紙パ技協誌
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環境特集
“人はなぜ紙に魅かれるのか”―「紙の力」からみた未来
 
尾鍋 史彦
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2010 年 64 巻 12 号 p. 1356-1361

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抄録

ある環境において生命体として存在する人間は感覚・知覚・認知などの心の過程をもち,ミクロコスモスとしての精神世界を脳内に創造することができる。人が紙に魅かれる理由は紙の人間との親和性にあり,また親和性は紙から情報を読み取り認知構造内の情報を更新し,新たなミクロコスモスを構築する過程を促進する機能がある。発達心理学からみると紙の感覚・知覚への訴求力や紙に載せた文字の繋がりからなる意味の認知構造への深く安定的な格納能力は生得的なものであり,個人の知の形成においてはデジタル時代においても紙メディアは優位性をもち続ける。メディアの人間との親和性を感情価として評価すると,紙メディアの感情価は最高に位置し認知処理過程を促進するが,現段階での電子的表示メディアの感情価のレベルは不十分なために,情報を読み取ることは出来ても脳内での情報処理過程を阻害すると思われる。またアフォーダンス理論によると,メディアの人間との相互作用に関わる身体感覚や歴史的・文化的環境も認知過程に影響するので,紙の書籍と電子書籍は単なる視覚による読みの差異以外の書籍としての形態や視覚以外の諸感覚も認知過程に関係するが,さらなる解明には認知科学や脳科学が重要な解析手段となるだろう。フランスのメディオロジー理論は文字を支える紙の役割を「紙の力」と表現しているが,認知科学と融合させることにより,更に「紙の力」の本質に迫れる可能性がある。

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© 2010 紙パルプ技術協会
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