中国江蘇省常州地域に伝わる伝統的な梳篦の制作技術・技法は,後継者不足,工業製品の普及などの要因により近年消滅の危機にあり,加えて記録の不備・散逸がその保存と継承を困難にしている。このような背景から,本研究は,先行研究のレビューと制作者への聞き取り調査に基づき,常州地域における伝統的な梳篦の制作技術・技法を体系化することを目的としたものである。調査と分析の結果,以下の3点が明らかになった。①伝統的な梳の制作は木材を用い,「梳坯制作」と「成梳制作」の2つの工程,計23手順から構成される。②伝統的な篦の制作は,孟宗竹,牛骨,ウルシなどの原材料を用い,「梁」「档」「頭子」「歯」と「生漆」という5つの部品を制作および組立することを中心として構成され,本制作は15 の工程から成り,合計80 の手順を含む。③制作段階による区分として,梳の制作については「素地の制作」と「完成品の制作」の2段階,一方で篦の制作については「素地の制作」「部品の制作」「組み立て」と「仕上げと検査」の4段階として体系化できることが明らかとなった。本研究による報告は,常州における伝統的な梳篦の制作技術の保存・継承そして今後の活用・振興に向けた基礎的資料を提供するものである。
中国江蘇省常州地域における伝統的な梳篦の制作は,単独のつくり手によって完結するものではなく,集落,店舗,さらには工場にまたがる協働に基づき広大な制作体制を形成してきた。本稿は,常州の伝統的な梳篦の制作体制を再確認・再認識し,「分業・協働」「技術」「生活」という3つの側面から分析することで,体制の構造とその特質を考察することを目的としたものである。分析の結果,以下の三点が明らかになった。第一に,梳篦制作における分業は品質保障と技術継承を両立させる柔軟な形態として機能する共感的協働関係によって維持されてきた。第二に技術面では,制作者が自身に合わせた工具の自作や,個人のこだわりが制作集団全体の「約束事」へと昇華するボトムアップ型の技術革新を通じ,能動性を発揮してきた。第三に生活面では,梳篦の制作が日常経験や個人の価値,さらには社会的評価と密接に結びつき,技術の自己改善を促す内的な原動力となってきた。以上のことから,梳篦の制作体制は,制作者の責任感,創造性と自負心を中核に据えたものであったと言えよう。それは,この体制において梳篦制作が単なる金銭を得る手段にとどまらず,自己価値実現と社会関係構築のための積極的な媒体として機能してきたことを示している。
本の形態で発表された芸術作品の中には,芸術家が自ら制作したア―ティスト・ブックと呼ばれるものがある。1960年代後半はゼロックス等の乾式印刷機器が登場し,「複写する」という行為が身近になった時期であった。当時の前衛芸術家には,最新の複写技術を積極的に取り入れて冊子状の作品を発行する動向があった。まずこれまで取り上げられることがなかった新潟現代美術家集団GUNの前山忠と堀川紀夫による本形式の作品を例示した。2025年に実施した両者への取材内容を基に,それぞれのアーティスト・ブックの詳細について,GUNの活動歴と照らし合わせて提示した。また同時代に両者と関わりがあったメール・アートの活動元である「精神生理学研究所」について,堀川の視点から概観している。最後に,国内外でアーティスト・ブック制作を支えたゼロックスについて論じた。複写機を表現手段と捉えて制作されたコンセプチュアル・アート作品の事例を示すことで,各芸術家が複製するという行為をどう捉えたか,その結果物としてのアーティスト・ブックを考察した。
本研究は,若者のLINE などのインスタント・メッセンジャー(以下IM)利用行動を測定する尺度開発をし,妥当性や信頼性を検討するものである。2024 年9月末から10 月初旬に,中学3年生男子89 名,中学3年生女子65 名,高校3年生男子,高校3年生女子,大学3年生男子,大学3年生女子,それぞれ80 名の計474 名を対象に,質問紙調査を行った。質問項目は,これまでの調査を踏まえて独自に作成した,基本的な使い方8 項目,LINEの使い方8 項目,Instagram の使い方7 項目,絵文字スタンプ11項目,気遣い11 項目の45 項目である。項目分析で回答に著しい偏りが出た項目を削除し,探索的因子分析,確証的因子分析を経て,仮説通りの5因子構造を確認した。さらに収束的妥当性,弁別的妥当性,内的整合性,信頼性を確認した。最終的に,25 項目とその短縮版として10 項目の若者のIM利用行動測定質問紙を作成した。妥当性に関しては,基準を満たさなかった項目もあったので,今後さらなる検討が必要と考える。
