岡本かの子の「東海道五十三次」は作品名そのままに旧東海道を旅する人々を描いている。一方、津島佑子の「厨子王」は、説経「山椒太夫」によってよく知られている山椒太夫伝説を下敷きにして、東北地方、特に津軽地方への旅を通して描かれる東北の歴史と文化がテーマの一つとなっている。かの子が豊富な古典文学作品の引用によってテクストを織り上げているように、津島の場合も古典文学や伝承が土台となり原動力となって進行している。〈歌枕〉という視座を設けることで、手法の共通性を指摘した。昭和一〇年代という戦時色が強まる中で発表された「東海道五十三次」と昭和五〇年代の「厨子王」とでは、引用という手法への意識のあり方に違いがあることを考察した。また、旅する場所の違いや家族観の違いを比較考察することで約半世紀間に生じた意識の変化を明らかにした。古典文学との関連や〈歌枕〉を視座として、その受容史という観点から近代文学史を構築する場合の具体例を加える結果を得た。