2016 年 54 巻 4 号 p. 248-253
もし,今皆さんがいる場所が急に日差しが強くなり,水分がどんどん蒸発して,砂漠のような乾燥状態に半日でなってしまうとしたらどうするであろうか.私なら即座に水の豊富な場所に逃げるだろう.水はわれわれの生体中でさまざまな生体反応を行う場所として重要であり,水の消失はすなわちわれわれの死を連想させる.生物種によってもばらつきがあるが,少なくとも体重の6割以上は水が含まれ,半分を失うと生存が危うくなる.すなわち乾燥とは,われわれの最も身近にある極限環境といえよう.しかしながらこのような状況下でも乾燥から逃避しない生物が存在する.「カラカラに干からびても水戻しすれば蘇る」という乾燥無代謝休眠(アンヒドロビオシス)の能力を発揮できる生物が,それである.カラカラに干からびた状態では,水分がないので当然代謝はできないはずである.しかしながら水をかけると蘇生するので,死んでいるわけではない.果たして彼らはどのようにして「生きてもいないし死んでもいない状態」を作り出しているのであろうか.本稿では,乾燥無代謝休眠の能力をもつ最大の動物,ネムリユスリカを題材に乾燥無代謝休眠のしくみについて最新の研究も紹介しながらこれまでにわれわれが明らかにしてきたことを概説する.