ウイルス
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新型インフルエンザウイルス対策
喜田 宏
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2003 年 53 巻 1 号 p. 71-74

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抄録

1968年に出現した新型香港Aインフルエンザウイルス A/Hong Kong/68 (H3N2) 株は, カモがシベリアの営巣湖沼から家禽 (アヒル) に持ち込んだウイルスと当時ヒトに流行していたH2N2ウイルスが, 中国南部でブタの呼吸器に共感染して生じた遺伝子再集合体である. 1957年の新型H2N2アジアインフルエンザウイルスも同様の経路で出現したものと推定される.
1918年に出現して2千万以上の人命を奪ったH1N1スペインインフルエンザウイルスが出現した経路について, これまでに報告された成績から次の考察が導かれる. すなわち, このウイルス株のHAおよびNA遺伝子は, カモがカナダの営巣湖沼から持ち込んだウイルスに起源がある. カモが糞便とともに排泄したウイルスは, 米国の家禽 (シチメンチョウかアヒル) に水系感染し, さらにブタに伝播した. ブタは当時ヒトに流行していたH3N8インフルエンザウイルスにも共感染して, HAおよびNA遺伝子がカモのウイルスに由来する遺伝子再集合体を産生した. これがまずイリノイ州でブタにインフルエンザの流行を起こし, 忽ち米国中西部一帯に広がった. その間にヒトに感染伝播したものがスペインインフルエンザウイルス株である.
1997年, 香港で18人に感染して6人を死亡させたニワトリのH5N1ウイルスもまた, シベリアからカモが家禽に持ち込み, ニワトリに受け継がれる間に病原性を獲得したものである. すなわち, 新型ウイルスの遺伝子はすべてカモの腸内ウイルスに由来する. 実際, 家畜, 家禽, 野生鳥獣およびヒトのインフルエンザウイルス遺伝子の系統解析成績は, 全てがカモのウイルスに起源があることを示している.
カモはすべてのHA (H1-H15) とNA (N1-N9) 亜型のインフルエンザウイルスを保有する. カモは北方の営巣湖沼でインフルエンザウイルスに水系経口感染し, 結腸陰窩の上皮細胞で増殖したウイルスを糞便と共に湖沼水中に排泄する. 秋になると, カモは南方に渡る. カモが不在の冬期, ウイルスは湖沼水中に凍結保存される. ヒトのウイルスとカモのウイルスがブタに同時感染すると, 両ウイルスの遺伝子再集合体が生ずる. 過去に出現した新型ウイルス遺伝子の導入経路は, 上に述べたように, カモ→アヒル (家禽) →ブタ→ヒトである.
1996年秋にシベリアから北海道に飛来したカモから分離した弱毒H5N4ウイルスを不活化して試製したワクチンは, 1997年に香港でニワトリとヒトから分離された強毒H5N1ウイルスに対する力価試験に合格した. また, このワクチンを鼻腔内に滴下したマウスは, 強毒H5N1ウイルスの攻撃に耐過した. すなわち, カモから分離される弱毒ウイルスの中から, 適切な株を予め選定しておけば, 新型ウイルスの出現に際して, 迅速にワクチンを準備できることが判った.
以上のように, 新型インフルエンザウイルスはカモの腸内ウイルスが家禽を経て, あるいはさらにブタの呼吸器でヒトのウイルスの遺伝子を獲得した再集合体として出現する. 新型ウイルスの出現に備え, 水禽, その営巣湖沼水, 家禽, ブタとヒトの疫学調査を強化し, 新型ウイルスの出現とその亜型を予測すると共に, 調査で分離されるウイルスの中からワクチン候補株ならびに診断抗原を選出し, 系統保存・供給するグローバルサーベイランス計画“Programme of Excellence for the Control of Pandemic Influenza”を推進している.

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© 日本ウイルス学会
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