化学と教育
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4. 加賀藩にゆかりのある史跡と人物(化学風土記 : わが街の化学史跡)
本浄 高治中西 孝日吉 芳朗
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1990 年 38 巻 6 号 p. 675-679

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抄録

金沢城の鉛瓦には, 加賀藩がいざというときに備えた銃弾資材の備蓄という遠謀深慮が込められていたという。1853年(嘉永6)ペリーの来航によって鎖国の眠りから覚まされ, 幕末から明治維新期にかけて西洋の進んだ文明が取り入れられた。加賀藩最後の14代藩主慶寧は福沢諭吉の「西洋事情」に刺激をうけて卯辰山の開拓に着手し, 養生所や集学所などを, さらに兼六園内に理化学校, 鉱山学所, 中学東校を, 能登七尾に語学所などを設立したが, これらは郷土の近代医学, 科学, 教育, 産業の発展の源となった。

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© 1990 公益社団法人 日本化学会
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