2005 年 51 巻 5 号 p. 37-46
1951(昭和26)年の松下幸之助の米国視察を機にわが国初の企業内デザイン部門が松下電器産業に設立されたこと, 帰国早々「これからはデザインの時代」と彼が語ったこと, 真野善一が初代課長として採用されたこと等はデザイン界ではよく知られた事実である。しかし, どのような経営的な視点からデザイン部門設立を決定したか等についてはあまり詳しく知られていない。本研究において, 幸之助という希代の経営者の米国視察等に関わる関連情報を調査することで, デザインがビジネスに極めて大きく関わり, 製品の価格をデザインでコントロールできると喝破した, その幸之助の経営的な先見性を確認できた。同時に, 工芸指導所や少数の企業にデザイン活動がすでに始動していた事実も確認できた。