抄録
【はじめに】我々は第42回日本理学療法学術大会にて運動肢位の変化(座位・背臥位)に伴う肩関節屈曲運動時の僧帽筋、前鋸筋の筋活動について筋電図学的に検証した。その結果、1)背臥位では僧帽筋上部線維の筋活動が減少する、2)肩関節屈曲30°位では座位と比較して背臥位の方が前鋸筋下部線維、僧帽筋下部線維の筋活動は増大することを報告し、背臥位での肩甲骨周囲筋群の安定化に対する理学療法アプローチを提案した。肩関節疾患に対する背臥位での理学療法アプローチを臨床応用し発展させていくために、背臥位での運動特性を検討する目的で、座位と背臥位での肩関節伸展運動における前鋸筋、僧帽筋の筋活動を筋電図学的に比較・検討したので報告する。
【対象と方法】対象は健常男性4名両側8肢(平均年齢30.3±3.9歳)とし、対象者には事前に研究の主旨を説明し、同意を得た。運動課題は端座位とベッド上での背臥位にてベッド端から上肢を下垂させて肩関節伸展0°位から50°位まで各10°ずつ伸展位保持を5秒間行い、それを3回施行した。測定筋は僧帽筋上部、下部線維、前鋸筋下部線維とし筋電計myosystem1200(Noraxon社製)を用いて測定した。分析方法は3回の平均値を個人データとし、座位での肩関節屈曲10°位における各測定筋の筋電図積分値を算出した。これを基準とし各肢位、各角度での筋電図積分値相対値(以下、相対値)を求めた。統計学的処理として1)運動肢位ごとに角度間での分散分析、2)角度ごとに運動肢位間での対応のあるt検定を行った。
【結果と考察】1)各測定筋とも同一肢位における角度変化に対し統計学的有意差は認められなかった。2)僧帽筋上部線維・下部線維の相対値は肩関節伸展50°位において座位と比較して背臥位にて有意に減少した。前鋸筋下部線維の相対値は肩関節伸展0°位から40°位まで座位と比較して背臥位にて有意に増加した。同一肢位での肩関節伸展運動では統計学的有意差を認めず、肢位の変化に対し有意差を認めたことは肩関節伸展運動が座位では抗重力伸展運動になるのに対し背臥位では従重力伸展保持運動となり、運動の質の違いが反映したと考える。肩関節伸展運動に伴い肩甲骨には下方回旋、内転、前傾運動が生じるとされており、前鋸筋下部線維の作用とは拮抗関係となる。このことから座位での抗重力伸展運動では前鋸筋下部線維の筋活動は減少するが背臥位での従重力伸展保持運動では拮抗筋となる前鋸筋下部線維が肩甲骨の制動として筋活動の増加に関与したと考える。臨床上、肩関節屈曲運動が困難でも伸展運動が可能な症例に対し背臥位での肩関節伸展運動を行うことで前鋸筋下部線維へのアプローチが可能であることが示唆された。