2025 年 26 巻 p. 67-84
人々の生涯学習の権利を保障することは,教育機関の重要な使命の一つである。高等教育機関でのノンフォーマルな学びを生涯学習に有効活用するには,質保証された学びを資格枠組みを用いて適切にレベル分けし,デジタル証明書を付与して学習者が自ら管理できる体制を整えることが有効である。オーストラリアやアメリカ合衆国では,オンラインコースを含む小規模な学修の成果や資格にデジタルバッジを付与して「マイクロクレデンシャル」と称することで,大学の正規生以外にも開かれた学習機会の認知度を高めることに成功した。
国内においても,さまざまな非伝統的な学修経験を単位換算し,学位につなげる法的根拠は整備されてきている。韓国の単位銀行に見られるように,混在した制度を通用して学習者にとって扱いやすいように提示することで,リカレント人口を大幅に増大させ,学術教育と職業教育との間を架橋し,社会による受容も高めることができる可能性がある。
Ensuring every citizen's right to lifelong learning is one of the primary missions of educational institutions. Classifying quality-assured non-formal learnings and issuing digital credentials to them are keys to that goal. The Qualifications Framework to define competencies required for each level in academic or professional learning paths is a widely used tool to ensure interoperability of learning credits across different educational providers. Opening the global market for MOOCs credentials utilizing digital badges is another way.
In Japan, various established regulations exist for converting non-traditional learning experiences into credits stackable to academic degrees. There is a reasonable prospect that developing an excellent user interface with individual registries that can store diverse learning experiences will attract citizens, bridging the gap between academic-oriented and vocational higher educations.
労働人口の減少と,産業構造の急激な転換,経済成長の停滞に直面している日本において,生涯学習の推進を通じた労働力の底上げは喫緊の課題である1)。こうした問題意識は新しいものではない。世界的には1960年代の欧州委員会,ユネスコ(国際連合教育科学文化機関),経済協力開発機構(OECD)での提言を端緒とし2),欧州高等教育圏とヨーロッパ生涯学習圏の構築へと発展した。国内においては中央教育審議会答申3,4)で生涯教育への言及があり,臨時教育審議会答申(1987)5)において,「生涯学習体制の整備」が教育改革の筆頭の大項目として設定されている。しかしながら,日本の成人の学習参加率は低く,とりわけ大学型正規教育への参加率は2%前後でOECD加盟国内最低であり,教育機会提供の柔軟性も最低レベルと評価されている6,7)。学位規則第六条に定めのある,大学改革支援・学位授与機構が行う大学外での学位授与の制度についても,一般には認知度が低いままである8)。
学習プラットフォームや履修証明書を授受する媒体のデジタル化によりノンフォーマルな学びに対する認知度を大きく高めつつある諸外国の事情と,日本国内の現状とを比較し,日本の高等教育機関の提供するノンフォーマルな学びの機会が生涯学習に活かされるには,制度設計を含めどのような方略が有効か検討する。
本稿では「学習」と「学修」に一応の区分を与え,両方の用語を使用する。「学習」は,‘lifelong learning’を「生涯学習」と訳すとき,また特定の学習方略や学習形態(反転学習,オンライン学習,インフォーマル学習等)を示すときに用いる。「学修」は,大学設置基準第二十一条の,「1単位の授業科目を45時間の学修を必要とする内容により構成する」という定めにおいて用いられるように,特定の単位やクレジットの取得を可能にする成果を示すときに用いる。よって,学びの機会は「学習機会」,学びの履歴は「学修歴」と表される。「学習」も「学修」も英語では‘learning’であり,ここで示した区分に収まらないこともありうる。その場合は,先行研究などの慣用にしたがう。
1.1.2 ノンフォーマルおよびインフォーマルな学びを含む概念としての生涯学習ユネスコでは1965年に「生涯教育」の必要性が初めて提唱された。大きな目的の一つは識字率の向上であり,それを通じて学習権を保証することが目指された9)。相対したのはOECDであり,『リカレント教育—生涯学習のための戦略10)』において,永続的な取り組みを表現する用語として「生涯教育」は語義矛盾であると主張し,「リカレント教育」および「生涯学習」という概念を提唱した。ここでリカレント教育とは,個人が全生涯を通じて仕事や余暇,引退といった諸活動とクロスして分散的に教育を受け続けることを指す。「教育」は教育機関によるフォーマルな環境設定に依拠したものであること,「学習」はノンフォーマルおよびインフォーマルな学びを含むものであることが,OECDの用語では含意されている。
