日本の基幹産業を支える有機合成化学は,現代の錬金術とも言われている。しかし,有機合成化学にも,デジタル化という大きな変革の波が押し寄せており,日本の有機合成化学が引き続き世界を牽引するためには,有機合成化学のデジタル化を進め,破壊的なイノベーションを起こすことが重要である。本稿では,有機合成(実験科学)とデータサイエンス(情報科学)の異分野融合を推進する「デジタル有機合成」の取り組みを紹介する。
化学・材料分野における研究では,新物質の発見,既存物質の性能向上,プロセスの最適化などは,研究者の経験と勘に頼って進められてきた。このような研究開発をデータ駆動型で進めるためには,一般に,ビッグデータと人工知能(AI)が必要と考えられている。しかし,いつでも十分量のデータを準備でき,AIが使えるわけではない。本稿では,実験を中心とした研究者が,無理なく準備できる小規模データに機械学習を適用し,研究者の経験・勘・考察を融合することで,データ駆動型の研究開発が可能となった事例について紹介する。
近年,人文科学から自然科学に至る様々な分野で機械学習に基づくデータ解析が威力を発揮している。物質科学においてもデータ科学の観点から多くの物性データの見直しを図り,物質合成や新規物性予測を行う機運がある。これまで物質科学の機械学習にて扱われるデータは静的物性データが主流であった。一方,時間とともに変動する動的データへの適用に対しては,機械学習研究は依然として少ない。本稿では,物質科学における動的データの機械学習による解析に焦点を当てる。特に光物性研究における量子ドットや蛍光修飾DNAの発光・非発光現象に着目し,蛍光強度時系列データの機械学習解析について紹介したい。
現在,世界中で導入が推進されている太陽光発電や風力発電等の再生可能エネルギーは,気象変化により電圧上昇,周波数変動,余剰電力の発生といった課題が生じるため,調整力として電力系統で使用できるレドックスフロー電池などの大型蓄電池が注目されている。本稿では,レドックスフロー電池に用いられている電解液,隔膜,電極,双極板などの機能材料について紹介する。
「NAS電池」は,「大容量」,「コンパクト」,「長寿命」,「高速応答」などの特長を持つ,高温動作型の二次電池である。NAS電池は,世界中で計700 MWほどの納入実績を持ち,その安全性も確認されている。用途としては,ピークカットや非常用電源に加えて,再生可能エネルギーの出力変動対策やスマートシティ等でも幅広く使用されており,カーボンニュートラル実現に貢献できる製品として期待されている。
電池の液体電解質を固体の物質に置き換えた全固体電池は,既存電池と比較して安全性・信頼性の向上,温度変化への耐性,寿命の長さ,出力向上などの利点により,EVやPHEV用の次世代電池として注目を集めている。中でも2011年に開発された超イオン導電体は,全固体電池の開発にブレイクスルーをもたらした。全固体電池とはどのような電池か,その概要や研究の軌跡,さらに現状と今後について述べる。
酸化銅(II)および酸化鉄(III)を太陽炉で加熱すると酸化銅(I)および四酸化三鉄が生成するという金属酸化物の熱分解反応に着目した実験教材を開発した。熱分解生成物の定性的な確認は,生徒の「金属元素の性質」に関する既有知を活用した実験として実施できる。また,文献値を用いてギブズ自由エネルギー変化が負となる温度を見積もったところ,これらの熱分解反応の進行挙動と一致し,「化学変化の進む向き」において温度によるエントロピー項の寄与を発展的に考察させることができる。授業実践から,開発された実験教材が「金属元素の性質」および「化学変化の自発的方向性」に関する生徒の理解を深めることに有効であることが示唆された。