鉄は海洋の生物生産の制限要因の一つとして,生態系や気候システムにも深く関わっている。鉄の供給源の一つとして大気エアロゾルが挙げられるが,そのうち人間活動に由来するものがどれほど海洋表層に寄与しているかは未解明だった。筆者らは人為起源鉄が高温燃焼過程の気化に伴う同位体分別により非常に低い鉄安定同位体比(δ56Fe)を示すことを見出し,鉄の起源推定の指標として応用できることを示した。北太平洋での観測から,夏季にはエアロゾル中に最大50%程度の人為起源鉄の寄与があることを初めて明らかにした。一方,海水中の鉄同位体比にはエアロゾルのδ56Feはそのまま反映されず,生物の取り込み等に伴う同位体分別を考慮する必要性が示唆された。本稿では筆者らのこれまでの研究を中心に,鉄安定同位体比を用いた大気海洋の鉄循環に関する研究について,その動向と今後の展望を述べる。