現在に照らし合わせるならば,大学の公開講座を受講したり,科目等履修生として学習し修了証を取得したりすることはノンフォーマルな学習に相当するのに対し,スポーツ,レジャー,演奏会や講演会への参加のような日常生活を通じた学びはインフォーマル学習に相当する。ここで,労働環境の転換や社会のデジタル化に応じた期待が大きくなっているのが,ノンフォーマルな学習機会提供を通じたリカレント教育である。
1.2 学修歴蓄積と流通に向けた制度設計 1.2.1 エラスムス事業から欧州資格枠組みの成立へ1987年に開始し,欧州域内の学生交流を促したエラスムス事業は,特定の学部間のコンソーシアム協定をもとにはじまり,参加者が増大していった。学修歴の蓄積と流通に関しては,1989年に導入されたヨーロッパ共通単位制度(European Credit Transfer System: ECTS11,12))の有効性と汎用性の限界がエラスムス事業を通じて明らかにされ,ボローニャ宣言におけるECTSを中心とした単位認定システムの確立へと影響を及ぼした13)。ボローニャ宣言では,エラスムス事業が目的とした単位互換に加え,学位取得のための単位加算(accumulation)もECTSの役割とされた。ヨーロッパの多くの国では,学士の後に修士,博士といった学術高等教育の統一された段階構造が整備されていなかった。これらを平準化し,ECTSのような単位互換システムを確立することで,欧州域内においてどの高等教育機関で学んでも,共通の学位や資格が得られる欧州高等教育圏(European Higher Education Area: EHEA)構築を目指したものが,1997年のリスボン承認規約と,その具体的な実行計画を示したボローニャ宣言(1999年6月,29ヵ国。現在は49ヵ国14))である13)。
職業教育に関してもコペンハーゲン宣言(31ヵ国,2002年11月)により,学修歴の通用性を国際的に担保してヨーロッパ職業教育圏を構築すること,生涯学習を推進することが目指された。欧州職業訓練開発センター(European Centre for the Development of Vocational Training: Cedefop)の主導により単位互換制度(European Credit system for Vocational Education and Training: ECVET)が策定され,2009年から各国における適用推奨がなされた。ECVETは学術単位互換制度であるECTSと連動して効力を発揮することが期待された。資格枠組み(Qualifications Framework)はこれらを接続する役割を担う15)。
異なる学校種や地域間で卒業資格や学位を読み換える上で必要となるのが,それぞれのレベルと到達目標を定義した資格枠組みである。オーストラリア政府が1995年に卒業資格や学位を10段階のレベルに分類するAustralian Qualifications Framework(AQF)を作成し,教育機関間および国際間での単位認定や,入学資格読み替えの基準とした。一方,ユネスコは世界各国における教育普及統計を取る目的で,1976年に国際標準教育分類(International Standard Classification of Education: ISCED)を定め,改訂を重ねていた16)。
ボローニャ・プロセスでは,まず2000-2002年と2003-2004年の2期にわたったTuningプロジェクトで,高等教育の各教育課程内において求められる学習負荷やコンピテンシーの定義が,各国の大学や高等教育質保証機関などにより議論された。これにより,学士課程および修士課程の到達目標の定義と,単位制の確立が行われた17)。その後ヨーロッパ高等教育の資格枠組み(Framework of Qualifications for the European Higher Education Area: QF-EHEA)が作られる一方,コペンハーゲン・プロセスでは職業教育,ノンフォーマル学習およびインフォーマル学習にも対応する8段階の生涯学習のためのヨーロッパ資格枠組み(European Qualifications Framework for Lifelong Learning: EQF-LLL)が2008年4月に欧州委員会主導で策定された18)。そして,各国における教育資格認定の一覧である全国資格枠組み(National Qualifications Framework: NQF)を,地域共通のヨーロッパ資格枠組み(EQF,先述のEQF-LLLと同一)に対して参照付けることが目標とされた。
2023年8月現在,EQFのような地域包括型資格枠組みはアフリカ,アジア,南米など10,全国資格枠組みを持つ国は150にのぼり,資格のデジタル認証基盤の整備と相まって,学修歴の地域通用性の基準として用いられている19)。
