ウイルス
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ヘルペスウイルスの医学的利用 -遺伝子治療と癌治療への応用-
西山 幸廣川口 寧
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2003 年 53 巻 2 号 p. 155-162

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抄録

ウイルスを病気の治療に利用するというアイデアはウイルスの発見当時にまで遡ることができると言って良い. 1917年, バクテリオファージの発見者 d'Herelle は赤痢にたいする“Phage therapy”について言及し, その可能性について模索している. また, 1950年代初め, 動物ウイルスの研究が盛んになり始めた頃には, 既に米国NIHのグループにより子宮頚癌患者 (30症例) を対象に, アデノウイルスの野生株による治療的臨床試験が行われている. その後も間歇的に, ウイルスを用いて悪性腫瘍を治療するための実験的, 臨床的な試みが行われてきた. しかし, いずれも中途半端な結果と報告に終わっている.
ウイルスが実際, 医学的に利用できる有効な道具となるためには, 1970年から80年代にかけての分子生物学と遺伝子工学技術の発展, そしてウイルスの増殖機構に関する理解の深まりが必要であったといえる. そのような進歩を背景に1990年にはレトロウイルスをベクターとしてアデノシンデアミナーゼ (ADA) 欠損症患者に対する初の遺伝子治療が試みられ, ある程度の有効性が確認された. その後, 遺伝子導入のための道具としてのウイルスの利用は, さらにアデノウイルス, アデノ随伴ウイルスなどにも拡張され, 各々の特徴を生かした利用法が今日に至るまで探索されてきた. こうした中でヘルペス群ウイルスのベクターとしての開発は, ゲノムの大きさ, 複雑さが障害となって, これら3種のウイルスと比べかなりおくれることになった. 一方, 癌治療へのウイルスの応用性に関する再評価が始まり, そこではアデノウイルスとともに単純ヘルペスウイルス (HSV) についての研究が先行することになった. 現在, 弱毒化した増殖型ウイルスの利用が主流となっているが, その端緒となったのは1991年の Martuza らの Science 論文である. 彼らは,チミジンキナーゼ (TK) を欠損したHSVを用いてマウスにおける脳腫瘍の治療を試み, 生存率の延長を観察した. 癌に対する増殖型ウイルスの利用は, 現在, レオウイルスや水泡口内炎ウイルス (VSV) などのRNAウイルスにまで広がりを見せ, 活発な研究が展開されている.

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© 日本ウイルス学会
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