2019 年 69 巻 1 号 p. 61-72
宿主プロテアーゼの局在と,ウイルス膜融合タンパクのプロテアーゼに対する基質としての特異性が,ウイルスの細胞や臓器トロピズム,そしてウイルス病原性の重大な決定因子になっている.この宿主プロテアーゼ依存性ウイルストロピズムの解明は,1970年代の本間らの宿主依存性修飾という現象の解明に始まり,タンパク質解析技術の導入とともに,それがウイルス膜融合タンパクの開裂による活性化で説明ができること,そして,核酸解析技術の導入によってプロテアーゼに対する感受性の違いを決定するウイルス側の分子生物学的要因が次々と明らかになった.例えば,高病原性鳥インフルエンザウイルスなど,ウイルス膜融合タンパクの開裂部位にmulti-basicモチーフを持つウイルスは,真核細胞が普遍的に持つフーリンで開裂活性化するため,全身の臓器で増殖するポテンシャルを持ち高い病原性を発揮する.一方,通常の低病原性鳥インフルエンザウイルスなど開裂部位の配列がmono-basicな場合には,ウイルスの増殖部位に局在する特定のプロテアーゼで開裂活性化されると考えられる.ただし,そのプロテアーゼは長年未同定のままであった.数多くの候補プロテアーゼがリストアップされる中,近年,遺伝子改変マウスを用いてII型膜貫通型セリンプロテアーゼの一つTMPRSS2が,mono-basicなHAを持つインフルエンザウイルスの生体内活性化プロテアーゼであることが明らかになった.さらに,重篤な新興呼吸器感染症を引き起こす重症急性呼吸器症候群コロナウイルスや中東呼吸器症候群コロナウイルスの生体内での増殖にも,TMPRSS2が関与していることが明らかになった.