抄録
<目的> シェイクスピアが劇団に所属する座付き作者として活躍していた1600年前後、舞台では実際に俳優がどのような衣装で登場していたのだろうか。シェイクスピアの三大喜劇の一つ『お気に召すまま』(1600)では、アーデンの森で道化に出会う場面があるが、ここに使われる台詞が'motley fool'である。従来「まだら服を着た道化」「だんだら衣装の阿呆」などど訳されてきた。まだらは、斑点、ぶちをさし、だんだらは横縞であり、別の模様なのだが、作者はどのような衣装を念頭に置いていたのか。その検証を目的とする。<方法> シェイクスピアの属する宮内大臣一座と相拮抗する人気を誇っていた海軍大臣一座の劇場主、フィリップ・ヘンズローと、その女婿にして名優でもあったエドワード・アレンは、劇団所有の衣装類をリストにして書き出している。ヘンズローのリストは1598年3月、アレンのリストも同年と考えられていたが、近年の研究では1602年頃とされる。ヘンズロー、アレンとも、道化服に類するものは、別項のリストを作成しており、舞台衣装として、道化服は別扱いされている。今回はこの道化服を視覚化、復元する。<結果> ヘンズローとアレンの道化服リストに、'motley'の記載はないが、色や布地はかなりはっきり記されており、金と緑、金と橙茶、銀と青など上着とズボンの派手な色の組み合わせであったことがわかる。 同時代の祭りの道化役や、宮廷の道化衣装には、'motley'という記録が残るが、これはどうやら横縞、あるいはアップリケのような模様入りであったらしく、たくさんの斑点の「まだら」服ではなかった。