研究全体の最終目標に,若者のLINE などのインスタント・メッセンジャー利用行動を性格・行動特性からの考察がある。本研究では,そのための準備として,共感性,同調性,認知的失敗を同時に測定する尺度を開発し,妥当性や信頼性を検討する。2024 年9月末から10 月初旬に,中学3年生男子89 名,中学3年生女子65 名,高校3年生男子,高校3年生女子,大学3年生男子,大学3年生女子,それぞれ80 名の計474 名を対象に,質問紙調査を行った。共感性,同調性,認知的失敗に対する質問項目は,別々に開発された既存の3つの質問紙から合計55 項目を選んだ。項目分析の結果,回答に偏りのある質問項目はなかった。探索的因子分析,確証的因子分析を経て,仮説通りの3因子構造を確認した。さらに収束的妥当性,弁別的妥当性,内的整合性,信頼性を確認した。最終的に,認知的失敗,共感性,同調性を一度に捉えることが可能な49項目の質問紙とその短縮版として15項目の質問紙を作成した。短縮版の方が,より妥当性が高いものとなった。
本研究は,若者のインスタント・メッセンジャー(以下IM)利用と認知的失敗,同調性,共感性の関係を構造方程式モデリングにより検討した。データは,2024 年秋に中学3年生男子89 名,中学3年生女子65 名,高校3年生男女,大学3年生男女,各80名の計474 名に行った質問紙調査結果を利用した。IM 利用行動は10 項目,認知的失敗,同調性,共感性は各5 項目の計25 項目で測定した。分析の結果,IM 利用行動の1 項目が潜在変数へのパス係数が有意とならず,削除した。最終的に採用されたモデルは適合度がχ2239=315.58 (𝑝 <.001), CFI=.990,TLI=.988,RMSEA=.027,SRMR=.054 であり,カイ二乗値以外は良好な値が得られた。つまり,1)認知的失敗(β=.23, 𝑝 <.001),同調性(β=.16, 𝑝 <.001),共感性(β=.59, 𝑝 <.001)はそれぞれIM 利用に正の影響を及ぼす,2)認知的失敗は共感性と正の相関関係(cov=.34, 𝑝 <.001),3)認知的失敗は同調性に正の影響を及ぼす(β=.41, 𝑝 <.001),4)同調性は共感性に正の影響を及ぼす(β=.27, 𝑝 <.001),の4つの仮説が支持された。
本研究は,教材において好意的に感じられるキャラクターの個性を明らかにすることを目的とし,講義用Q&Aチャットボットの案内役を制作し第一印象を評価した。個性設計には東京大学式エゴグラム(TEG)のパターン記述をキャラクターの内面特性に関する設計指針として用い,「やさしさ・共感」を特徴とするNP優位型と,「厳格さ・合理性」を特徴とする逆N型Ⅰ(CP/A優位)の2種を選定した。両者の外見・口調を感性ワードに基づき実装し,学部生110名にSD法による印象評定と好意度5段階評価を実施した。結果,NP優位型は高NP・高FCのM型(優しく世話焼きで陽気)として知覚されやすく,好意的評価は83.6%で逆N型Ⅰより有意に高かった。逆N型Ⅰは意図通り認知されたが,好意は47.3%に留まった。回答率やAC尺度の信頼性に課題はあるが,情報系の大学生にはM型の特徴をもつキャラクターが好まれる可能性が示唆された。
本研究の目的は,サイエンス・アートの先駆者ジェルジ・ケペシュ(György Kepes, 1906-2001)の1960年代のマサチューセッツ工科大学(MIT)における活動に焦点をあて,冷戦期のアメリカにおける科学と芸術の融合の様相を明らかにすることにある。ケペシュは新しい芸術創造のために,なぜ科学的な探求を行なったのか。なぜ科学者と芸術家の協働が必要なのか。この問いの解明のために,本稿では第1に戦後アメリカの科学政策との関連について,第2に科学哲学者ジェイコブ・ブロノフスキーとケペシュの思想上の関連について検討する。第3にケペシュの高等視覚研究所(CAVS)設立のための提案書ほか、彼の文章から芸術思想を分析する。第4にケペシュが企画した二つの展覧会「創造的メディアとしての光」展と「Exploration」展の分析を通じて,ケペシュが求める新しい芸術について考察する。研究結果から,視覚芸術と科学における「相互思考」の概念が明らかにされる。そして結果は冷戦期におけるサイエンス・アートの様相を提供する。