抄録
漢方薬の成分の一部は腸内細菌の作用により活性化される事が知られている。一方で,漢方薬にはプレバイオティクス効果や微生物活性を有する成分が多数含まれることが知られており,漢方薬が腸内細菌叢に少なからぬ影響を与えていると推測されている。しかしながら,従来の培養法に基づく腸内細菌解析法では,漢方薬による複雑な腸内細菌叢の変化(培養不可能な菌の変化を含む)を検出することは困難であった。本研究では,感度と網羅性において優れる T-RFLP 法を用い,薬性の異なる漢方薬について,腸内細菌叢にもたらす影響の相違を検討した。 7 週齢の雄性 IQI SPF マウスに十全大補湯,補中益気湯,葛根湯,黄連解毒湯もしくは精製水(control)を,それぞれ 1 g/kg/day 連日 2 週間経口投与した。その後糞便を採取し,T-RFLP 法を用いて腸内細菌叢を網羅的に解析し,クラスター解析を行った。その結果,糞便中の細菌叢は「control・十全大補湯・補中益気湯」「黄連解毒湯・葛根湯」の 2 つのパターンに大別された。そこでさらに一般的に腸管に存在する特定の細菌に対する影響を検討する為, Bifidobacterium, Lactobacillus, Clostridium, Escherichia coli, Bacteroides fragilis の 5 属について real-time PCR を用いて解析を行ったが,処方間での顕著な差はおおむね認められなかった。ただし,十全大補湯については,Lactobacillus 属についての小さいながらも有意な減少を,補中益気湯については, E. coli の大幅な増加(数百倍)を認めた。以上の結果は,漢方薬は,その処方によって異なる影響を腸内フローラに与えること,その変化は腸内細菌のバランスを大きく変えるものではないが,特定の population に specific な影響を与えている可能性があること,を示唆している。既存のプロバイオティクスともプレバイオティクスとも抗生物質とも異なる漢方の独特の作用が,その薬効とどのように関係しているかが,今後解明されるべき課題であろう。