脳腸相関は200年以上前に提唱された,脳と腸が相互に影響を及ぼすという概念である.日本語でも,「怒ること」を「腹を立てる」と表現したり,「納得すること」を「腑(腹)に落ちる」と表現するように,脳と腸の密接な関係性が示唆されていた.近年,腸内細菌叢のバランスが乱れた状態(Dysbiosis)が生活習慣病やアレルギー,がんなどの発症に関与することが明らかになり,精神疾患と腸内細菌叢の関連にも注目が集まっている.本稿では,まず精神疾患の発症に腸内細菌がどのように関与するのか,最新の基礎研究を概説した後,精神疾患患者の腸内細菌叢の特徴に関する疫学研究に触れ,最後に我々が研究しているビフィズス菌MCC1274(Bifidobacterium breve MCC1274またはB. breve A1)の可能性について紹介する.
CO2から直接合成されるメタノールは「環境循環型メタノール」や「グリーンメタノール」と呼ばれ,脱炭素社会構築に向けた次世代型エネルギーの一つとされている.また,メタノールは食糧と競合しない炭素源として「バイオエコノミー」への活用が期待されており,メタノールを唯一の炭素源として資化できるC1酵母はその実現に向けた最も現実的な生物群とされている.本稿では,環境循環型メタノールによるバイオエコノミーへの活用に向けたC1酵母の細胞機能の解析,特に細胞内C1毒性管理と高メタノール環境への細胞適応によるC1酵母のメタノール代謝制御の分子機構について解説する.
ビフィズス菌には100以上の種・亜種が存在し,それぞれ棲息場所や性質が異なる.離乳前の乳児腸管内には非常に高い割合でビフィズス菌が存在し,腸管バリア機能の向上や正常な免疫機能発達への寄与など,乳児の健康維持に重要な役割を果たしている.離乳を境にビフィズス菌は減少し,特に60代以降はさらに減少する.このような加齢による腸内細菌叢の変化は加齢性疾患の発症と関連する可能性が示されており,腸内細菌叢を正常に保つことが,健康維持の鍵とも考えられている.本稿では,ヒト腸管に棲息するビフィズス菌の特徴および高齢期の腸内細菌叢を適切に制御するための素材について紹介する.
糸状菌は自然環境に存在する多様な炭素源を分解・資化することが可能で,この能力は発酵・醸造や酵素生産など様々な産業で利用されている.セルラーゼやヘミセルラーゼといった植物細胞壁分解酵素の生産にも優れているため,バイオリファイナリーに資する植物性バイオマス分解酵素の供給源としても注目されている.これら酵素は培養条件により生産が調節されており,主に遺伝子の転写レベルで制御される.本稿では,筆者が取り組んできたAspergillus属糸状菌におけるセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の転写制御機構に関する研究について紹介する.
高齢化は国内外で急速に進んでおり,それに伴う健康寿命は喫緊の課題となっている.中でも認知症や認知機能の低下は重要な課題で,近年の研究より,早い段階から対策をとることで改善が可能であると報告されている.我々は,ビールの主原料で薬用植物でもあるホップに着目し,ビールの苦味成分である熟成ホップ由来苦味酸(熟成ホップ)に強い認知機能改善作用を見出した.熟成ホップは腸上皮の苦味受容体を介して迷走神経を刺激し,脳腸相関を活性化することで,認知機能と気分状態を改善,体脂肪を低減することを発見し,臨床試験(RCT; randomized clinical trial)でエビデンスを取得した.一連の研究成果について社会実装を開始したので,その取り組みを概説する.