1.2.2 MOOCsを通じたマイクロクレデンシャルの流通マイクロクレデンシャルという呼称はアメリカ合衆国において,大規模公開オンライン講座(Massive Open Online Courses: MOOCs)の普及に伴い,複数のコースをまとめて提供する「講座以上,学位未満」の学修履歴に対応するものとして普及した。MITとハーバード大が共同出資したedX20)は2013年に“Xシリーズ”としてオンラインコース上にマイクロクレデンシャルを公開した21)。2016年には世界で初めて,学位取得に向けて積み上げ可能なマイクロクレデンシャルであるMicroMastersが公開された22)。アメリカ合衆国ではこれに加えて,学位に相当しない教育課程修了証(certificate)や各種デジタルバッジを合わせて,代替的クレデンシャル23)と呼んでいる。これらは分割して販売でき,市場のニーズや技術進歩に迅速に対応できる教育コンテンツとして位置付けられる。2022年12月に米国内で流通が確認された100万種を超えるクレデンシャルのうち,職業資格証書や訓練修了証,IT技術習得コースの修了証明書,デジタルバッジといった学術教育機関以外が授与するものが656,505種と最多となっている。これらに対して狭義のマイクロクレデンシャルは上述のようにMOOCs内に設定されている分割された学位コースを指し,海外の大学の提供する学位プログラムと合わせて1,657種にとどまっている。それ以外のMOOCs上のコース修了証は11,357種であり,学位を構成する単位として加算可能なものとそうでないものを含んでいる24)。
学修履歴の可視化のために活用されているのが,画像データにデジタル資格証明の機能を持たせたデジタルバッジであり,学術教育機関以外が主要な供給者となっている24)。1EdTech(旧IMS Global Learning Consortium)とクレデンシャルエンジンによる2022年中期の報告では,個人の取得可能なバッジは52万種に達し,その83%がアメリカ合衆国内の発行者によるものである。これまでに発行されたバッジは7,478万個に及び,4年間で倍増し,社会的認知度の拡大に成功している25)。デジタルバッジとしては,1EdTechが策定するオープンバッジという国際技術標準に準拠したものが広く普及している。オープンバッジに準拠したデジタル修了証は,教育プログラムとその修了証の提供者が契約する民間の発行機関によって,発行および管理される。IBMやAmazonといったグローバルIT企業の多くはCredlyのサービスを通じてオープンバッジを発行しており,情報の真正性は発行元に問い合わせることによって確認される。なお,デジタル資格証明の偽造を防ぐためにブロックチェーン技術が用いられる場合があるが,ブロックチェーンの適用は高コストであり,世界的に見て一般的ではない。スマートフォン上で動作するウォレットに見られるように,修了証の保持者自身が資格の真正性の電子証明を携帯できる,分散型IDをベースとした発行システムへの転換が図られている26)。
デジタル資格証明の普及に伴い,マイクロクレデンシャルがひろく普及しているのがオーストラリア,ニュージーランドとアメリカ合衆国,カナダである。オンラインプラットフォームを活用して多くのクレデンシャルが発行される一方で,獲得したクレデンシャルの国内外での通用性を承認するために必要な資格枠組みについては,アメリカ合衆国では策定の途上にある19)。習得されたコンピテンシーはバッジの中にデータとして書き込まれるが,業界間で異なるコンピテンシーの定義を用いるため,内容的な通用性が担保されているとは言えず,価値が不明なクレデンシャルの量産が混乱を招く事態も生じている。そのため,短期の代替的クレデンシャルの中でも,正規の教育資格の一部もしくはそれに対する付加的,代替的,補足的な位置付けにあるものをマイクロクレデンシャルとして議論の対象とすべきことが提案されている27)。最低何単位からをマイクロクレデンシャルと見なすかは,地域や論者によって異なる。1単位相当からマイクロクレデンシャルとする場合もあるが,柔軟性が高まる一方で,質保証プロセスの負担が増すという問題がある。
1.2.3 アジアにおける資格枠組みとマイクロクレデンシャル中国では地域によって異なる資格枠組み(资历框架)が存在しているが,地域の中では職業教育と生涯学習の間の架橋に向けた取り組みを進めている。地域間の連携の動きもある。広東省は2019年に香港およびマカオとの資格枠組みの接続と,資格相互承認に向けた協定を結んだ28)。広東放送大学(广东开放大学)のプロジェクトチームが,相互通用性のある資格枠組みの整備と,デジタル学修証明,生涯学習歴データベース(学分银行,2.2.3節参照)のシステム確立を統合的に進めた29,30)。
香港では,移民にリスキリングの機会を提供し労働市場に参入させることが政策上の優先課題であり,学習者に対する資金援助制度を充実させてきた。一方で欧米の大学との連携も重視されている。資格枠組みを活用し,欧州型の生涯学習モデルが公教育と融合している,アジアにおける好例である31)。代表的な例として,非営利法人によって運営される香港大學専業進修學院(HKU School of Professional and Continuing Education: HKU SPACE)は,公立大学である香港大学の下部組織として,1956年から生涯学習のための学内セクターとして存在していた。その後,1992年に再編して職業教育と生涯学習の両面に対応する教育組織となった32)。2023年現在まで,330万人の延べ履修者を輩出している。HKU SPACEは2023年にマイクロクレデンシャルコースを導入して250以上のコースを展開し,多くが単位として積み上げ可能であることをアピールしている。デジタルバッジを活用することにより,修了証やディプロマの取得のための単位取得経路を可視化し,柔軟性を担保している。あるレベルの修了証やディプロマを取得するには,それらを構成する単位(マイクロクレデンシャル)の75%以上が香港資格枠組み上で,そのレベルに相当するものでなければならない。
