本研究は、1920年代前半の「ウィーン・キネティシズム」派(1920-1924頃)の活動実態、造形的特徴を明らかにし、両大戦間期のオーストリア・デザイン史の一端を解明する。キネティシズム派の担い手は、ウィーンのクンストゲヴェルベシューレの美術教育家フランツ・チゼックの生徒たちであり、多くが字体学者ルドルフ・フォン・ラリッシュにも師事した。リズミカルな動きや構成的表現を特徴とする絵画、立体、グラフィック作品は、同時代のアヴァンギャルド運動と通じたチゼックの装飾教育を基盤とした。さらに、文字を含む作品群には1900年頃に興隆したウィーン・モデルネの系譜をもつ独自の表現性が認められ、ここではラリッシュの字体教育の影響が色濃い。キネティシズム派の造形活動は国際性とローカルな伝統を内包し、1920年代前半の国家転換期のウィーンの多元的な文化状況を具現している。