日本東洋医学雑誌
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集団に効くことと個人に効くこと
「効き目」のコミュニケーション
津谷 喜一郎
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1998 年 48 巻 5 号 p. 569-598

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抄録

WHO西太平洋地域事務局の伝統医学担当医官としての, 種々の状況における演者の経験は多様なものであった。その中でしばしば演者は, 伝統医学の“普及”が先か“評価”が先かという論争に巻き込まれた。しかし, 中医学の“普及”に対し強い政策を採る中国も1990年代となり, 中医学に臨床疫学の手法を取り入れるようになった。本講演で, 演者は臨床薬理学者としての立場から, 東アジアに焦点を当て伝統医学の現状を述べ将来へのプランを提示した。まず, 臨床薬理学と臨床疫学の関係についてふれ, 無作為化比較試験 (randomized controlled trial: RCT), プラセボ, 種々のバイアスとそれを減ずるための手法など, この領域の基本的コンセプトについて述べた。研究デザインによるエビデンスの違い, 前後の比較の問題点などについて紹介した。「エビデンスに基づいた東洋医学」(Evidence-based Oriental Medicine: EBOM) を提示し, その基本となる臨床試験の文化的受容性と実行可能性について論じた。また古典が形成された時代における有効性や安全性についての情報の蓄積のパターンと, 産業化された現代のそれのと比較を行った。Number needed to treat (NNT) のコンセプトの紹介を通じて, 集団に効くことと個人に効くことの違い, また東洋医学の評価においてソフトデータをエンドポイントとしての重要性を論じた。エビデンスを臨床の現場にどう適用するかについて述べ, エビデンスがない場合にはそれを作る方向, すなわちエビデンスに対しバイアスをもった医学 (Evidence-biased medicine) が望まれるとした。厚生省は1989年に漢方エキス製剤の再評価プログラムをスタートさせた。これは, WHOによる herbal medicine の評価に関する活動などの世界的な流れを汲むものである。漢方エキス製剤の臨床試験に関する情報や, 有害事象・副作用情報の公開の必要性を, 医薬品行政の情報公開とともに論じ, また単一事例法を紹介した。日本東洋医学会が, 今後の漢方薬の評価の戦略づくりにおいて演ずる役割に期待を表明した。

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