1.2.2節で述べたように,代替的クレデンシャルを付与する学術教育機関以外による教育機会を主に提供していたMOOCsは,マイクロクレデンシャルやデジタルバッジといった新しいタイプのクレデンシャルも提供することで適応範囲を広げてきた。伝統的な大学もMOOCsで教育プログラムを提供する流れがCOVID-19 パンデミック以前から拡大してきている。すなわち,遠隔教育およびそれを集積するMOOCsプラットフォームの普及が,高等教育機関を生涯学習機会の提供者として社会にひらく上で中心的な役割を果たしてきた。遠隔教育と短期プログラムの提供は,いずれも教育アクセスへの障壁を下げる上で重要な要素である。非伝統的な課程を通じた高等教育機会の提供者は以下のように多様であるが,伝統的な大学に広がる傾向がみられる。これまで各大学で受講者が募集されてきた通信講座やオンライン授業についても,共通データベース上にまとめられることで受講対象者は世界に向けて拡大している。
1)高等教育の門戸開放を掲げ,通信制大学として入学選抜基準を低く設定しているもの(オープン大学(イギリス),放送大学)
2)専門職教育や学術教育を遠隔で提供し,特に海外からの履修者にアピールするもの(ロンドン大学,カーネギーメロン大学)
3)正規の教育課程運営に加えてMOOCsプラットフォーム上で講義を提供することにより,収入増加や知名度の上昇,生涯学習機会の提供を目指すもの(デルフト工科大学,アリゾナ州立大学33),ジョージア工科大学34),JMOOC)
1)イギリスのオープン大学(the Open University)は1969年に創設された通信制の総合大学であり,日本の放送大学の範型である35)。これらの大学では試験による入学時選抜は設けないのが通例である。学位,ディプロマ,教育課程修了証に加え,マイクロクレデンシャルを授与している36)。ヨーロッパでは各国のオープン教育,遠隔教育を行う大学は欧州遠隔教育大学協会(European Association of Distance Teaching Universities: EADTU)というネットワークを構成し,教育の質の向上を図っている37)。高等教育の門戸を広く開放することを目的とした通信教育の歴史は古く,日本では大学通信教育は1950年に正規の大学教育課程として認可された。国内に通信制大学は2024年5月時点で46校存在し,放送大学を含めてすべて私立大学である。これらも現在はオンデマンドおよびリアルタイムでの映像授業を活用している。在学生数は2010年代を通じて22万人前後と大きな変化は見られないが,18-22歳の在学生は増加傾向にあり,若年層への認知度が高まっていることがうかがえる38)。
遠隔教育を行う通信制大学の中にも,多分野にわたる学術研究活動を行っている大学が存在する。スペインのカタルーニャ自治州にあるカタルーニャ公開大学39,40)は,1994年設立で1995年に開校された世界で最初期のオンライン・バーチャル大学である。面接授業は実施しておらず,ほとんどが少人数制アクティブラーニング型のオンライン授業となっている。研究者たちは教育や社会の情報化を中心領域とする多くの研究プロジェクトを進めるのみならず,10の学術誌を運営し,オープンサイエンスのネットワークに参加している。1972年に設立されたスペイン国立通信教育大学(Universidad Nacional de Educatión a Distancia: UNED41))も,11の学部と数百の研究グループを擁する。遠隔教育を中心とする「非伝統的」な高等教育機関が,学習にアクセスする機会を拡大することと,学術的な研究開発を促進するという目的との双方を同じ機関の中で両立させている。これらは,通信制大学と研究大学との間で,社会的使命や事業戦略が必ずしも排他的ではないことを示す例である。
2)オンライン学習の拡大を1990年代に始まる4期に分けて捉える見方によれば,MOOCs拡大期である第3期(2008-2013年)に続く2014年以降は第4期とされる42)。第4期における興隆と対応する現象として,専門職学位取得コースの遠隔教育化があげられる。社会人向けのコースは大学院レベルを中心に展開されるが(ボストン大学,公衆衛生修士課程43)),専門職学位と内容の親和性が高い,学部の学術学位を取得できる遠隔コースもある(ロンドン大学44))。
中国を除く主要MOOCsプラットフォーム(Coursera, edX, FutureLearn, Study Webs of Active Learning for Young Aspiring Minds: SWAYAM)で提供されたコースの分野別集計によると,経営学関連分野が最多であり2021年には20.9%を占めていた45)。ビジネススクールに国際認証を与えるThe Association to Advance Collegiate Schools of Business(AACSB)から認証を取得している36か国・地域の521校のうち,完全にオンラインの学位コースを提供している高等教育機関の割合は,2011年から2016年にかけて25%から37%に上昇した46)。オンラインMBAプログラムを通じた学修によって得られると期待される就労報酬は高く,また受講料も高額となる。例えば,Fortune EducationにリストされているオンラインMBAプログラムの学費は1単位当たり1,000米ドル以上が約半数であり47),提示されている修了生の就業後最初の5か月分の給与平均の一例は159,537米ドルである48)。
3)技術関連分野は,MOOCs上のコースの中で経営学分野に次ぐ割合(20.2%)を占める。edXやCoursera,FutureLearnといったMOOCsプラットフォームは,IT企業や政府機関,認証を受けている大学が提供する短期や中期の教育プログラムを掲載する。一般の大学がオンラインのコースを併設するようになった例として,オランダのデルフト工科大学は2013年から公開MOOCs授業を多く開発し,世界的なプラットフォームにコンテンツを提供してきた。子ども向けの学習教材も存在する。200のMOOCsコースを公開し,世界で350万人の受講者が登録している49)。さらに,自大学の正規授業の一部もMOOCs授業として提供している。他国の大学が提供するMOOCs授業の受講と所属機関での試験を組み合わせ,国際的なコンソーシアムの枠組みによって正規課程としての単位互換制度を開始したのは2016年,デルフト工科大学が初めてである50)。
