2026 年 35 巻 2 号 p. 29-47
本論文では,海洋プラスチックの動態に関する既往研究を概観し,その研究の発展過程と現状,そして将来の見通しを整理した。2010年代以前には,海洋プラスチックの現存量を報告する研究が主流であったが,2010年代中盤以降,海洋プラスチックの動態,すなわち輸送過程に着目した研究が活発に展開されるようになった。歴史的に海洋へ流出したプラスチックごみの総重量に比べて,世界の海洋で観測される海洋プラスチックの量が著しく小さいことから,「ミッシング・プラスチックのパラドクス」が指摘され,研究の重要な動機づけとなってきた。観測・分析手法の標準化やガイドラインの整備が進み,データが蓄積されるにつれて,海洋への流出,海岸への漂着と再漂流,劣化・破砕過程,生物過程を介した重量増加および沈降など,海洋におけるプラスチック動態の全体像が段階的に明らかにされてきた。2020年代には,浮遊マイクロプラスチックに関する国際的なデータベースであるAtlas of Ocean Microplastics (AOMI)が構築されるとともに,粒子追跡モデルを用いた数値的研究が大きく進展した。数値シミュレーション,浮遊マイクロプラスチックの年齢分析,さらには堆積物コア中のマイクロプラスチック定量など,多様な手法を通じて,ミッシング・プラスチックの行方が検討されてきた。数百μm以下まで微細化したマイクロプラスチックの観測や,生態系モデルと結合した数値的研究も進み,海洋プラスチックの動態研究は表層海洋にとどまらず,亜表層を含む鉛直構造へとその対象を拡張している。