1958 年 8 巻 5 号 p. 385-393
柑橘萎縮病媒介虫アオバハゴロモが保毒した場合にみられる各種代謝異常は宿主柑橘の代謝変調の影響によるものか否かを明かにして, 虫媒伝染機作の解析資料に供する.
(1) 柑橘は終末酸化酵素の1つにCytochrome oxidaseをもち, これは萎縮病感染に伴つて力価が稍衰退するが, 媒介虫の終末酸化酵素Cytochrome oxidaseは保毒によつても活性度には影響がない.
(2) 柑橘は罹病によつてTCA回路中の有機酸Tc酸, 例えばPyruvic acid, Succinic acid, Citric acid等の含量が著しく減少する. これは萎縮柑橘上で飼養し保毒した媒介虫のTc酸不足を招き, 呼吸代謝が衰える原因の1つをなすと考える.
(3) 柑橘の核酸は, 紫外線吸収ピークをRNAでは263mμ, DNAでは260mμに表わし, 健病植物間には質的に変化は少ないが, 量は罹病に伴い両者共に増加する. 一方媒介虫では健病虫共にRNAでは265mμ, DNAは275mμに紫外線吸収ピークがみられ, 変質は認められない. ただ保毒に伴いRNAは稍減量, DNAは増量, 核酸全量では稍増加する事がみられる.
(4) 電気泳動図及び紫外線吸収スペクトラムを相対照して観ると, 原点 (I) 以外に柑橘ではフラクション1個 (III), 媒介虫では2個 (II, III) を算え, 他に蛋白をもたない核酸の分劃 (IV) が柑橘, 媒介虫共に1個をみる. しかして罹病に伴いこの核酸分劃は柑橘葉では消滅するが, 媒介虫ではむしろ増量する. 又原点 (I) 及びこれに近接した分劃 (II) の核蛋白質は媒介虫の場合は保毒に伴い減量又は消失することが認められる. 以上の観察結果より媒介虫の保毒に伴う代謝衰退の原因の1つには, 萎縮病感染により代謝に変調を表わす宿主植物の呼吸基質の不足や核蛋白の変量を指摘出来ると思う.