2.1.2 アメリカ合衆国のマイクロクレデンシャルと短期クレデンシャル情報技術講座に代表される,内容革新が早く高付加価値の学修証明はIT企業への就業資格や,単位換算して学位取得要件に組み込むことができるようになり,注目を集めている。Googleなどの国際企業は自社の就業に必要なスキルを習得するのに必要な学習コースをMOOCsプラットフォーマーと提携して提供し,それらの学修証明を持っていれば,高等教育機関の学位は不要であるとしている51)。こうしたコースの修了証を高等教育機関において「従前の学修」として単位加算に用いることを認める大学もある。このように,学習コンテンツの提供者は,認証を受けた高等教育機関ではない場合も含まれる。そのため,爆発的に増大したオンラインコースの質保証が課題を抱えていることは先に述べたとおりであるが,アメリカにおいてはこれらの代替的クレデンシャルを集積して提供しているプラットフォーマーにより,質保証が実質的に行われている。例えば,Nanodegree(Udacity)やMicroMasters(edX)は登録商標されており,プラットフォーマーが学習内容の質を保証していることを意味している。これら狭義の「マイクロクレデンシャル」は大学により学位プログラムの一部分として提供されるのに相当するものを指し,欧州におけるMOOC Consortiumにおけるマイクロクレデンシャルの定義と対応付けられる。この中には職業教育に関する履修証明が含まれる24)。
自動車整備,製造業や保健サービスといったコミュニティ・カレッジ相当の職業資格に関しても,多くの学習コンテンツと修了証が短期プログラムのクレデンシャルとして提供されている。短期クレデンシャル取得によって学習者が得る経済効果は,容易かつ短い履修期間で取得できるものに関しては持続期間が短く,クレデンシャルを単位として積み立てて学位取得に活用できるものでは長い52)。成人の就労者は高等教育プログラムに参加する際に,柔軟に参加でき,短い期間で終了できるコースを好む。その中でもコミュニティ・カレッジの資格や学位は費用対効果が高いため,これらに向けて積み上げ可能なコースを選択するニーズが高まりつつあり,リカレント教育として有効である53)。
北米におけるマイクロクレデンシャルが,単位として積み上げ可能なものが主流となってくるか,そうとは限らないかについては意見の一致が見られていない。COVID-19パンデミックの社会的インパクトにより,必ずしも学位につながらない,就業スキルと直結する学修歴の評価が定まってきたとする論者もいる54)。
2.1.3 中国・インドのMOOCsと生涯学習Coursera, edXとUdacityを擁するアメリカ合衆国や,FutureLearnが展開するイギリス以外での非伝統的教育市場の活性化は,多くの国では政策的に推進されてきた。
2019年時点の登録者数で,中国を含まない世界の5大MOOCsプラットフォームに名を連ねるインドのオンライン教育プラットフォームSWAYAMの運営母体は政府であり51),韓国(2.2.3節を参照)や中国にも見られるように,アジア諸国では政府機関の強力な推進により非伝統的な学習機会の拡大が進められてきた。中国のMOOCsの登録者数は2022年2月末時点で3億7,000万人と報告されている55)。中国のプラットフォームを除いた2021年末のMOOCs登録者数は2億2,000万人であり45),中国のMOOCsは実質的にもっとも多くのユーザー数を抱えている。
2.2 マイクロクレデンシャルの世界的な普及とそれを支えるインフラ 2.2.1 ボローニャ・プロセスの拡張としてのマイクロクレデンシャル欧州では従来,マイクロクレデンシャルという呼称は用いてこなかった。学修履歴の共有においては,ボローニャ・プロセスを通じ高等教育機関における国際単位互換制度がすでに整備されていた。また主に成人向けの短期学習プログラムを,生涯学習推進のために従来から提供してきた。
そうした中,オンライン学習機会の拡大と,それを含む短期プログラムを教育機関横断的にまとめたプラットフォームの整備を通じて,これら短期学習プログラムを「マイクロクレデンシャル」としてまとめて質保証し,ボローニャ・プロセスの取り組みの一環として通用性を高めようという機運が高まった56,57,58)。マイクロクレデンシャルの学修歴は,リスボン承認規約における「従前学習の承認」プロセスを通じて認証することが可能である59)。マイクロクレデンシャルの承認を判断するオンラインアプリケーションMicro-Evaluatorが公開されている60)。高等教育機関は,デジタル化や環境技術といった産業界や社会の新しいニーズに対応した教育や研究プログラムを,マイクロクレデンシャルとして柔軟に試していく,生涯学習機会提供者としての役割を期待されている58,61)。
2.2.2 各国における学修履歴デポジトリの整備アメリカ合衆国ではMOOCsプラットフォーム上で流通するデジタルバッジに,教育機関や業界団体の定義する学習目標や評価基準が記述されていることを示した(2.1.2節参照)。その他の地域では,学位や卒業証明書を集積しデジタル証明を与えるデポジトリにおいて,学習者に自らデータを管理する権限を与えるのみならず,学術学位と職業資格・学位に共通して適用される資格枠組みの中にマイクロクレデンシャルも組み込み,質保証を行っていこうとする動きが進んでいる。資格枠組みは,学修歴データの管理を簡略化し,異なる学校種や地域間における修了資格の通用性を担保するために重要な役割を果たしている。
