海洋には約1億5,000万トンのごみが存在し,その約7割がプラスチックと推定されている。これらは海洋生物だけでなく,それを食する人間の健康にも悪影響を及ぼすとされているため,海洋プラスチック問題に対処することは不可欠である。海洋分解性プラスチックの開発は海洋ごみの削減に有効な手段として注目されており,海洋分解性プラスチックであるPHA(ポリヒドロキシアルカノエート)の使用量は世界的に拡大している。しかし,PHAの課題として射出成形時の固化時間が長く成形効率が悪いことや,用途拡大のためにさらなる機械的強度の向上も求められていることが挙げられる。
そこで本研究では,PHAにセルロースを配合することで強度と成形効率の向上を目指した。まずセルロースの配合率を高めることで,曲げ弾性率や耐衝撃強度が向上し機械的強度を向上できた。また,相溶化剤の添加により樹脂とセルロースの界面密着性が高まり,曲げ特性と引張特性を大幅に向上できた。一方,セルロースを配合すると溶融時の流動性が低下する傾向が見られたが,金属石鹸系とエステル系の滑剤を併用することで流動性を改善出来ることを見出した。さらに,結晶化速度の遅さという課題に対しては,セルロースとタルクの併用により結晶化開始温度を最大約15℃向上でき,成形効率に直結する冷却時間を短縮出来る可能性が示唆された。開発した複合材料は高い生分解性と強度を活かして,漁具や農業資材,土木建築資材などへの応用が考えられる。この材料が広く使用されることで海洋プラスチックごみの削減と環境保護に貢献することを期待する。
日本製紙では「木とともに未来を拓くバイオマス企業」を理念に,持続可能資源である木材を高度利用してケミカル製品を製造し,多方面に展開してきた。例えば,木材成分であるヘミセルロースを利用して酵母を培養し,生体高分子のリボ核酸(RNA)を製造し,粉ミルクの添加剤などに利用してきた。最近では,循環型社会の実現に向けた用途開発として,学術機関と共同研究を行い,RNAには抗酸化作用に起因して水畜産物に対しても効果を発揮することが判ってきた。ブリの感染試験やバナメイエビの冷水ストレス試験では,RNAを給餌した試験区でともに生存率が大きく上昇する傾向が見られた。また,RNAを一度抽出した後にその抽出残渣(細胞壁成分)と再混合したサンプルでは,牛の病気であるHBS(Hemmorrhagic Bowel Syndrome;出血性腸症候群)の予防効果が高まることも見出された。本論文により酵母より精製されたRNAには水産物への免疫向上効果があり,その効果は細胞壁成分との相乗効果を示すことが明らかとなった。RNAの抗酸化作用は家畜の環境ストレスに対応するため,臨床現場における生産向上が図れる優良な飼料になりうることが期待される。
近年,持続可能な循環型社会の実現に向けて,バイオマス資源の有効活用が求められている。木質バイオマス由来のセルロースはカーボンニュートラルな素材として注目されており,その中でもセルロースナノファイバー(CNF)は新たな応用展開が期待されている。
CNFは,チキソトロピー性,低曳糸性,分散・乳化・気泡安定性などの優れた機能を持ち,従来の水溶性高分子とは異なる特性を有する新しいタイプの増粘剤,乳化・分散剤としての利用が進められている。特に,化粧品分野では「ナチュラル」や「オーガニック」「サステナブル」といったキーワードが消費者の関心を集めており,木質バイオマスから製造され,再生可能なCNFは,化粧品分野においても有望な素材として活用が期待される。
当社においても,CNFの化粧品分野への展開を進めており,本報告では,CNFの分散安定性を応用した「サンケア製品のSPF/PA向上効果」,皮膜性と特徴的なナノ凹凸構造による「アンチポリューション効果」,気泡安定性を応用した「洗顔料の汚れ落ち向上効果」の3件について報告する。
セルロースナノファイバー(CNF)は,生物由来かつ生成可能な木質バイオマス資源として注目されており,王子ホールディングスでは,木材パルプから微細化したCNFの利活用検討を進めている。当社が採用している「リン酸エステル化法」では,パルプ中のセルロース分子に含まれる水酸基の一部にリン酸基を導入し,二価のリン酸基による荷電反発によりナノレベルでの微細化を可能にしている。こうして得られたリン酸化CNFは,極めて高い透明性を有している。
この透明性を活かし,当社ではリン酸化CNFを原料としたCNFシートの研究開発に取り組んでいる。CNFシートは,CNF自身の優れた力学物性に起因して高弾性・高透明であることに加え,ガラス並みの熱寸法安定性なども併せ持ち,電子デバイスや構造部材への適用が期待される。一方で,リン酸化CNFを用いたシートは加熱時に黄変する傾向があり,二次加工時における透明性の保持が課題となっている。CNFの加熱黄変は,リン酸基の存在に起因した副次的な要因により促進されると考えられる。そこで本報では,ナノ分散後にリン酸化CNFを熱加水分解しリン酸基を一部脱離させることで,CNFシートの黄変改善を試みた。
リン酸化CNFを140~160℃で加熱処理した結果,160℃付近でリン酸基の加水分解が効果的に促進されることを確認した。また,リン酸基量を0.1 mmol/g未満に調整した脱リン酸化CNF水分散体のヘーズ値は1%未満であり,高い透明性を示していた。この結果は,一度解繊が進行すると,置換基を除去した後でも再分散処理によってナノ分散されることを示唆する。脱リン酸化CNFを用いて作製したCNFシートでは,既存のリン酸化CNFシートが有する高弾性・高透明であるといった各種物性を維持しつつ,加熱前後における黄色度の変化がリン酸化CNFシートの1/4程度まで減少しており,CNFシートの黄変抑制効果が見られた。当社では本知見をベースにしながら,さらなる耐黄変要求を満たすべく研究開発に取り組んでいく。
