山地農業における作付様式をあつかったこれまでの研究では, 標高差が作り出す多様な生態環境や作物の生態的特性といった農業生態学的な視点からその成立が説明付けられることが多かった.しかし, 作付様式にはその地域の文化的あるいは社会的背景が内包されている.本稿では, 農業生態学的な視点に集落の立地や都市との位置関係, 農作物の流通, 食文化といった地域の特性を反映した視点をあわせて, 作付が行われている背景を考えた.
調査地域では多様な混作作物の組み合わせが観察され, それらの個々の作物の栽培時期は様々に組み合わされ, それによって変異していた.作物の多くは生態的特性にあった標高帯で栽培されていたが, 好適環境でない標高でも栽培されている作物があった.これらはこの地域の農民の食事の中で大きな割合をしめており, できるだけ多くの畑に作付して自給に必要な収穫量を確保しようとする意図が働いていると考えられた.また, 商品作物としての性質を持つ作物には, 栽培する集落や世帯が限られているものが多かった.商品作物の選択は個人レベルで行われていて, 農民が自ら作物を大きな市場に供給できるという町に近い北側斜面の立地が, それを可能にしていると考えられた.
このように, 作付様式には生態環境のほかに社会経済や食を中心とする文化的背景にかかわる多くの要因が関与していることを確認した.そして, それらが一見雑多で無秩序に思われる多様な作付様式を成立させていると考えられた.また逆に, 作付を観察することで, 地域の生態環境に加え, 農民を取り巻く地域特性を読み取ることができた.