例えば,ニュージーランド資格機構(New Zealand Qualifications Authority:NZQA)は教育訓練法2020のもと,10段階のニュージーランド資格・クレデンシャル枠組み(New Zealand Qualifications and Credentials Framework: NZQCF62))の中に職業資格,修了証,学位と,マイクロクレデンシャルの両方を対応付けた。従来の職業訓練スキームをマイクロクレデンシャルの中に吸収し,ニュージーランド資格機構が一括して認証に対応するように移行しつつある。マイクロクレデンシャルを発行しようとする機関は,その教育内容に関する文書をアップロードし,レビューを受けなければならない。さらに,修了証や学位,マイクロクレデンシャルを授与した学生の情報もデータベースに登録するように求めている。こうした仕組みを通じて,マイクロクレデンシャルの質保証のみならず,学修履歴全体のデータベース化に踏み出していると考えられる。こうした統合は,学術資格と職業資格や証明書とのレベルの対応付けが,資格枠組みによって規定されていることによって有効に運用される。
ヨーロッパでは,オランダ63)(1988~)や北欧諸国が先行して,国民の就学歴を年齢を追って記録するデータベースを整備していた。これらがモデルとなり,EU圏で認証を受けている高等教育機関と職業教育機関の発行する修了証は,電子印鑑による署名を付してヨーロッパ統一の電子職務経歴書システムであるEuropassに集約されるようになった64)。Europassのウォレット領域に,マイクロクレデンシャルなどのデジタル資格証明情報も追加することができる。ユーザーは自らのアカウントを起点にして必要な相手に情報を開示し,就職活動や留学に向けた事務手続きを進める。
これとは別に,マイクロクレデンシャルを蓄積する個別学習口座(Individual Learning Account)の構築に向けた議論が現在進められている65)。
2.2.3 アジア型:単位銀行アジアにおいては,マイクロクレデンシャルという呼称を用いていないことが多いが,生涯学習や職業教育では,一定時間の非伝統的な学びや短期の専門的な学習に対して「単位」として認定する制度が運用されてきた。韓国が1998年より単位銀行制を運用しており,国家平生教育振興院66)(National Institute for Lifelong Education: NILE)が学習者の短期の学修履歴を,生涯学習口座67,68,69)の中に一括で管理している。大学や専門学校に付設された生涯教育センター,職業訓練機関,軍の訓練機関,遠隔授業の生涯教育センター,K-MOOC,伝統芸能の継承など多様な場での学びを単位換算して1か所に集積する70)。韓国の単位銀行制での2021年における学位取得者は68,060名であった71)。中国も韓国にならい単位銀行(学分银行)の設置を進めている72)。それぞれの授業コースに独自の授業コードが割り振られ,得られる単位数に加え,授与した教育機関とその認定機関,単位読み替えに関する関連情報も分かりやすくまとめられている。2~3年の短期高等教育で提供される職業教育である専科のコースのみならず,大学の提供する本科コースも登録されている。2022年の職業教育法改正により,職業教育は普通教育と同等とされ,単位読み替えの方法が案内されている。
これらの国においては,単位の集積,読み替えなどが想定されていることから,欧米のマイクロクレデンシャルに近いものが目指されていると考えられる。
2.3 日本:ノンフォーマルな学びの単位認定国内では1972(昭和47)年に大学設置基準が改正され,国内および国外の他大学で修得した単位の互換が可能になった。1982(昭和57)年には短期大学,1991(平成3)年には大学以外の教育施設等における学修の単位互換が認められ,範囲が拡大した73)。
単位数の上限については1999(平成11)年に,大学卒業すなわち学士の学位取得に必要な124単位のうち,他大学・短期大学との単位互換,大学以外の教育施設等における学修に,入学前既修得単位を合わせて60単位まで,大学内での単位修得という伝統的形態に置き換えることが可能とされた。民間資格取得(実用数学技能検定,ITパスポート試験,マイクロソフト検定(Microsoft Office Specialist)など)は,平成3年文科省告示第68号の規定を満たし,かつ大学において大学教育に相当する水準を有すると認められた場合に,この60単位の中に含めることができる。このようにしてノンフォーマルな学びが卒業単位の一部として認定されている。
また1991年から始まった科目等履修生制度は,学内の学生以外の学習者が大学の授業科目を履修し単位を取得できる制度であり,取得単位は単位積み上げ型の学位授与制度を利用した学位取得のために活用できる。また2007(平成19)年に創設された履修証明制度により開設された,一定のまとまりをもつ社会人向けの学習プログラムである履修証明プログラムは,履歴書などに記載ができる履修証明書(certificate)が取得できる制度である。学位プログラムとは異なることから当初単位の授与は行われていなかったが,2019年と2022年の改正を受け単位取得が可能になった。また,文部科学省通知においては入学前既修得単位の認定や,単位積み上げによる学位取得のための単位への活用が期待されている74)。これらの制度は,学内の学生以外によるノンフォーマルな学びへの単位認定である。
学内の学生向けに開講された講義を,学生が大学施設内で受講する形態を伝統的なものとみなしたとき,非伝統的な学習形態は上記に挙げたノンフォーマルな学びだけでなく,遠隔教育という授業の方法上においても認めることができる。遠隔教育の歴史は国内外における郵便制度を活用した通信教育に遡る75)。今日においては放送大学学園法に定められている放送大学と大学通信教育設置基準をもとに認可された通信制大学において,実質的に対面授業を全く履修しなくても卒業することが可能となっている。また,これらの大学においては1科目からの履修も可能であり,単位積み上げによる学位取得のために単位を取得することも可能である。
