海洋の中・深層における鉛直乱流拡散は,深層海洋大循環の強さやパターンをもコントロールする重要な物理過程であるが,そのグローバルな強度分布は海洋物理学上の最大の不確定要素として残されてきた。本稿では,この鉛直乱流拡散のグローバルな強度分布の解明に向けて筆者が最近10年間に展開してきた研究の概要を紹介する。 まず,この鉛直乱流拡散に使われるエネルギーが元々は潮汐や大気擾乱によって海洋に与えられることに注目し,その乱流拡散スケールまでのカスケードダウン過程を数値的に調べることで「緯度依存性のある内部波相互干渉機構を通じて形成された鉛直10mスケールの近慣性流シアーの強さが鉛直拡散強度をコントロールしている」ことを明らかにした。 この結果から,強い鉛直乱流拡散が緯度30°より赤道側の海嶺や海山の近傍に限られることを世界に先駆けて予測することもに,投棄式流速計による鉛直シアーの観測をグローバルに展開することで,この理論的予測を実証した。さらに,この観測結果に基づき,各経度・緯度における鉛直拡散係数をその場の内部潮汐波エネルギー密度の関数として定式化することで,深海における鉛直拡散係数のグローバルマップを作成した。最後に,我が国初の深海乱流計を使用して北太平洋の代表的な地点における乱流強度の直接観測を行い,このグローバルマップの有効性を確認した。