セルロースナノファイバー(CNF)やミクロフィブリル化セルロース(MFC)の高度利用のためには,その形態やサイズ分布の正確な評価が不可欠である。透過型電子顕微鏡(TEM)はナノスケールでの直接観察が可能であるが,従来の試料調製法では,懸濁液をTEMグリッド上に滴下・乾燥させる際に,観察領域に全繊維を収めることが困難であった。本研究では,観察領域の広いグリッドを用い滴下量と位置を最適化することで,液滴中のすべての繊維を観察領域に保持可能な調製法を開発した。さらに,自動モンタージュ機能を備えたTEMを用いて1,500枚以上の画像を連結し,約600μm×600μmの広範囲を1枚の高解像度画像として取得することに成功した。本手法により,モニター上で実験者が任意に拡大・縮小しながら液滴中に存在していたCNFおよびMFCなどの微細繊維を網羅的に把握することができる。また,1枚の画像であることから画像解析に供することができる可能性もあり,今後の形態解析や材料利用の発展に資する基盤技術となることが期待される。
製紙業界において規定されている色やISO白色度は,ラボでの用紙の検査・測定に使用されているが,印刷業界ではより簡便な仕組みとして,デザインから生産に至るまでのサプライチェーン全体で色の一貫性を保つため,色を数値的に捉えてコミュニケーションするツール(ハンディー測色計,ソフトウェア)や規格が存在する。
これまで色は見た目のビジュアル評価で管理されてきたが,視覚による色の評価は,照明条件や観察者による違いにより安定した色の管理が十分に行えない。目視評価を中心としたカラーコントロールでは色の偏差が積み重なり,最終的に印刷した色がターゲット色と大きな色差に繋がるため,色を数値(L*a*b*)で管理することが推奨されるようになってきている。
数値によるカラーコミュニケーションとしては,分光濃度・測色計eXact 2などの測色計を使用して,ターゲット色とサンプル色の色彩値のCIELab(L*a*b*)を測定し,発注者が定める「色差(ΔE)」の許容範囲内で色が生産されているかを確認するようになってきている。
PANTONEによる色指定も普及していて,PantoneLIVEクラウドライブラリを使用して,各色に用意されているL*a*b*や分光反射率がターゲット色として使用されている。さらに,定期的に測定精度の確認と最適化を実施するNetProfilerというツールにより,高い精度を担保した色の判定が可能な環境が整ってきている。
eXact 2に代表される印刷業界の向けの測色計は,45/0の光学幾何条件であり,製紙業界のラボで使用されるD/0とは測定値が異なるが,増白インデックス,TAPPI452,隠ぺい力など,紙の簡易的な品質チェックに便利な機能が搭載されており,より多くの現場で色の数値化を進めるツールとしての活用を提案したい。
パルプモールド新製品開発時,既存製品の品質不良が発生した際には,条件変更を施した検証用容器の製作が必要とされるケースが多い。一般的に容器の製作には,たとえ少量であれ生産機を稼働させなければならない。これが新製品開発時の条件変更毎に必要となるとコスト,時間がかかる。今回紹介する研究開発用パルプモールド成型器を使用することにより,低コスト且つ容易に検証用サンプルを製作できる。本機は研究開発用のみでなく,品質管理,品質保証,生産管理,薬品,パルプ原料評価,生産条件の最適化にも適用できる。このシステムは,パルプ成形モジュール,サポートモジュール,ヒートプレスモジュールの3つのモジュールで構成されている。このように本機は生産機同様の機器構成であり,生産機を稼働させずとも,小ロット生産ができる。生産機と同様の条件変更を本機器で行える為,品質不良の原因究明,改善を短時間で行え,本機器で確認した生産条件の生産機への展開も容易である。生産機で同様の事を行う場合,過剰な原料,電気代,人員コストがかかることは周知のこと。顧客に対して安定した品質の提供も継続して行えるため,顧客の信頼,新規顧客の獲得にも寄与する。本稿では,機器の詳細,取り扱い方法について説明する。
大気から吸収されて木材にストックされていた炭素が,森で伐採されてから紙になり,使用され,リサイクルされ,廃棄されるまでの,どの段階でCO2として放出されたと見なされるか。そして,燃焼させた場合はどこでCO2放出としてカウントされるのかを,国際的なルールでどう決められているかを解説した。
京都議定書の第一約束期間(2008~2012)では,森林から木材が伐採・搬出されると炭素プールから出てゆくことになるので,伐採・搬出を即CO2排出と見なすことになった。京都議定書の第二約束期間(2013~2020)では,木材製品を炭素ストックとして認めることになったので,先進国に限っては,自国で生産された木材については,廃棄される時点でCO2排出と見なすことになった。
燃料用途の場合では,木造家屋の解体材などから作った「木質燃料」は,解体されて廃棄された時点でCO2の排出として計上済みであるので,その後バイオマスボイラなどで燃料として使用してもCO2をカウントする必要はない。また,発電用に森林から伐採した木材については,「エネルギー目的で伐採された伐採木材製品は,伐採即排出と計上する。」と定められたので,その後ボイラなどで燃料として使用しても同様にCO2を計上する必要はない。
