした低・マイナス成長や高齢化等のパラダイム変化の下,この好循環は悪循環に陥りつつあることが強く懸念されている。それは,新しいパラダイムの下で,先の社会経済体質の柔軟性が損なわれたことによるものと考えられる。本研究においては,80年代,90年代の好対照に視点を据えて,この柔軟性が日本型雇用システムの内包する,賃金上昇と生産性上昇のバランスを保ちながら持続的成長を実現する「生産性基準原理」の実現に凝縮されていることを念頭に,以上の仮説的見解の実証を試みる。その結果,「賃金と生産性のバランス維持による安定的成長」のシステムが破綻していることを明らかにすることによって,技術革新・普及を促進するための社会経済体質の柔軟性の喪失が顕在化していることを実証した。さらに,以上の柔軟性の喪失をもたらした構造について分析し,IT化及び高齢化の急速な進展に対して,日本型雇用システムが足かせとなって,IT等の技術の労働への体化が遅れ,資本とのミスマッチが拡大し,それが技術の労働代替を低下させたことの主因であることを明らかにした。