抄録
【目的】垂直定位障害のある発症後1年の脳出血例に理学療法を実施し、目標とする効果を呈したので報告する。
【症例】男性75歳、H17.4T病院にて脳出血、脳血腫除去術。その後理学療法は計3施設にて起立台起立・平行棒内起立練習を入院治療するも効果なくH18.4当院受診。起き上がりと移乗の自立を家人が希望。
【症状】右被殻出血、MRI両側側脳室周囲~頭頂葉広範囲高信号(右>左)、左片麻痺B/S上肢3・手指3・下肢2、基本動作・寝返りを除きすべて不能、妻の全介助にて車椅子へ、寝たきり度C1。1月間の治療入院とした。精査にて半側空間無視(以下USN)・半側身体失認・構成失行等の高次脳機能障害あり。座位・立位は脱力的な状態で前方・左側へ転倒し保持不能。後に垂直認知が開眼時は左へ・閉眼時は右への傾斜、かつ動揺して存在することが判明し、空間に対する垂直認知障害が基本動作の阻害要因と判断した。
【治療と経過】左側への注意喚起・左側身体への触診、左側転倒を抑制した静的・動的座位バランス練習、左側への寝返り練習。入院5週経過時からは、肋木掴まり立ち練習開始。退院時のH18.5には起き上がり獲得・座位保持獲得、移乗は垂直棒を利用して介助レベルに達成。以降外来で週3回の頻度にて継続、起立練習・麻痺側体重負荷・移乗練習を追加実施。H19.5現在外来にて継続中、環境設定下にてベッド車椅子間移乗見守りレベル。歩行は依然不可能、寝たきり度B1。USNは不変。半側身体失認は、右示指が正中線を超えず身体各部位方向に示す→右手掌で左半身各部位へ触知可能までに改善。
【考察】過去3施設で指摘はなかったが、本症例の特徴は、座位および立位での垂直定位が一定せず左側へ転倒する点にある。特徴として押し動作がなく、Pusher症候群で言う「体軸のずれ」のみが存在する状態と捉えた。過去3施設での治療内容は取り入れず、「体軸のずれ」としての垂直認知とUSN・半側身体失認に対して集中的に治療した。その効果が出現し、家人の要求する機能レベルに達した。網本は「左USN例では、垂直認知が左に傾斜かつ動揺し、それが座位バランスに影響する」、福井は「USNにおける空間軸の傾斜」を報告。Pusher症候群に対しKarnathは「閉眼にて健側傾斜位での垂直認知」を指摘するが、Perennouはその逆を報告している。本症例の「押し動作」が出現せずに左側転倒したのは、USNから生じる空間軸の傾斜、閉眼時・開眼時の垂直認知の相反、視覚情報を垂直定位に求める、重度の半側身体失認などの複合要因と考えられる。特に半側身体失認の影響は大きいと考えられる。
【まとめ】1、垂直定位障害を持つ脳出血例を経験した。2、Pusher症候群に関連した特徴的な症状であった。3、我々の治療介入にて座位の安定と、移乗は環境設定下で見守りレベルまでに改善した。