これらの非伝統的な学習形態を活用して取得した単位を積み上げることで,短大や専門学校,高等専門学校での学修を学位につなげる学位授与制度が整備され,平成4(1992)年3月に初めて学位授与を行った(図2)76,77)。

資格試験等に係る学習が単位認定されるのは,大学および短期大学においてであり,専門職短期大学,専門職大学,専門職大学院では実務の経験がそれに代わる。インターンは「実習」と見なされることにより,大学や短期大学の単位に組み込むことが可能である。
また,編入学・転入学の際には60単位を超えて既修得単位認定をすることも可能である。

しかしながら日本国内においては,学位授与の要件とするほかに,積み上げた単位を可視化し学修歴として利用する手段に乏しい。履修証明プログラムの修了証は学修歴を可視化する手段にあたるが,単一のプログラムに対する修了認定であることから,そのままでは積み上げとの親和性に欠ける。大学コンソーシアムや教育機関間協定での単位互換は,取り決めの中だけでしか通用しないのであれば初期のエラスムス事業と同様の課題を抱えてしまう。さらに,学習成果をマイクロクレデンシャルとして広く通用させるために有効な資格枠組みの定義と,それに基づく職業教育との接続も進んでいない状況にある。
高等教育の修了資格は,学位,専門職課程修了の学位,その他称号,に大きく分けることができる。学位規則に掲載されているものが学位であり,学士/修士/博士と短期大学士がある。専門職学位は短期大学士(専門職)/学士(専門職)/修士(専門職)や法務博士(専門職)/教育修士(専門職)と専門職課程を修了したことが明記される。それ以外は称号とされ,準学士/専門士/高度専門士がある。
修士(専門職)のうち代表的なものは,各専門職大学院がMBAプログラムと称して設置する専攻にて得られる経営学修士(専門職),経営管理修士(専門職)であり,これらの分野では社会人学生が9割近くを占める。設置数も多く,2023年5月段階で法科大学院,教職大学院を除く専門職大学院59大学のうち32大学は,ビジネスに関する専門職課程を提供するものである78)。専門職大学,専門職短期大学,専門職学科は2019年より創設されており,2023年4月段階で全国に23校(専門職大学19校,専門職短期大学3校,専門職学科1学科)が開学されている79)(表1)。
| 西暦(年) | 設置された学位・称号 |
|---|---|
| 1991 | 「準学士」(称号) 短期大学と高等専門学校の修了資格 |
| 1994 | 「専門士」(称号) 文部科学大臣が指定した専修学校専門課程(専門学校)の修了資格 |
| 2003 | 「修士(専門職)」「法務博士(専門職)」(学位) 学位規則に追加 |
| 2005 | 「短期大学士」(学位) 短期大学の修了資格が称号から学位へ 準学士が高等専門学校の修了資格のみを示すように 「高度専門士」(称号) 文部科学大臣が指定した専門学校の修了資格 |
| 2007 | 「教職修士(専門職)」(学位) 学位規則に追加 |
| 2019 | 「学士(専門職)」「短期大学士(専門職)」 「学士(〇〇専門職)*」「短期大学士(〇〇専門職)*」(学位) 学位規則に追加,専門職大学,専門職短期大学,専門職学科*の設置 |
専門職大学の種別は大学であり,4年制課程を卒業すると一般の大学院に進学することもできる。
高等教育の多様な教育資格が整備される中,日本においても全国資格枠組みの確立が急務であり80),まず学校教育法を根拠とする教育資格の資格枠組みレベルの試案が作成された81)。高等教育の修了資格は,EQFと同じくレベル5以上と対応している(図2)。同レベル内の資格・称号は「同一」ではなく,「同等」「比較可能」であることを示す。
3.3 リカレント教育拡張の施策厚生労働省がリカレント教育推進のために,教育訓練の受講費用を支給する教育訓練給付金制度を設置している。1998年に「一般教育訓練」の給付金制度が創設され,2014年に「専門実践教育訓練」,2019年に「特定一般教育訓練」が追加された。給付率は数回にわたり引き上げられ,制度の拡充が続いている(図1)。学術大学の設置する講座であっても,文部科学省高等教育局によって「職業実践力育成プログラム」に認定されていれば「専門実践教育訓練」として高率の給付対象となる。これに対し,「一般教育訓練」は支援額はもっとも低いが,一般的な資格取得のための講座受講や,学位取得のための学習に対応しており,科目等履修生向けの授業や一般の履修証明プログラムをカバーしている82)(図1)。
短期教育プログラムを検索できるデータベースとして,文部科学省管轄下の「マナパス」と,厚生労働省が管理する「教育訓練給付金制度検索システム」が存在する83,84)。マナパスでは給付金制度対象講座などに絞って検索することができる。学習者が自ら持っている学修歴を管理し,デジタル資格証明としてオープンバッジのURLを記録することができる。また,目標とする資格取得や専門領域を細かく設定することにより,関連講座の情報を取得できる。
こうした問題意識は新しいものではなく,1999年(平成11年)の生涯学習審議会答申を受け,学習成果を記録する「生涯学習パスポート」が登場しており,現在も東広島市や京都市など自治体を中心に教育関連施設で配布している例がある85,86)。さらにICTを活用した「生涯学習プラットフォーム」は,2008年から繰り返し中央教育審議会で議論された。しかし,2009年から2010年にかけての文部科学省の委託調査87)において期待されていた「e-ポートフォリオ」に見られるように,生涯学習の学習成果の記録に関する多くの取り組みは,生涯学習に対する社会教育的な価値観を強く反映したものであった。自治体の取り組みでは,社会教育活動の中でのインフォーマルな学びがカバーされ,大学においては学習者のリフレクションを通じた質保証のためにポートフォリオが使用されるなど,自己陶冶的な側面が強くみられた。
