抄録
日本文化を研究する学習者には日本語の小説を読むニーズがあるが、その誤読に関する研究は少ない。日本語の小説では登場人物はさまざまな表現で指示され、その理解が文脈理解の指標となる。本稿では、日本語が上級レベルの大学生が約100文からなる日本語の小説を読む場合、文脈理解の指標になる登場人物を指示する要素を適切に理解しているかどうかを調査した。指示には人称詞のように明示されるものの他に、非明示になることで指示の機能を持つものが多く(a.~d.)、その特性ゆえ誤読が予想された。a.会話文で非明示である発話主、b .ゼロ代名詞、c. 非飽和名詞で非明示のノ格名詞句、d. 人称詞について、英語(E)・韓国語(K)・中国語(C)母語話者各13名、計39名を対象に、小説を読みながら口頭で母語に翻訳する方法で調査した。その結果、KはE・Cに比べ誤読が少ない傾向にあった。EとCの誤読の傾向は類似するが、Eにとって連体修飾節が誤読の要因となりやすいと考えられた。言語構造の相違が小説読解で前提となるテキストベースの構成を誤らせるが、指示の要素自体の解釈が難しいのではなく、要素をとりまく文の環境が誤読を誘発することが示唆された。