本研究では,ゲーミフィケーションの要素を取り入れた独自のごみ分別支援AIアプリ「ECOPON」を開発し,小学校における教育実践を通じてその有効性と課題を検証した。主な結果を以下に示す。
1.「ECOPON」の導入により児童の分別行動への参加意欲が高まり,家庭からの雑紙持参行動が促進された。特に,分別後に出題されるSDGsクイズによるポイント獲得や景品交換といった機能が,児童の主体的な分別行動を喚起するうえで効果的であった。
2.参加児童の感想文を対象としたテキストマイニングの結果,「分別」,「クイズ」,「楽しく」といったキーワードが頻出したことから,児童が本アプリを通じて楽しみながら分別学習を行っていたことが裏付けられた。
3.今後の改善点としては,操作性向上のための画面設計や用語の工夫,スマートフォン等の個人端末への対応,より長期間の検証,効果測定のアンケート項目の改善等が挙げられる。
4.ECOPONは,児童が地域の分別ルールを事前に学び,アプリに「正しい分別方法を教える」構成とした。これにより児童は,AIであるECOPONに親近感がわくと同時に,「教える対象」と認識するようになった。そして,正しい答えを教えるために,地域の分別についてより多くを学ぼうとする意欲の向上が見られた。
5.本研究では,「環境調和型社会の実現を目的としたコミュニティ設計段階での環境配慮活動」を「環境配慮コミュニティ設計(CDfE)」と定義した。タブレット端末と資源回収ボックスから成る「ECOPON分別箱」を小学校や地域の公共施設に設置し,子供たちの協力を得ながらCDfEを推進することで,より質が高くリサイクル性に優れた雑紙(資源)を回収できるコミュニティの形成が期待できる。
This study introduces ECOPON, an AI-based application developed to assist with the separation of mixed paper from other household waste. Gamification elements were incorporated to sustain the participants’ motivation and participation, and environmental education activities were conducted in elementary schools. Features such as quizzes with point-based rewards have extended the educational impact of ECOPON and made the separation of mixed paper from other household waste an enjoyable experience for children. Although there is room for improvement, such as refining the interface and category labels, the participants were able to operate ECOPON easily and to consistently bring mixed paper from home to school. The ECOPON system was designed to first teach participants the local waste sorting categories, after which they “teach” ECOPON through repeated use, effectively “training” the artificial intelligence (AI). As a result, the participants came to understand that AI can make mistakes and developed a sense of familiarity with the AI technology. The accumulation of mixed paper image data collected from the participants will contribute to the development of future user-oriented sorting support systems and ensure high-quality recyclable resources domestically. As a circular economy advances, restrictions on imported raw materials may become more prevalent. Therefore, Community Design for the Environment (CDfE), defined as community planning in which consumers take responsibility for the sorting and collection of waste, is essential for realizing an advanced sound material-cycle society.