結果,学習成果の価値は外部通用的な基準を持たないものを多く含むこととなり,生涯学習審議会が当初ねらいとしていた正規の教育や就業支援との接点の明確化は,依然として課題と言える。現状,関連する教育政策が対象としているのは主に中等教育段階までの個人の教育データを相互に連結して利活用するための「教育データ利活用ロードマップ」である88)。デジタル庁,総務省,文部科学省,経済産業省の連携により整備が進む教育データの利活用では,生涯学習における学修歴の可視化は優先課題ではなく,2023年8月の年次報告書によれば,2024年度以降に可視化に向けた検討が始まる。
本稿ではまず,マイクロクレデンシャルとして定義されている,もしくは類似している短期学習プログラムの質保証と流通をめぐる制度設計の経緯及び運用の国際動向と,国内での現状について概観した。北米やオセアニアでマイクロクレデンシャルが指数関数的に増加し,社会的に受け入れられつつある背景には労働訓練に対する,自由主義的で流動性が高い価値付けが背景にあった。他方日本での同様のデジタルバッジ導入の試みは,生涯学習やリカレント教育に対する社会的評価の向上に直結するとは考えづらい。OECDによる2018年の報告では,日本では労働者のうち1/4が教育水準の高さに見合った職業に就けていない,オーバークオリファイの状態にあり,調査対象国の中で突出している89)。教育歴が就業に活かせないという状況が常態であるならば,非伝統的な学習機会が充実していても継続学習に対するインセンティブは内発的に喚起されにくい。そのため,EU諸国やアジアで見られるように,市場に任せずに資格枠組みを用いて生涯学習歴を標準化し,その蓄積および利活用のためのプラットフォームを,トップダウンで整備していくことが必要であると考える。
米国型のマイクロクレデンシャルには,市場のニーズからボトムアップに拡大してきたために,異なる分野の職業資格や国際的な基準と読み替えが難しいという問題点があることも指摘した。これに対し,欧州やニュージーランドに見られるような統一的な資格枠組みの設定は先に見たように通用性に優れているが,それを可能とした背景には政府による教育や労働訓練に対する強いコミットメントや,教育機関・資格数の少なさがある。日本において同様の資格整理を行うに際しては,多くの工程を経る必要があることが予想される。
学位に満たない,さまざまな学修歴を蓄積し他者への共有を容易にするオンラインのプラットフォームとして,個人学習口座の設置が各国で検討されている。小規模の学修歴や教育機関の修了証を統一して管理し,さまざまな教育サービスにつなげていくシステムは韓国や中国において整備され,活用されている。韓国の独学学位制や単位銀行制は,日本における大学改革支援・学位授与機構が行う学位授与の制度とよく似た問題意識と制度設計に基づいている。日本においても制度の柔軟化とオンライン学習講座を用いた可視化に取り組むならば,機構における学位授与制度の認知度の向上のみならず,必ずしも学位につながらないさまざまなクレデンシャルの流通向上にも資すると期待される。
そのため,本稿後半では国内の高等教育機関においても非伝統的な学修機会は多く提供されており,単位互換の法的根拠や学費補助制度,それらを用いた職業教育と学術教育との架橋も拡充されてきていることを概観した。情報技術の活用による学修歴のデジタル化は,これら既存の制度を社会にとって分かりやすく提示していく行程として重要である。取得単位の通用性を高めるためには,提供者の視点では共通の枠組みのもとでの整理,学習者の視点では学習者自らが学修歴を管理し持ち運べるインターフェースの確立,が求められる。欧州のエラスムス事業が国際単位互換制度を拡張してきたように,資格枠組みやカリキュラム・マップを用いてそのコースの学修体系全体の中での位置付けを明示し,さらに職業教育クレデンシャルも合わせてデータベース化を行うことにより,継続学習のための共通プラットフォームを拡充していくことが目指されるべきである。
こうした動きを高等教育や生涯学習に拡充していくにあたり,海外におけるマイクロクレデンシャルの定義にならい,正規のコースよりも短期であるが,それらの教育上の枠組みから離れすぎないものを中心に整理していくことが有効であると考える。これまでの社会教育的な取り組みをすべて拾おうとするのではなく,対象となる教育プログラムを特定して質保証を行っていくことが,社会的需要向上に向けて求められる。
並行して,学位の職業資格との関連や,労働市場での価値の提示についても見直しを進めていく必要がある。公的職業資格では,受験要件として4年制大学の卒業を求めているものが少なくない。伝統的な正規学修のみを前提とせず,さまざまなルートで積み上げた単位と学位の存在を考慮した資格制度の再設計が求められる。その架橋に有効な手立てとなるのが資格枠組みであり,各達成度に応じたコンピテンシーを明確化することにより,「マイクロクレデンシャル」に相当する学習コンテンツに対する需要喚起を見込むことができる。そして教育資格と職業資格との対応を明確化することがひいては,特定の大学の卒業歴ではなく,学位自体の持つ就業力向上にもたらす効果の社会的周知にも役立つと期待されるのである。
本稿のアイデアと方向性は,大学改革支援・学位授与機構 研究開発部 野田文香准教授(当時)をはじめ,横断的質保証研究会メンバーの方々に共有していただいた情報と議論に多くを依っている。この場を借りて感謝を申し上げる。